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楽しむ宝石。小野伸二の目に映る中島翔哉

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
3月6日のルヴァンカップ横浜FM戦で先発した小野伸二(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 キックオフの約45分前。記者席から眺める緑の芝は春の日差しを浴びて輝いていた。Jリーグが開催される季節の訪れに、自然と気持ちが高揚していた3月2日。埼玉スタジアム2階スタンドにある記者席に、いつもより早めに上がった。ピッチでは浦和レッズと北海道コンサドーレ札幌のGK陣がトレーニングを始めていた。

 少しすると、すでに多くの浦和サポーターがスタンバイしているゴール裏からブーイングが聞こえてきた。ピッチに姿を現したのは札幌のフィールド選手。小野伸二は先頭から2番手でタッチラインをまたぎ、芝の感触を確かめ、満面に笑みを浮かべて歩き始めた。

 まずはアウェイゴール裏の札幌サポーターに挨拶。万雷の拍手を浴びた。

 その後は近くにあったボールとたわむれながらバックスタンド側に移動し、今度は浦和サポーターに向かって頭上で拍手。そして最後に、ハーフウェーライン手前から浦和のゴール裏にも両手を上げて挨拶をした。ブーイングで迎えていた浦和のサポーターからも拍手が起きた。

■無二のテクニックを見たい

 小野のアップの様子をしっかり目に焼き付けたい。そう思ったのは、正月にあったバラエティー番組『ウルトラマンDASH』で、遠藤保仁からパスを受けた小野が川の向こうにいる中澤佑二へロングパスを送り、中澤が走り過ぎて行くバスの窓にヘディングで入れるという企画を見たからだ。

 正月特番ならではの奇想天外な企画を楽しみつつ、とにもかくにも目を奪われたのは、小野の超絶トラップやエンゼルパス。そしてそれらを軽やかに楽しんでいる様子が伝わった。日本代表やフェイエノールト時代を含めて、これまでいくつも記憶に刻み込まれている最高峰のプレーと本質は変わらないままであることに、感動めいた気持ちになった。

 さらにツイッターのタイムラインをのぞくと、驚嘆や称賛の嵐の中に「札幌のホームゲームなら、毎回アップでパス交換を見られますよ」という趣旨のつぶやきを見つけた。もう、これは、目をこらしてみるしかない。

■アップから“楽しさ”を表現できる希有な存在

 アップでの小野はハツラツとしていた。シュート練習でもロングパス交換も全身から輝きがこぼれているような感じだった。リザーブメンバーということでキックオフの約15分前まで身体を動かすと、一番最後にピッチを引き揚げた。結果としては、最後まで小野の出番は訪れず、2-0で札幌が勝利した。試合後、ミックスゾーンに現れた小野に話を聞いた。

「出たかったけどね。でも、それはしょうがない。出た選手は力を持っている選手であり、だんだん力を出してきている選手。僕は出られなかったけど、今日は見ていても楽しかった。レッズにアウェイで勝ったことで、チームとしては次につながる。みんな自信を持って次に臨めると思う」

 アップをしている姿がとても楽しそうだったと伝えると、小野はうなづいた。

「レッズとやるときは最高な気分になれる。試合に出られないとしても、ここ(埼玉スタジアム)でやるのはモチベーションが高くなる。去年は来られなくてさみしさがあったので、今年は絶対に来ようと思っていたからね。久々に楽しい試合の環境に来られて、僕の中ではうれしかったです」

■平川忠亮、小笠原満男が引退して

 少年時代からの盟友である平川忠亮が、2018年限りで現役を退き、先日、浦和のコーチに就任した。準優勝した1999年ワールドユース選手権(現U-20ワールドカップ)やベスト16に進出した2002年日韓ワールドカップ、2006年ドイツワールドカップをともに戦った小笠原満男もピッチを去った。(※小野は1998年フランスワールドカップにも出場)

 小野をはじめとする「黄金世代」は、早生まれの遠藤保仁を含めても現役選手は残りわずかとなっている。

「残念な気持ちはあるし、さみしさはありますね。でも僕はこうやって(現役として)やれている。そういう時代、そういう選手の代表として、頑張らないといけないという思いはあります」

 しんみりしたのは一瞬で、すぐに力強く言った。小野はその後、ルヴァンカップで2試合連続先発出場を果たしている。

 それにしてもあのシルキータッチ、あのトラップ、あのボールコントロール。少し早めのスタジアムで見つけた宝石は、試合とはまたひと味違う色味を帯びて、見る者を楽しませてくれた。

■中島翔哉については「僕も見ていて楽しい」

 3月2日、浦和戦後の取材エリアでは、昨年からぜひ聞きたかったことも尋ねてみた。

 中島翔哉。ボールを触っているときの、身体ぜんぶをつかってスマイルを浮かべているような楽しい雰囲気が、小野と重なる選手である。彼のことをどのように見ているのだろうか。

「技術もあってスピードもあって何でもできる選手だなと思うし、人を楽しませられる選手だなと思います。僕も見ていて楽しいですよ。自分が楽しんでいるから人を楽しませられるのだと思いますね」

 中島とは試合をしたことはないという。一緒にやったこともない。しかし、ハッキリとした印象を持っている。

「自分の持っているものをただ出しているだけだとは思うけど、それを楽しんで出せているんじゃないかな。日本代表でもっともっと、楽しんでやってくれれば良いと思います」

 シンプルに、素のままに、持っているものを出している。出せている。それが、楽しそうに見える理由だろうという。

 ふと、昨年10月の日本代表合宿のとき、中島がこのように話していたのを思い出した。

「サッカーを始めたのは楽しいから。だから、楽しんでいるのはずっとです。楽しんでプレーすることで良いプレーになることが自分の場合は多くて、それがチームの勝利につながる。だから自分にとっては大事だと思います」

 小野の目は中島の本質を実に的確にとらえていた。宝石は宝石を知る、のである。

 

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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