Yahoo!ニュース

東京ヤクルトがサプライズ3位指名した柴田大地の奇跡の軌跡

横尾弘一野球ジャーナリスト
公式戦に登板した柴田大地。150キロ超の剛速球は、プロでも大きな武器になる。

 今年のプロ野球ドラフト会議では、1位の入札からファンやメディアにとってサプライズと言える選手がピックアップされた。

ドラフト1位指名超速報!! 剛球右腕の風間球打は福岡ソフトバンクが一本釣り

 また、広島が3位で指名したトヨタ自動車の中村健人外野手は慶大出身だが、早慶から社会人へ進んだ野手が指名されるのは実に25年ぶりのこと。こちらのほうがサプライズだと言うスカウトもいた。

広島3位の中村健人が今年のドラフトで最大のサプライズと言われる理由

 そして、とどめのサプライズは、東京ヤクルトが日本通運の柴田大地投手を3位指名したことだろう。なぜなら、柴田は日体大に在学した4年間でリーグ戦登板なし。しかも、4年時に右ヒジ内側側副靭帯の再建、いわゆるトミー・ジョン手術を受け、日本通運へ入社した昨年も秋までマウンドに立っていない。ドラフト指名以前に、日本通運へ入社できたこともサプライズなのだ。その経緯を、採用にあたった藪 宏明・前監督に聞く。

「私は、日体大の別の投手を採用したいと動いていました。その投手は熱烈なプロ志望でしたが、諦め切れずにうちの練習だけでも参加してほしいとお願いしたんです。その時、日体大側からもうひとり練習に参加させたい投手(柴田)がいると聞き、二人で来てもらった。それで、並んでキャッチボールを始めた途端、コーチも含めて全員が『何だこれは!!』という素晴らしいボールを見せられたんです。

 そんなボールを投げた柴田は、右ヒジに不安があるという。けれど、将来はプロという目標を持っているので、日体大としては社会人には進めるよう、春のリーグ戦では何とか投げさせようとしていました」

 そこで、藪さんは言った。

「うちが採用するから、すぐに右ヒジを手術してはどうか」

 柴田は、それほど魅力のあるボールを投げた。ただ、手術にはリスクも伴う。

「だから、1年目から投げられなくてもいいと伝えました」

 これで柴田の日本通運への入社は内定したが、藪さんは同じように柴田の練習を見ていたある球団のスカウトから「いい投手を採用しましたね。彼はヒジの状態さえよくなれば大化けしますよ」と言われたという。

 藪さんは、その年限りで監督を勇退。柴田のカルテは後任の澤村幸明監督に引き継がれる。入社からリハビリに励んだ柴田は、昨秋にはオープン戦で登板できるようになる。そして、マウンドに登ればストレートは150キロ超を叩き出す。今春にチームを取材した際には、澤村監督も柴田について「楽しみな存在」と語っていた。

日本選手権のベンチ外で本物へ脱皮する

 澤村監督も柴田自身も、今季の右肩上がりの飛躍を期待していたはずだ。しかし、当たり前のことだが、投手はボールを投げるだけが仕事ではない。制球、緩急という技術的なことから、相手打者との駆け引きやマウンドさばきまで、完成度を高めなければ戦力にはなり得ない。大学時代から実戦での経験値がゼロに近かった柴田は、剛速球という大きな武器を持ちながら、それを生かす術を身につけていなかった。

 ゆえに、練習でも実戦でも、思い通りにできない自分に焦ったり、できない理由を自分以外に向けたりすることもあったという。柴田のポテンシャルを認め、プロを目指す過程に寄り添う澤村監督やコーチ陣は、そんな柴田のために心を鬼にした。6月下旬から開催された第46回社会人野球日本選手権大会のベンチ登録から柴田を外したのだ。

 東京五輪による変則日程で、社会人最大の都市対抗野球大会はドラフト会議のあと。プロ入りを目指す選手がアピールの場と考えている大会に、不安なく投げられるようになったにもかかわらず、柴田は登板するチャンスを失う。

「でも、これで柴田は本気になりました」

 チーム関係者がそう証言するように、その後の柴田は、投手としての完成度を急ピッチで高めていく。ドラフト直前に実施された都市対抗南関東二次予選でも、第一代表決定戦の最後を締める。ストレートは最速156キロをマークし、140キロ台のスプリット・フィンガード・ファストボールも相手打者の脅威となっている。

 ドラフト3位は、柴田をはじめ誰もが「想像していたより高い順位」と恐縮する。だが、3位でなければ他球団にさらわれてしまう懸念があったからこそ、東京ヤクルトも指名に踏み切ったはずだ。橿渕 聡スカウトグループデスクの「今年は左投手が補強ポイントだったが、その方針を曲げてでも指名したい選手だった」という言葉が、柴田の成長を何よりも物語っている。

「社会人は即戦力と見られますし、今回のスワローズの指名選手の中でも最年長です。でも、焦らずに一つひとつの課題をしっかりと克服していきたい。ストレートは高目でも勝負できるコントロール、打者を揺さぶれる変化球もマスターできるよう、今から取り組んでいます」

 そう真っ直ぐな視線で語る柴田が、社会人で活躍するチャンスはまだ残されている。11月28日に開幕する第92回都市対抗野球大会では、どんな投球を見せてくれるのか楽しみにしたい。

(写真提供/小学館グランドスラム)

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

横尾弘一の最近の記事