誰かを騙す人がいます。詐欺師であったり、手品師やマジシャンであったり。そもそも「騙す」とはどういうことなのでしょうか。少し考えてみます。

物事の「真実」「虚偽」があり、Aさんが「虚偽」だとわかっていながら、Bさんに「真実」だと思い込ませた場合は、AさんがBさんを騙した、ということになります。

A:「嵐の櫻井翔さんが、コンサート会場で大けがをしたらしいよ」

B:「え! そうなのっ!?」

A:「そうそう。松本潤さん、二宮和也さんたちも心配してるって」

B:「そうなんだー。すごく心配だね」

Aさんが言っていることが「虚偽」――いわゆる「ウソ」であり、Aさん自身もそのことをわかっていたのであれば、AさんはBさんを騙そうとしたことになりますし、BさんはAさんに騙されたことになります。

ただ、ここで焦点になるのが、Aさんがその事実を「虚偽」だと知っていたか、という点です。もしもAさん自身も「真実」だと思い込んでいたのなら、AさんはBさんを騙そうとした、と言えるのでしょうか。

たとえば、Aさんがツイッターでこの情報をたまたま見つけ、「え! 嵐の櫻井が、コンサート会場で大けが? マジでっ!」と思い、「嵐の大ファンのBさんに教えてあげなきゃ」と思ったのなら、AさんがBさんを騙そうとした、とは思われないでしょう。Bさんも、その情報が「虚偽」だと知り、その情報の出所に理解を示したのなら、Aさんに騙された! とは思わないでしょう。

さらに言えば、「騙したか騙されたか」ではなく、「騙した騙されたと思われるか」で考えると、もう少し複雑になってきます。

A:「AKB48の渡辺麻友さんが卒業するらしいよ」

B:「えっ! そうなの?」

A:「この前の総選挙で1位をとれなかったかららしい」

B:「へぇ、そうなんだ……。残念ね。まゆゆのこと、応援していたのに」

このAさんの情報が「虚偽」であり、Aさんがそれを「虚偽」と知りながら、あたかも「真実」かのようにBさんに伝えたのであれば、AさんはBさんを騙した、ということになります。しかし、Aさん自身も「真実」だと思い込んでいたのなら、Bさんを騙したことにはなりません。

しかしながら、

Aさんが「虚偽」だと知っていたも、そのこと自体がBさんに伝わらなければ、本当は騙したことになるのですが、相手からは「騙された」とは思われない、ということです。

B:「調べてみたけど、まゆゆがAKB48を卒業するなんてウソじゃないの!」

A:「え! そうなの? じゃあ私も騙されたんだ……」

B:「え? Aさんもそう思ってたの? じゃあAさんも、でたらめな情報を掴まされてたんだね」

このように、ウソをウソだと認めず、貫き通すことで、相手から「騙された」とは思われないのです。ただ、このように書いたわけですが、当然のことながら簡単ではありません。何が難しいかと言うと、

「虚偽を虚偽だと知っていながら、私自身も真実だと思い込んでいた」

と貫くことです。自分自身でさえ、本当に「これは真実だ」だと思い込むことができないと、相手にその事実が伝わってしまう、ということです。つまり、人を騙すためには、自分をも騙さないといけないのです。

私は営業コンサルタントです。営業がお客様を騙して物を売る、ということを指導しているわけではありませんが、長年この仕事をしていると、物の価値の真実、値段の妥当性というのは、あるようで、実はないものだ、ということがわかってきます。

たとえばAKB48の握手会会場で売られているコーラの値段が「500円」だとネットに書かれていますが、この値段の妥当性をどう検証したらよいのでしょうか。まったく同じ商品が、別の場所で3分の1以下の値段で売っていると販売側もわかっているのであれば、消費者を騙そうとしている、と受け止めたらよいのでしょうか。それとも、たとえ同一商品でも、場所によって値段が変わるのは当然だから、妥当だ、と受け止めるべきなのでしょうか。

重要なことは、販売側が「妥当だ」と思い込んでいることです。

「ここはAKB48の握手会会場なんだ。ファンにとって特別な場所。コーラだって500円ぐらいの価値はある!」

と、何の違和感もなく思っていることが大事なのです。もしも「絶対にこの値段はおかしいよ」と販売側が考えているのであれば、ただちに値段を下げるべきです。

営業現場にいると、お客様がどうしてその商品をチョイスしたのか? どうしてそんなものを会社に導入したのか? 不思議に思うことがあります。ある企業では、「iPad mini」を販売ツールに生かそうと、営業500人に買い与えました。しかし、誰も「iPad mini」を使おうとしません。言い分は、「iPhoneも持っているから、iPadまでは要らない」「ノートパソコンのほうが便利。スマホも含めて3台も持ち運ぶのはキツイ」です。

500台の「iPad mini」の導入コスト、専用アプリの開発費用、それに通信費用などの維持コストを含めると、膨大な経費がかかっています。これを知った社長は怒り心頭です。「誰が導入を決めたんだ!」「このシステムを提案してきたIT企業に騙された!」と思うかもしれません。

しかし「iPad mini」導入を提案したIT企業の営業は、決して騙そうとしたわけではなく、本当に役立つと思って提案し、提案を受けた当該企業のシステム部門の責任者も、これは当社の営業の生産性をアップしてくれるデバイスになるに違いないと思い込んで意思決定したのです。結果はどうあれ、騙す・騙される、という事実は存在しないのです。

営業はお客様を騙す仕事だ、と言われることがあります。そんなことはありません。ただ、何が真実で、何が虚偽なのか? 物があふれる現代において、わかりづらくなっていることは明らかです。ひとつだけ言えることは、自分をも騙すことができない人が、人を騙すことはできないだろう、ということです。「こんな物は売れない」「こんな私では売れない」と思い込んでいる営業が、「売れない営業」になっていくのは当然のことなのです。