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豚骨から豚骨に変化する?前代未聞の「かけ豚骨ラーメン」とは?

山路力也フードジャーナリスト
豚骨ラーメンの新たな可能性を提示する一杯が完成した。

麺とスープだけで美味しさを表現する挑戦

『秋刀鮪だし 宣久』(芦花公園)と『我的中華そば 机上の空論』(東十条)の創作かけラーメン(『宣久』は8/31までの限定販売、『机上の空論』は終売)
『秋刀鮪だし 宣久』(芦花公園)と『我的中華そば 机上の空論』(東十条)の創作かけラーメン(『宣久』は8/31までの限定販売、『机上の空論』は終売)

 蕎麦やうどんには麺と汁だけの「かけそば」「かけうどん」が存在するが、ラーメンの世界では「かけラーメン」を置いている店は数少ない。その理由はいくつか考えられるが、蕎麦やうどんの主役は麺であり汁は完全に脇役に徹し、かけそばやかけうどんはファストフードのように麺をササッと食べる食べ物であるが、ラーメンの主役は麺とスープであり、麺を食べスープを楽しみ、その合間にチャーシューなどの具材をつまむ食べ方が一般的なため、かけラーメンにしてしまうと物足りなさが強く感じてしまうのではないかと考えている。

 ラーメン一杯の価格に対して決められた原価の中で、麺とスープにかける原価と同じかそれ以上に原価がかかっているものは、言うまでもなく具材である。特にチャーシューなど精肉の価格は変動性も高く、原価を押し上げる要因の一つになっている。ならば、その分のコストを麺とスープに割り振れば、具がなくとも満足感のある「かけラーメン」を作ることが出来るのではないか。ラーメン評論家として常日頃考えていたことを人気ラーメン店の店主たちに投げかけたことから生まれたのが『NAKED」と称した創作かけラーメンの企画だ。

 2013年にラーメン評論家の北島秀一さん(故人)、山本剛志さんと私で立ち上げた、ラーメン情報専門ウェブマガジン『ラーマガ』の企画として、毎月1軒の人気ラーメン店主に依頼をして「麺とスープだけで満足し得る本気のかけラーメンを作る」というラーメン業界としても初の試みに対して、これまでに80軒近い人気ラーメン店が究極のかけラーメン作りにチャレンジしてきた。

 「麺とスープだけ」というシンプルなルールによって、すべてのラーメン職人が同じ土俵に立って競い合う。その結果、作り手側のモチベーションも格段に上がり、他のどの店よりも美味いと言わせる一杯を作りたいという、ラーメン職人の持つ作り手としての本能に火をつけている。それがこのNAKEDという創作かけラーメン企画なのだ。

豚骨ラーメンの人気店が「かけラーメン」に挑戦

ラーメンファンの高い支持を受ける人気店『きら星』(武蔵境)。店主の星野能宏さんはラーメン好きが高じて2004年にこの店を創業した。
ラーメンファンの高い支持を受ける人気店『きら星』(武蔵境)。店主の星野能宏さんはラーメン好きが高じて2004年にこの店を創業した。

 東京武蔵野市のベッドタウン武蔵境で、2004年の創業以来人気を集め続けているのが『きら星』(東京都武蔵野市境南町3-11-13)である。店主の星野能宏さんは趣味でラーメンを精力的に食べ歩き、2000年にはラーメンの知識を競い合うテレビ番組にも出演するなど「ラーメンマニア」としてその名を知られていた人物。その後、趣味が高じてラーメン店を自ら営むようになった経歴を持つ、ラーメンに対する造詣は業界でも屈指の存在だ。

 そんなラーメンの作り手としても食べ手としても精通している星野さんが、今回NAKEDのかけラーメン企画に挑戦することとなった。都内でも有数の超濃厚な豚骨ラーメンを自身も手掛けているのみならず、毎年九州にラーメンの食べ歩きに出掛けるほどの豚骨ラーメン好き。豚骨ラーメンの新たな可能性を求めて、今までにない「かけ豚骨ラーメン」を作ることとなった。

「豚骨から豚骨に変化する?」前代未聞のラーメンとは

オリジナルの「豚骨油」をスープに注げば、優しい味わいだったラーメンがいきなり濃厚豚骨に。自家製麺は乾燥させることで独特の食感を生み出している。
オリジナルの「豚骨油」をスープに注げば、優しい味わいだったラーメンがいきなり濃厚豚骨に。自家製麺は乾燥させることで独特の食感を生み出している。

『きら星』が今回完成させた創作かけラーメン「メタモルかけ豚骨」は、豚骨の魅力を余すことなく表現しきった次世代型の豚骨ラーメン。ベースのスープは白濁した豚骨スープに挽肉を加えて不純物を取り除きつつ旨味を付加していく、中国料理でいうところの「掃湯(サオタン)」の技法で作られたもの。そこに濃厚な豚骨スープから油分と骨髄分を抽出したオリジナルの「豚骨油」を途中で入れると、それまで優しい味わいだった豚骨ラーメンが一気にワイルドで豚臭い濃厚豚骨ラーメンに様変わりする仕掛けになっている。

 ラーメンの世界ではよく「味変」というギミックが用いられるが、魚粉で豚骨魚介になったり、唐辛子で辛いラーメンになったりと、まさに味が変わるものがほとんどだが、星野さんのラーメンの味変は豚骨から豚骨なのだが驚くほどに表情が激変するのが斬新なアプローチで、食べ手としての驚きと楽しさを理解している星野さんだからこその発想だ。さらに麺は、製麺する工程で何度か乾燥させることで乾麺のような状態になっているものを茹でている。この手間をかけることで麺がスープをしっかりと吸い込み、これまでにない味わいと食感を体感することが出来るのだ。

『きら星』の創作かけ豚骨ラーメン「メタモルかけ豚骨」850円。9月1日〜30日まで食べることが出来る(一日10杯、夜の部限定)
『きら星』の創作かけ豚骨ラーメン「メタモルかけ豚骨」850円。9月1日〜30日まで食べることが出来る(一日10杯、夜の部限定)

 豚骨ラーメンの繊細で奥深い旨味と、濃厚でワイルドな味わいを一杯で見事に表現した『きら星』の創作かけ豚骨ラーメン「メタモルかけ豚骨」(850円)は、9月1日より30日まで一日10杯限定で提供される(夜の部17:30〜の販売)。

 豚骨ラーメン好きの人にはもちろんのこと、ラーメンマニアや同業のラーメン店主たちにも是非食べて頂きたい『きら星』の挑戦。そこからラーメンの持つ無限の可能性と、ラーメン職人の飽くなき探究心と遊び心を感じ取って頂きたいと思う。

■きら星(東京都武蔵野市境南町3-11-13)

 「メタモルかけ豚骨」850円/販売期間:9月1日(土)〜9月30日(水)/一日10食限定(夜の部17:30〜の販売)

【参考ウェブサイト:ラーマガNAKED

※写真は筆者の撮影によるものです。

フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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