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ラーメンが「1,000円の壁」を超える日は来るのか?

山路力也フードジャーナリスト
ラーメンはいつまでB級グルメに止まっているのか

ラーメンの歴史は進化の歴史

ラーメンはこれまで庶民の食べ物として、国民食として長い間愛されてきた。中国料理の中の麺料理だったものが、日本で独自の進化を遂げて新たな麺料理へと昇華した。特に1990年代頃より、多くのラーメン職人たちの手によってラーメンという料理は劇的に進化してきた。ラーメンの歴史は進化の歴史と言っても過言ではないだろう。

元々は中国料理で使用するスープの流用だったものが、ラーメンのために別にスープを作るようになり、さらには素材に応じた抽出法が編み出されるようになった。タレについては、かつては醤油をそのまま入れていたものが、日本蕎麦のカエシの技法も使われて、醤油に旨味を含ませるようになり、塩も世界各地の天然塩が使われるようになった。麺も昔は製麺所が作ったお仕着せの麺にスープを合わせていたものが、スープに合った麺が作られるようになり、食感や形状のバリエーションが広がった。さらに使用する小麦粉なども品質が著しく向上した。ラーメンに乗せる具材も、他の料理からの応用や独自の発想で、今までとは異なる製法や素材を取り入れるようになっていった。

ラーメンは安い食べ物であるべきなのか

今のラーメンは昔に比べて素材も良いものを使い、手間ひまも掛かっているものが大半だ。それにも関わらず、その売価はその進化ほど上がっているとは認めがたい。ラーメン業界には「1,000円の壁」というものがあり、ラーメン一杯1,000円は高いと思われている現状がある。その背景には消費者はもちろんのこと、作り手である店側にも「ラーメンは安くて美味しいものである」という固定観念が根強く残っているからではないかと考える。

もちろん早くて安くて美味しい、という昔ながらのラーメンもあっていいし、そういうラーメンも残っていくべきである。しかし、例えば日本蕎麦にも一杯300円の立ち食い蕎麦から、せいろ1,000円以上の高級店があるように、寿司にも一皿100円の回転寿司から一人数万円の高級店があるように、ラーメンの価格幅にも多様性があって良いはずだ。

日本で進化したラーメンという麺料理は、今や世界各国で食べられるようになった。ニューヨーク、パリ、ロンドン、上海など、世界の多くの都市には次々とラーメン店がオープンして人気を博している。そんな中で、トッピングなどを追加しないシンプルなラーメンの価格をみてみると、これらの都市ではどこもラーメン一杯の価格が1,000円超えしているのに対して、日本の場合は700円から800円がボリュームゾーンとなっているのが現状だ。日本のラーメンは世界のラーメンよりも価格が低いのだ。

なぜ日本のラーメンは海外のラーメンよりも安い状況なのか。それはラーメン店の出自や在り方に依るところが大きいと思われる。いわゆる「食堂」や「町の中華屋」がスタートラインにあった日本のラーメン店に対して、海外の場合は最初から「ラーメンレストラン」としてスタートしている。つまり、日本と海外では店のそもそものコンセプトが異なり、結果として店の作りやサービスに明確な違いがあるのだ。また、労働環境や衛生管理面でも海外の方がコストがかかるという側面もあるが、いずれにせよ1,000円を超えるラーメンが市場でマジョリティを取れている諸外国と、そうでない日本という差は歴然と存在しているのが現状だ。

では日本のラーメンが1,000円の壁を超える日は来るのだろうか。これまでの日本のラーメンの進化はあくまでも丼の中の話であって、丼の外、つまり店や人は昔のラーメン店と根本的には何も変わっていない。ラーメンそのもの以外の部分、すなわち店の作りやサービスなどが変わらない限りは、いつまで経っても日本のラーメンはB級グルメのままで、1,000円の壁を超えることは難しいだろう。

レストランの矜持を持つ「MENSHO」

MENSHOの「潮らーめん」(1,000円)
MENSHOの「潮らーめん」(1,000円)

そんな中、昨年暮れ頃より相次いで日本のラーメン店としての水準を上げる可能性を秘めた新店がオープンしている。昨年12月、護国寺にオープンした「MENSHO」は、「麺や庄の」を皮切りに常に新しいラーメンのスタイルを追い続けてきた庄野智治さんが手掛ける最新店。「生産者の想いを受け取り丼を通じてお客様に届けたい」と語る庄野さんは、この店に「FARM TO BOWL」というコンセプトを掲げた。

宇和島産の鯛で出汁をとり、動物系素材は一切使わずに数種類の天然塩を用いたタレを合わせたスープ。岩手のユキチカラの玄麦を石臼で自家製粉した自家製麺。この店のために設計から考えたというオリジナルの丼。どこで作ったかだけではなく、誰が作った素材なのか。生産者のもとに直接足を運び、実際にその場に立ち、素材を吟味して調理する。これは他のジャンルのレストランでは珍しいことではないが、ラーメンとなると数少ない。レストランの一つの役割として地方と都会を繋ぐ、生産者と消費者を繋ぐ役割があると思うが、MENSHOはいち早くその使命を明確にしてコンセプトに掲げた。そういう強い思いが丼の中に込められているのがMENSHOのラーメンなのだ。

製麺する工程も見ることが出来るMENSHOの店内
製麺する工程も見ることが出来るMENSHOの店内

店内はダイニングバーのようなスタイリッシュな空間になっていて、開放感あるオープンキッチンは目の前でラーメンを作られていくライブ感が楽しめる。さらに石臼で粉を挽くところや製麺の工程など、併設された製麺室の様子もガラス越しに観ることが出来る。さらには各店のメニューを開発するためのラボとしての機能も持っている。昨年サンフランシスコに自身初の海外店舗を成功させた経験をフィードバックした店は、日本のラーメン店の延長ではなくまさに「世界水準」のラーメンレストランとしての矜持が感じられる。

割烹料理店を彷彿とさせる「山雄亭」

山雄亭の「醤油らぁ麺」(1,000円)
山雄亭の「醤油らぁ麺」(1,000円)

今年1月、赤羽にオープンした「山雄亭」は、王子の人気店「らーめんえんや」店主の山田雄太さんによる新しいブランド。自分の理想の店を作るべく親の代から受け継いできた「えんや」を一旦閉めてまで、この店に全力を注いだ山田さん。この店を作る上で「B級とは呼ばれないような店と味を創りたかった」と振り返る。

国産小麦の香りと滑らかな食感を大切にした自家製麺は、しっかりと時間をかけて芯まで茹で上げる。しなやかな口当たりながらもコシと弾力をもった食感が心地よい。「さつま地鶏」や「はかた地どり」など銘柄鶏の旨味が溢れるスープは、生揚げの醤油の深い香りも相まって、いつまでも飲み続けていたくなる味わい。具材の一つ一つもしっかりと仕事が加えられていて、料理としての完成度が高い。

寿司店や割烹料理店をイメージした山雄亭の店内
寿司店や割烹料理店をイメージした山雄亭の店内

そして店の作りはラーメン店とは思えぬ佇まい。暖簾を潜ってから店内に向かうまでのアプローチは、まるで京都の町家の「通り庭」を彷彿とさせる。白木のカウンターに整然と並べられた半月盆。もちろんラーメンそのもののクオリティが高くなければならないが、清楚でゆったりとした時間が流れる空間で食べてこそ、その料理の価値もさらに上がるものなのだ。

昔ながらの素朴で安価なラーメンも守られるべき大切な食文化だが、その一方でより料理として進化したラーメンもさらに磨かれていかねばならない。しかし、いくらどんなに料理の品質を高めようとも、商品として売る場合にはそれに相応しい舞台が必要である。その料理を盛りつける器しかり、テーブルしかり、調度品しかり、サービスしかり、そして店舗しかり。その当たり前のスタートラインにようやく日本のラーメン店が立とうとしている。

※追記(2017.5.8)この記事と同じテーマについて、ラーメンの作り手の方が論じていらっしゃいます。実に興味深く、頷きながら何度も読ませて頂きました。是非皆さんもご覧下さい。(助っ人ラーメン職人イソベのブログ「ラーメン1杯「1000円」の価値観」

フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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