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【落合博満の視点vol.58】成功のカギは失敗に対する考え方にある

横尾弘一野球ジャーナリスト
落合博満は、中日で監督に就任した2004年からリーグ優勝する。

 プロ野球は東京ヤクルトと福岡ソフトバンクにマジックナンバーが点灯しているものの、パ・リーグはオリックスが昨年王者の意地を見せて粘っている。18年前の2004年、中日の監督に就任し、目立った補強もせずに優勝すると宣言した落合博満は、有言実行で5年ぶりの優勝を目前にしていた。

 9月18日から2日間、プロ野球は史上初めてストライキを決行して試合が中止になったが、それを挟んで2連敗を喫した中日は、21日からの2位・ヤクルトとの3連戦の初戦も落として3連敗。残り14試合で、ゲーム差は5.5となったが、その試合にシャットアウト勝ちする。そうして、4連敗はしないというジンクスを守りながら、24日からは横浜に乗り込み、雨天順延した25日にスライド先発した山井大介からの継投で勝利を挙げ、とうとうストライキの代替試合がない場合のマジックナンバー4が点灯する。

 この頃、落合にこう問いかけてみた。

「監督として、1年目から成功した理由はどこにあると思いますか?」

 もちろん、答えはひとつではない。ただ、落合監督の話を聞き、この年のチーム作りと戦いを見て強く感じたのは、“失敗に対する考え方”を大切にしているということだった。

 現役時代から、落合は「野球にミスはつきもの」と考えている。選手として4000打数以上の打者で歴代9位となる打率.3108をマークしているが、この数字を「7割弱は打ち取られた」という側面からも見ており、「投手なら10人の打者と対戦して7本ヒットを打たれたらクビになるだろうけど、打者は10回の打席で3本ヒットを打てれば一流と呼ばれる。つまり、どんな優秀な選手でも7割は失敗する技術事」ととらえている。

 ここで大切になるのが“失敗に対する考え方”なのだ。プロ野球がアマチュアと決定的に異なる点は、約半年間にわたって毎日のように試合をこなすことだ。プロ入りしたほとんどの選手が、プロとアマとの違いにこの点を挙げるし、プロで成功するか否かの分かれ道も、ここに集約されると言っていい。つまり、「どんなに調子が悪くても、翌日も試合をしなければならない。だからこそ、その日の結果を翌日に引きずらないこと、しっかりと気分転換できることが重要」というわけだ。

 ただ、ひと口に気分転換といっても、その方法論は選手によって様々だろう。普段より早く就寝してしまう選手もいる。家族や友人などと語らう時間を持ち、気持ちをリフレッシュさせることに重きをおく選手もいる。では、落合はどう考えているのか。

「ごく簡単に言えば、その日の課題は、その日のうちに解決しておくこと。結果がよかった日もそうでなかった日も、床に就く時には精神的に安定していなければならない。そして、翌朝の目覚めがすっきりしていること。これが簡単なようで難しいものだよ。例えば、3本もホームランを打った日は気分がいい。『明日もやってやるぞ』と前向きになっているから、早く床に就いて十分に休養を取ろうとする。だが、反対に4打席ともチャンスで凡退した日は、気分も悶々とする。その結果、明け方近くまで寝つけず、翌朝も『もう試合か』という気分で起きる。こういうことを繰り返していると、精神的な面からスランプに陥りやすくなるし、一度スランプに入ると、なかなか抜け出せなくなってしまうものだ」

「7割は打ち取られる」、「50敗はする」という考え方

 そうならないようにするためには、気持ちの切り替え方が上手くなるだけではいけない。自分がレベルアップすればするほど、悩むレベルも高くなっていくから、結果に左右されるのではなく、自分の仕事ができたのかどうかを考え抜くことが大切になるという。落合はこう続ける。

「私なら、たとえホームランを3本打った日でも、その打ち方が満足できるものでなければ、なぜイメージ通りに打てなかったのかを突き詰める。頭の中で考えれば済むことなのか、実際にスイングをチェックしておかなければいけないのか、徹底的に考えて答えを出す。仮に答えを出すのが夜中の3時になったって、それで安心して眠れるほうが、悩んでベッドの中で寝返りをうっているよりいいでしょう」

 反対に、4打席続けてチャンスに凡打したとしても、自分の打ち方に問題が見つからなければ、相手投手が上だったということ。さらに練習して打ってやろうと前向きに考え、早く休んで翌日の試合に備えた方がいい。

 そして、落合はこう結ぶ。

「私たちは、10回に7回は打ち取られる仕事をしている。けれど、7回の失敗の原因をしっかり分析しておかないと、8回に近づくことはあっても、6回に減らしていくことはできない。最終的には、そこが一流になれるかどうか、超一流になれるかどうかの分岐点になる」

 これは、3つの打撃タイトルの中で、手にするのが最も難しいとされる打率に対する考え方だが、監督としてペナントレースを戦う際にも、この考え方がベースにあったと感じている。

 140試合前後という長丁場を戦えば、仮に故障者やケガ人が出なかったとしても50~60敗はする。勝率が5割ちょうどなら70勝、6割ジャストなら84勝、この14勝の幅の中で勝負が決まると考えてもいい。つまり、56~70は失敗する(負ける)ということだ。さらに、失敗を最少の56と仮定し、それをペナントレース期間の6か月で割れば、1か月あたり9.3敗できる計算になる。

 この年の中日で見ても、投手陣に故障者が相次ぎ、主力打者が本調子でなかった4月でさえ、10勝10敗1引き分けで乗り切っている。失敗を最小限に設定した際の月当たり9.3敗を、僅かに下回っているだけだ。ならば、この時点での順位やライバルチームの動向を気にするよりも、故障者の回復状況などを的確に把握し、以後のゲームプランを明確にしておいたほうが得策だ。

 仮にライバルチームがロケットスタートをしたとしても、まったく焦る必要はない。どこかで70勝~84勝のペースになってくるはずだし、それをクリアする勢いがあっても90勝くらいまでだろう。シーズン終盤まで60敗以内で戦っていけば、数字上ではそんな強いチームとも優勝を争っていけるのだ。

 このように、落合は「いくつ勝たなければ優勝できない」ではなく、「いくつ負けても優勝を争える」という考え方でペナントレースを戦ってきた。そして、落合自身が初めてチームの舵取りをした4月は、自らの采配も含め、勝っても負けてもその試合を徹底的に突き詰め、目指すべき戦い方である“投手を中心とした守り勝つ野球”の確立を考えたのだ。それが、投手陣が整備されてきた5月後半の巻き返しにつながり、7連勝もあった6月以降の安定感を生み出した。

 現役時代も監督を務めた時も、「失敗することを恐れない。だが、失敗したら原因を究明し、同じ失敗を繰り返さないようにする」取り組みがはっきりと見て取れた。

 落合は、折に触れてこう口にする。

「失敗することは仕方ないんだ。大切なのは、その失敗から何を学び、どう成長していくかということだから」

(写真=K.D.ARCHIVE)

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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