Yahoo!ニュース

【体操】三代目ハイバーマスターはストイックマン宮地秀享 知られざる“弱点”を克服中(後編)

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
演技が終わって笑顔を見せる宮地秀享(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 2018年秋に“三代目ハイバーマスター”を襲名した宮地秀享(茗溪クラブ)。体操男子の華である鉄棒で勝負する24歳は、大勢の人々の声援を受けて東京五輪の金メダルを目指している。

■演技構成はコバチ系の見本市

 最高難度の「ミヤチ」に注目が集まるが、宮地の鉄棒は演技構成全体がスリルの連続だ。離れ技は

I難度「ミヤチ」

H難度「ブレットシュナイダー(コバチ2回ひねり)」

G難度「カッシーナ(伸身コバチ1回ひねり)」

E難度「コールマン(コバチ1回ひねり)」

D難度「コバチ(バーを越えながら後方抱え込み2回宙返り懸垂)」

と、バーから一瞬目が離れるため神経を使うコバチ系の離れ技が、さながら見本市のように続く。

 もちろん、体力的にも相当きつい。宮地は「あれだけ離れ技をやると、体力的に持たなくて、1回ひねりでもコケちゃうこともあるんです。単発であれば4回ひねりぐらいまではできるのですが、(演技を)通しでやるのは凄く体力を使うので、最後の下り技で2回ひねりをやるのは話が違うんですよ」と語る。

 どの部分が最も疲れるのかといえば、それは、やはり腕。

「僕の場合は握力がないので、ただの車輪でも飛びそうなんです。みんなから『もっと(車輪を)やればいいじゃん』って言われるんですけど、しんどいんだよと思いながら(笑)」

 しかし、どんなに離れ技を入れても、最後の下り技をピタリと決めるのが内村。だから宮地は内村を尊敬している。

「航平さんはしんどさを見せない『伸身の新月面』をしていますから、僕のはまだ言い訳だなと思います。もっともっと練習して、いつかは、あの伸身の新月面で着地を決めるというのが僕の理想です」

 下り技で「伸身の新月面」をやるには、離れ技を楽にこなすこともポイントになるだろう。

「そういう意味では、まだまだ僕は離れ技が安定してないと考えてもらってもいいかも知れないです。今はまだミスが多いから、絶対に立てるような下り技にして、練習を積んでいるという感じです」

■I難度は「目が回る」

 宮地によると、練習では「ブレットシュナイダー」は9割成功、「ミヤチ」は5割だが、試合では逆転するそうだ。100%の力でやる「ミヤチ」に比べて、力の加減が必要な「ブレットシュナイダー」の方が試合での成功率が下がるというあたりに、体操の奥深さが潜んでいる。

 また、演技構成の難度が人一倍高い宮地には意外な“弱点”があるという。演技中に目が回りやすいことだ。

 特に体力的にも精神的にも疲れが出てくる演技後半は顕著。「くるくる回るのが嫌いなんで(笑)、メチャメチャ目が回ります。僕、たぶんそういうのに弱いんですよ」と宮地は言う。

 目が回りやすいと着地にも影響が出てくる。克服するにはどうすれば良いか。宮地が編み出した答えは、車輪の回数を減らすことだった。

「みんなは車輪を何周も回ってから離れ技にいくのですが、僕は目が回るのが嫌いなので、車輪を減らしているんです。たくさん回してしまうと目が回って、どこにいるかわからなくなってしまいます。それなら車輪を減らそうという決断です」

 離れ技前の車輪回数を減らしたのは大学3年のときから。宮地の選手としての成長は、探究心から生まれた工夫という背景があるのだ。

さわやかな笑顔の宮地秀享(撮影:矢内由美子)
さわやかな笑顔の宮地秀享(撮影:矢内由美子)

■あこがれの技は手放し技ではなく…

 鉄棒では「伸身の新月面」に長い間あこがれてきた。アテネ五輪男子団体総合で鉄棒の最終演技者である冨田洋之氏がピタリと着地を止めて、日本の団体金メダルを決めたことで知られる「後方伸身2回宙返り2回ひねり下り」である。(※1983年ブダペスト世界選手権で日本の渡辺光昭が初成功。現在はE難度。FIGは「ワタナベ」と名付けている)

「冨田さんがアテネで決めていますし、(内村)航平さんも、いつも綺麗な『伸身の新月面』をやっています。どうにか僕もやりたいと思っているんですけど、なかなかできないんです」

 宮地が現在使っているのは1回ひねり下りだ。

「僕はまだまだ下手なので、2回ひねると、コケちゃうというか、全然格好悪いんです。やれるなら、やりたい技の1つですね」

 ただ、今は自分が勝負するのはそこではないと考えている。

「下り技に集中してしまって、離れ技が疎かになったら、僕の持ち味はなくなってしまう。だからそこは割り切っていて、1回ひねり下りの質を上げる練習をしています」

■チームメートの樋口和真さんと二人三脚で

 今年3月に筑波大学大学院兼博士課程の前期を終え、現在は博士課程後期に進学して研究を続けている。

 6月22、23日に高崎アリーナで行われる全日本種目別選手権の後は、秋に茨城県で開催される茨城国体で久々に6種目に出る予定だ。

「僕は元々オールラウンダー。鉄棒以外もできるんだ、というところを見せたいですね。茨城国体で優勝して、地元の人全員に名前を知ってもらって、東京五輪で応援してくれたらうれしいですね」

 W杯ポイントで個人に五輪出場権が与えられるシステムは、東京五輪が最初で最後。2024年パリ五輪からは再び団体メンバーが5人で構成されることが決まっている。

「東京だけ種目別で出られる制度ができたのは、僕のために作ってくれたのかという感じですよね。東京に懸ける思いは強いですよ」

 そんな宮地を陰日向となってサポートしているのが、チームメートである樋口和真さんだ。特に海外での試合で苦労しているとき、普段とのわずかな違いを見抜いて微調整のアドバイスを送ってくれることが、現在のW杯ポイントランキング上位という結果を生み出しているという。

 樋口さんは京都・城南菱創高校出身。宮地とともに2013年春に筑波大学体操部に入部した。最近は樋口さんの目にも宮地の成長ぶりがまぶしく映っているようだ。

「宮地は今も“緊張して吐きそう”と言うのですが、最初に一緒に海外に行った2018年2月のメルボルンW杯と比べると、場慣れしてきているところはあると思います。彼は、本番で自分ができるためのところへ持って行くのが上手い。試合の時、これだったらできるというのが分かっているんです」

 審判の資格も持っている樋口さんならではのアドバイスもある。

「宮地は自分でもの凄く考えています。そこに対して、一歩引いた目線と入り込んで見る目があって、僕は両方を持っています。審判としてはこう見えるから、こういう方がいいのではないかということも言います」

 樋口さんは、試合前には決めた体重になるまでボクサー並みの食事制限をするほどストイックな生活を続ける宮地を全力でサポート中。宮地は「(樋口)和真がいれば負ける気がしない」と全幅の信頼を寄せている。

筑波大学の体育館。照明が明るく、気持ちの良い空間だ(撮影:矢内由美子)
筑波大学の体育館。照明が明るく、気持ちの良い空間だ(撮影:矢内由美子)

■東京五輪に着実に前進

 宮地は今、東京五輪への道のどのあたりを歩いているのだろうか。

「去年(2018年)の春は1%もないぐらいでした。その後、世界ランキング上位の点数を出して、全日本種目別選手権も優勝して、やっとW杯に出られましたが、その時点でもまだしんどいと思っていたんです。でも、ここまできたら、もうやるしかない。W杯からはその国で1人しか東京五輪に行けませんが、今は自信を持って目指すと言っても良い所に来たかなと思います」

 五輪の舞台に惜しくも届かなかった初代ハイバーマスターの植松鉱治氏も、二代目ハイバーマスターの齊藤優佑氏も「宮地くんには五輪で金メダルを獲って欲しい」とエールを送っている。多くの人々の応援を力に、宮地はがっちりとバーを掴む。

◆宮地 秀享(みやち・ひでたか)1994年(平成6年)11月12日、愛知県半田市出身。3、4歳から地元のならわ体操クラブで体操を始める。鯖江高校から筑波大学へ進み、現在は同大学院博士課程後期。所属は茗溪クラブ。身長168センチ、体重64キロ。足のサイズは26センチ。血液型はO型。

二代目ハイバーマスター 齊籐優佑と“豪快ブレットシュナイダー”(前編)

二代目ハイバーマスター 齊藤優佑と“軽快ラップ”(後編)

宮地秀享後援会

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

矢内由美子の最近の記事