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豚骨ラーメンの街博多に「家系総本山直系」が誕生した理由とは?

山路力也フードジャーナリスト
2020年4月、突如として博多の街に家系ラーメンの直系店が登場した。

博多に家系ラーメンの嫡流が登場

博多駅前にオープンした「ラーメン内田家」。家系総本山直系の文字が誇らしげに掲げられている。
博多駅前にオープンした「ラーメン内田家」。家系総本山直系の文字が誇らしげに掲げられている。

 2020年4月6日、豚骨ラーメンの街「博多」の街に新たなラーメン店がオープンし、初日から多くのラーメンファンが殺到した。店の名前は『ラーメン内田家』(福岡県福岡市博多区博多駅前3-9-12)。真っ赤な看板には店名と共に「横浜家系総本山 吉村家直系店」の文字が掲げられている。その名の通り『ラーメン内田家』は、「家系ラーメン」の創始であり、総本山である『ラーメン吉村家』(神奈川県横浜市西区南幸2-12-6)の直系店。直系を名乗れる店は吉村家で修業して許しを得た者の店のみで、内田家は九州初、全国で9軒目の総本山直系店となる。

 1974年、今から半世紀近く前に横浜で生まれた「家系ラーメン」。豚骨と鶏ガラベースのスープは、醤油がキリリと立った味わいで、もっちりとした太麺が泳ぐ。具はチャーシュー、ホウレンソウ、大判の海苔が三枚。『ラーメン吉村家』という一軒の店から生まれた独創的なラーメンは、その味を愛した多くの弟子たちによって広められ、どの店にも店名に「家」がついたことからいつしか「家系ラーメン」と称されるようになった。そして今ではラーメンの一ジャンルとして、日本国内はおろか海外にまでその名を轟かせるほどになっている。

 一般的な豚骨ラーメンの場合は、大量の骨を寸胴で炊いて旨味を徹底的に抽出して骨を抜く。それに対して、家系ラーメンは常に寸胴の中の骨を入れ替えながら、火加減や旨味の出方を見極めながらスープを作る。客の入り方によってスープの状態は刻一刻と変化する。そのスープコントロールが家系ラーメンの肝であり、職人の腕の見せ所だ。その製法が難しい家系ラーメン店が急激に増えた背景には、スープ工場で大量生産されたスープを配送するシステムが出来上がったからだ。もちろん工場であっても骨から炊いて作っているのは同じだが、店舗でスープの状態を常に見ながら骨を抜き差しして作る、吉村家が創り出した家系本来のスープとは別物であることは間違いない。

ラーメン作りが覆された総本山での修業

『ラーメン内田家』店主の内田陽介さん。本物の家系ラーメンを伝えることが自分の使命だと語る。
『ラーメン内田家』店主の内田陽介さん。本物の家系ラーメンを伝えることが自分の使命だと語る。

 『ラーメン内田家』店主の内田陽介さんは、20代の時に当時博多のラーメン施設に出店していた『ラーメン六角家』で家系ラーメンと出会った。今までに食べたことのない味に衝撃を受けた内田さんは六角家へ修業に入った。その後、いくつもの人気店で経験を積み、家系ラーメン以外も学んでいった内田さんだったが、自分で独立するならやはり家系ラーメンしかないと確信。その時に海外出店の話が持ち上がり、2012年に独立してタイで家系ラーメン店『ラーメン内田家』を開業、人気店へと育て上げた。

 タイで成功を収めた内田さんは、地元である九州に本物の家系ラーメンを伝えたいという当初の夢を叶えるべく帰国。家系ラーメンを作る職人としての仁義を通すべく、内田さんは家系総本山『ラーメン吉村家』の創業者である、吉村実さんのもとへ挨拶に向かった。「やはり家系ラーメンと名乗らせて頂く以上、吉村さんにご挨拶するのは筋だと思い、業者さんを通じて会う機会を作って頂きました。僕の熱い想いをお話をしている中で、思いもよらず吉村家で勉強させて頂けることになったんです」(内田家店主 内田陽介さん)

骨を入れ替えながら作るスープに、家系の特徴でもある黄金色の鶏油。吉村家で学んだ製法を守る。
骨を入れ替えながら作るスープに、家系の特徴でもある黄金色の鶏油。吉村家で学んだ製法を守る。

 すでに家系ラーメン店を経営している内田さんに、吉村さんが自らラーメン作りを伝授するというのは異例中の異例と言っていい。家系を誰も知らないタイの地で、愚直なまでに家系本来の作り方を貫き支持された内田さん。工場から配送されたスープを温めて出す家系ラーメン店が乱立する状況を危惧する内田さんの思いは、当然家系ラーメン創始者である吉村さんも同じだった。そこから開業に向けて早朝から吉村さんによるマンツーマンの特訓が始まった。

 「吉村さんは73歳になられるのに、今でも深夜2時半から一人で仕込みされるのですが、その時間に手取り足取り教えて頂きました。僕が今まで教わってきたことの全てが覆され、そこから僕のラーメンの作り方も変わりましたし、このラーメンを多くの人に正しく伝えて行きたいという使命感がより強くなりました」(内田さん)

「本物の家系ラーメンを伝えたい」

直系ならではの燻製チャーシューがたっぷり乗る「チャーシュー麺」は人気の一品。
直系ならではの燻製チャーシューがたっぷり乗る「チャーシュー麺」は人気の一品。

 晴れて九州初となる吉村家直系のお墨付きを貰った内田さん。開店日には多くのラーメンファンが家系総本山の味を求めて長い列を作った。豚骨と鶏ガラのフレッシュな旨味だけを抽出したスープに、無添加醤油を使ったキレのある醤油ダレ。甘みと香りをスープに加える黄金色の鶏油。幅広の太麺は吉村家と同じ東京の『酒井製麺』の直系専用麺。具には燻製したしっとり柔らかなチャーシューにほうれん草、大判の海苔が3枚。博多ラーメンとは全く異なるラーメンながら、家系総本山直系の味は大人気となり、オープンから3ヶ月経った今もその人気は高まるばかりだ。

 オープン以来休むことなく厨房に立ち続ける内田さん。今も師匠である吉村さんや、直系店の先輩たちに電話でアドバイスを貰いながら毎日吉村家の味に近づけるべく奮闘している。「家系ラーメンが増えた今だからこそ、本物の味をしっかりと守って作っていくことが大事だと思っています。まずはこの店をしっかりと育て上げて、ここから違う場所でも本物の味をしっかりと伝えて広めていきたい。それが僕の使命だと思います」(内田さん)

(写真は全て筆者によるものです)

フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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