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【フィギュアスケート】インスパイアこそ本望。鈴木潤「月の光」にある世界観

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
ショートプログラムを終えてガッツポーズを見せる鈴木潤(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

■機転を利かせてノーミス演技。ガッツポーズも出た

 ドビュッシー作「月の光」、そのノーブルな音楽に溶け込むように、鈴木潤(北海道大学)はスケートを滑らせた。

 全日本フィギュアスケート選手権、男子シングルのショートプログラム。まずは冒頭の3回転アクセルにイーグルをつけて観衆を惹きつけると、次に予定していた3回転フリップ+3回転トーループをフリップ単独にとどめ、連続ジャンプを後半の3回転ルッツのところにつけるプランに変更。これを見事に成功させた。

 スケートと出合ったことへの謝意を溢れさせるような雄大なイーグルは、広げた両手にこぼれ落ちてくる満月の光を余さず受け止めようとするかのよう。コンビネーションスピンで演技を終えると思わずガッツポーズが出た。観客は立ち上がって拍手を送った。

「今季は一個もルッツが入ってこなかったので、ルッツの後に(トーループを)付けるのは自信がありませんでした。でも、今回は練習や6分間でもルッツの方がいけると思っていて。フリップの着氷がちょうど乱れたので、後半につけることにしました。一か八かで賭けて勝った感じですね」

 機転を利かせてのノーミス演技。「やっとノーミスができて、気持ちよく終わった」と喜んだのもつかの間、思ったほどには点数が伸びず、69・18点で13位発進となったが、「このまま浮かれてフリーを迎えるのでも、点数が出て落胆するのでもなく、フリーに向けて感覚と点数の差をどう埋めるか。確認して気を引き締めて調整していきたい」と冷静に切り替えた。もっとも、見ている者たちの多くは、点数とは無関係の琴線の震えを感じていた。

■「上手い人たちにもまれて刺激を受けている」

 北海道大学工学部4年で、卒業後の大学院進学が決まっていた昨季は、結果次第で引退するという覚悟持って全日本選手権に挑んだ。結果は10位。全日本強化指定に選ばれ、現役続行を決意した。現在は北大工学部大学院で材料科学を専攻しながらフィギュアスケートを続けている。

 今季は強化指定を受けていることで、ナショナルトレーニングセンターである中京大のリンクで練習ができるようになった。札幌のリンクで滑ることができない時には愛知県へ行き、トップスケーターたちとともに練習してきた。

「上手い人たちにもまれながら、刺激を受けている。今までは大会でしか見ていなかったので、上手い人たちっていつでも上手いんだなと思いながら見ています」

 昨年に続いて演じた「月の光」のプログラムがより緻密になっていたのは、刺激を受けながらの練習も理由のようだ。

 また、9月の北海道胆振東部地震の影響で一時は練習できない時期もあったが、今では震源に近い安平町のリンク(安平町スポーツセンターせいこドーム)も使用可能。

「安平町のリンクも使えるようになって、そこでもかなり練習させてもらっていました。今大会に向けては、あまり影響はありませんでした」と言う。

■紀平梨花がインスパイアされた鈴木の「月の光」

 今季はGPファイナル初出場優勝を飾った紀平梨花も「月の光」を使っているが、これは昨年の鈴木のプログラムを見て影響されたからだという。

「自分の演技を見てもらって何かを感じてもらうのは醍醐味ですし、僕の本望。僕の演技を見て記憶に残ったり、鈴木潤ってこういう選手なんだと感じてもらうのは幸せです。まして、あんなうまい方にインスピレーションを与えられたのはすごくうれしいです」

 フリースケーティングでは「ビートルズメドレー」に乗って今季からの新プログラムを演じる。

「ショートプログラムではスピンもステップもレベルを取れていなかった。そこをもう一度見直していきたい」

 フリーでも鈴木ならではの世界観を見せてくれるだろう。

北大生 鈴木潤の飽くなき挑戦

鈴木潤 4分半に込める集大成の思い

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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