こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

「飛龍閃(ひりゅうせん)」を覚えていますか?

『るろうに剣心』の主人公・緋村剣心(ひむらけんしん)が修めた「飛天御剣流抜刀術」の一つ。

左手で刀の鞘(さや)を持ち、体をギュンッと回転させると同時に、腕を伸ばして親指で刀身を弾き出す。すると刀は柄(つか)を先にして飛んでいき、相手の眉間に激突!

これによって、石動雷十太(いするぎらいじゅうた)という巨漢の剣士を、仰向けに吹っ飛ばした。

「不殺(ころさず)」の誓いを立てている剣心ならではの、すごいワザである。

とはいえ、雷十太は身長2m、体重150kgほどもありそうな巨漢だった。そんな相手に、指で弾いて刀を飛ばし、ぶつけて倒すことなど、できるのだろうか?

◆飛距離21kmも可能!

こういう検証をするために、筆者は摸造刀「正宗」を持っている(最初に使ったのは、『ONE PIECE』ゾロの三刀流の考察だった)。

これを使って、剣心と同じポーズで「飛龍閃!」とやってみたところ、カラララッと鞘走った刀は、ありゃっ、刀身が7割ほど抜けたところで、鞘に引っかかって止まってしまった。

これ、相手が真正面にいたら、柄をヒョイとつかまれそうな位置関係。つまり、雷十太に自分の刀を「はいドーゾ」と差し出すようなものである。ワタクシが剣心だったら、ここで人生が終わりました。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

だが、剣心の飛龍閃はモノが違った。

マンガの状況を確認すると、刀は雷十太の額を仰角30度前後で直撃し、雷十太は1.5mほども飛ばされている。体の重心が身長の半分にあたる地上1mにあったとすれば、これらの条件から、雷十太は時速10kmで飛ばされたことがわかる。

時速10kmとは、一般人が大相撲力士のブチかましをモロに食らったくらいの飛び方だ。

軽い刀でこれをやるには、大変なスピードが要求される。

刀の重量は920g。筆者が見立てた雷十太の体重150kgの160分の1しかない。また、剣心の刀は、雷十太に当たってその場に落ちている。これは運動の勢いがすべて雷十太に移ったことを意味する。

すると刀は、雷十太が飛んだ速度の160倍のスピードで衝突したことになる。それすなわち、時速1600km!

物を投げるとき距離が最も伸びるのは仰角45度だが、その角度で飛龍閃を放てば、飛距離は21kmに達する。

足を斬られて動けない剣心は「間合いの外からでも攻撃可能」と言ってこのワザを使ったが、間合いどころか、江戸の外からでも攻撃可能でござる。

◆ナットクの剣心モーション

恐るべき剣心の腕力だが、もちろん技術もすごい。

飛龍閃は、体をギュンッと一回転させる、という大きなモーションを経て繰り出される。

物体に大きな速度を与えるには、長い距離を取ったほうがいい。ハンマー投げの選手が、投げる前にハンマーを持ってグルグル回るのは、遠心力で飛ばすためではなく、ハンマーに長い距離を運動させるため。

剣心の大きなモーションは、理にかなっているのだ。

それでも、半端な力で可能な技ではない。

筆者が剣心の動きを真似てみると、刀を握った手は1.3m動いた。この距離で時速1600kmに到達させるには、自由落下の8200倍の勢いで加速せねばならない。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

しかも飛龍閃は、刀身と一いっしょに鞘も動かす。剣心の鞘は鉄拵(ごしら)えだというから、これがまた重いだろう。わが愛刀「正宗」をもとに計算すると、厚さ1mmの鉄板で覆われていた場合、鞘の重さは890gになる。刀身920gと合わせると、なんと1.8kg強。

その8200倍とは15tである。スリムな剣心だが、どんだけ怪力なのか……!

◆雷十太は健在だろうか?

ここまですごいワザとなると、相手の雷十太が心配だ。

もちろん、1.5mぶっ飛ぶだけでは済まないだろう。何が起こるか、エネルギーをライフル弾(重さ5g、速度は秒速1000m)に置き換えて考えてみよう。

衝突する前、剣心の刀身はライフル弾38.6発分のエネルギーを持っていた計算になる。それを食らってぶっ飛んだ雷十太のエネルギーは、ライフル弾0.2発分だ。すると、失われた38.4発分のエネルギーはどこへ?

衝突した物体、すなわち「剣心の刀」と「雷十太の眉間」の破壊に使われたのである。

剣心の刀はどこも壊れていなかったから、エネルギーはすべて雷十太に集中したことになる。つまり彼は、眉間にライフル弾を38.4発打ち込まれたのと同じダメージを受けた……!

なんとオソロシイ技なのか、飛龍閃。威力がありすぎて、ぜんぜん「不殺」の誓いが果たせないのでは……。

ところが雷十太はその後ムクッと起き上がり、元気に活躍した。これには驚いた。剣心にとっては、並外れた雷十太の体力に助けられ、殺さずに済んだ……というべきか。

いや、剣心ほどの優れた剣士ともなれば、相手の体力まで見極めたからこそ、渾身の飛龍閃を放てたのだろう。ハイレベルな戦いでござるよ。