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GKシュミットが火を付けた守護神バトルの新時代

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
シュミット・ダニエル。チームメイトからは「ダン」と呼ばれている(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

■GK転向は「うれしかった」

 長い手足が目を引く長身の15歳は、ボランチからGKへのコンバートを告げられ、うれしさを感じていた。

「走りたくなかったので、フィールドをやりたくなかった。だからうれしかったんじゃないですかね」

 当時の思いを尋ねると、シュミット・ダニエルは少し考えてから、そう言った。

 07年春。進学校で知られる東北学院高校で1年生になったばかりのシュミットはGKに転向するように言われると、すぐにマンチェスター・ユナイテッドの守護神として君臨していたGKエドウィン・ファンデルサールの映像を見始めた。

「最初はファンデルサールですね。足元の技術もあって、身長も高いということで、自然と見ていました。その頃の僕の身長? 190cmくらいでした」

 ファンデルサールはオランダ史上最高のGKと評されている名手である。身長197cmの長身痩躯で手足が長く、セービングの安定感が抜群だった。子どもの頃のポジションはフォワードで、足元の技術はフィールドプレーヤー時代に培ったもの。ボランチからGKに転向したシュミットにとっては格好のお手本と言える存在だった。

 高校卒業後、中央大学を経て14年にベガルタ仙台に加入したシュミットは、ロアッソ熊本や松本山雅に期限付き移籍してJ2での経験を積んだ。16年に復帰した仙台では、渡邉晋監督が推し進めるポゼッションサッカーと出合い、足元の技術に磨きを掛けていった。

■仙台で鍛えられたビルドアップ能力

 こうして迎えた今年9月。森保ジャパンの初陣メンバーとして東口順昭(ガンバ大阪)、権田修一(サガン鳥栖)とともに招集を受けると、11月16日の国際親善試合ベネズエラ戦で国際Aマッチ初先発を果たした。

 先発メンバーの顔ぶれを見回せば、森保監督が現時点で「ベース」と考えている10月のウルグアイ戦メンバーがほとんど。その中で代表初キャップとなるシュミットが先発を任されたことは、多くの人々に新鮮な驚きを与えた。

 キックオフ前の国歌斉唱では、肩を組んだ身長189cmの吉田麻也が「デカい」と驚嘆した。試合が始まると、今度は相手のベネズエラの選手が「嫌そうな顔をした」(シュミット)。高さそのもので相手に威圧感を与えていた。

 プレーを振り返ると、守備機会そのものが多くなかったことで、シュートストップやコーチングの部分では「ゴールキーパーとしてアピールできたかというとそうではない」と神妙な表情だったが、弱点部分はさておいて、シュミットには明らかなプラス査定要素があった。ビルドアップ能力だ。

 特に、前半44分のシーンはシュミットの足元の良さが前面に出ていた。吉田のバックパスを受けて素早く前線中央の大迫勇也へ、受けやすい球質のロングパスを送った場面だ。シュミットのパスを楽々と胸で受けた大迫はドリブルしながら前へ進み、左側を駆け上がってきた中島翔也にラストパスを出した。中島のシュートは惜しくも枠外となったが、GKが起点となっての決定機創出は非常にポジティブな印象を見ている者に与えた。

■理想と比べて50%

 これには仙台で培ってきた技術が十分に生かされている。

「(3バックの)仙台と(4バックの)代表ではシステムが違うので人の立ち位置が違うけど、4-4-2でもやりやすい。戸惑うようなことはあまりない」とシュミットが言うように、普段からポゼッション志向のサッカーをやっていることで自然と技術が向上し、余裕があるのだろう。

 シュミットは、「でも自分は全然まだ代表のスタメンを張るようなプレーをしていない。自信がないわけではないけど、リーグでも結果を残していない。アジアカップまで試合があるのでそこで良いパフォーマンスをしていきたい」と語って、11月の日本代表合宿からチームに戻った。

 それから約3週間。リーグは全日程を終了したが、シュミットが所属する仙台は9日に浦和レッズとの天皇杯決勝が残っている。

「理想と比べると50%。試合経験もそうですし、シュートストップ、判断力のところ、すべて足りない。これくらいのパフォーマンスなら代表で出ても問題ないね、と周囲が思うくらいできるようになりたい」

 そのためにもシュミットにとって、満員が見込まれる埼玉スタジアムでの天皇杯決勝はアピールの場として重要な舞台になる。

■ファンデルサールからエデルソンへ

 シュミットが意識しているGKは、以前ならファンデルサールだったが、最近見ているGKはマンチェスター・シティのエデルソン・モラレスだ。

「ビルドアップの部分ではシティのエデルソンが世界一だと思う。パスをつける場所など、見ていてすごく勉強になる。それに、エデルソンくらいのボールスピードを出せれば味方がフリーになる時間が長くなる。でも、僕にはまだボールスピードが足りない。」 

 GKに転向してから11年。GKになったばかりの頃に190cmだった身長は197cmになった。

「今はファンデルサールとは同じ身長ですね」

 かつてお手本とした「摩天楼」と同じ高さを手にしたシュミット。自らが火付け役となっている守護神争いで勝ち抜くためにはまず、代表で感じた課題を克服し、長所を磨き上げていくことだ。

■天皇杯決勝では浦和GK西川周作とタイトルを争う

 日本代表の森保監督は年内の5試合で3人のGK全員を使った。いわずもがな、これは指揮官がGKに大いなる競争を求めていることを表している。現時点では来年1月のアジアカップに行くのは東口、権田、シュミットの3人になる可能性が高いだろうが、森保監督は、14年ブラジルW杯メンバーであり、広島の監督時代に12、13年とJリーグ連覇を果たしたときの守護神である西川周作(浦和)や、18年ロシアW杯で西野ジャパンの一員だった中村航輔(柏)をまだ一度も招集していない。それに、広島時代の15年にリーグ優勝した際の林卓人(広島)もいる。

 日本代表の守護神を争う戦いは、今後さらに激化していくことが予想される。シュミットが火蓋を切って落とした代表GK争い新時代。2018年のラストマッチとなる9日の天皇杯決勝戦で見られるであろう、浦和GK西川とシュミットの、100mの距離を超えて飛び散る火花に注目だ。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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