「スマホ漫画」で追突死亡事故の男に懲役3年 遺族が法廷で訴えたこと

事故で死亡した井口百合子さん。いつも頑丈なプロテクターを装着していた(遺族提供)

『本日、検察庁より、双方控訴せず、妻が被害に遭った事件(スマホながら運転による過失運転致死傷罪)の刑が確定した、との連絡がありました』

 8月22日朝、新潟県の井口貴之さん(47)から、加害者の判決が確定したとの一報がメールで届きました。

 この事故は昨年9月10日午後9時過ぎ、関越自動車道で発生しました。

 元運送会社社員・下山公堂被告(51)は、スマートフォンで漫画を読みながらワゴン車を運転し、前を走っていた井口さんの妻・百合子さん(39)のバイクに速度超過で追突。百合子さんは即死しました。

 この日、百合子さんは夫の貴之さんと2台のバイクでツーリングに出かけており、もう少しで自宅に帰りつくところでした。

 新潟地裁長岡支部の岩田康平裁判官は、2019年8月7日、自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死)の罪に問われていた下山被告に対して、懲役3年の判決を言い渡しました。

 その日から14日間の控訴期限が過ぎたため、21日、この判決は確定したのです。

事故現場となった高速道路からレッカー移動された百合子さんのバイク(井口さん提供)
事故現場となった高速道路からレッカー移動された百合子さんのバイク(井口さん提供)

■「一瞬の不注意による事故とは一線を画する」と断じた判決

 裁判官は下山被告の運転の悪質性について、判決文で次のように列挙していました。

・被告人は制限速度を時速約20キロメートル超過する、約100キロメートルの高速度で進行しながら、漫画アプリケーションであるLINEマンガをスマートフォンで読んでいたため、被害車両の発見が遅れ、本件事故を惹起した

・ドライブレコーダーの映像によれば、事故の約16秒前(衝突地点から約444メートル手前)には前方を進行する被害車両を発見することができたが、実際には衝突直前までその存在に気づかなかった

・被告人はスマートフォンを閲覧、操作するため、相当長い間、意識を手元のスマートフォンに集中させていたものと考えられる。

 そのうえで、実刑3年という量刑の理由について、次のように厳しく述べました。

 被告人の前方不注視義務違反の程度は著しく重く、その運転の態様は重大な事故に直結する可能性の高い、非常に危険なものであって、本件は一瞬の不注意による事故とは一線を画する、特に危険で悪質な運転による事故であったと評価すべきである。

 そもそも、スマートフォンで漫画を読むという行為自体、運転にはおよそ必要のないものであって、このような行動を自ら選択したという被告人の意思決定に対しては、厳しい非難が向けられるべきである。

地元のFM魚沼でパーソナリティをつとめていた百合子さん(井口さん提供)
地元のFM魚沼でパーソナリティをつとめていた百合子さん(井口さん提供)

■刑事裁判に「被害者参加」した遺族たちの苦しみ

 判決が確定する直前、私は夫・井口貴之さん、母・水野八重子さん、長姉の佐藤京子さんにお会いし、事故発生から現在までの思いを直接お聞きしました。

 ご遺族は各自の強い意志で「被害者参加制度」を利用し、自ら刑事裁判の法廷に立つことを選ばれたのです。

 この制度は2008年12月から導入されたもので、犯罪被害者やその家族、そして被害者側から委託を受けた弁護士が「被害者参加人」という立場で刑事裁判の公判に出席し、証人尋問や被告人への質問、論告などをおこなえるというものです。

 しかし、参加する以上は、事故直後の現場やご遺体の写真など、数々の辛い証拠に目を通さなければなりません。

 また、この事故は加害者の車のドライブレコーダーに一部始終が記録されていたのですが、ご遺族は百合子さんが追突され、轢過される瞬間の映像もあえて直視しました。

 そこには、加害車両の急接近に気づいた百合子さんが、とっさに右側のバックミラーに眼をやる最後の瞬間が映り込んでいたと言います。

 姉の佐藤さんは振り返ります。

「私も車の運転をします。あの映像を見てからは、目の前にバイクの姿を見るたびに、加害者のドライブレコーダーの映像で見たあの衝突直前の妹の姿と重なり、今も目を背けたくなるほどです……。妹はこの事故で、顔はもちろん、肌すら見られない姿になっていました。そこにいるのが本当に百合子なのか? 私達は皆、同じ言葉を口にしました。そんなお別れがどれほど辛く、悲しいか、、、、。私は加害者にその思いを必死に告げました」

 母親の水野さんも、こみ上げる怒りを必死で抑えながら法廷に立ち、加害者を前にして意見陳述を行いました。

「危険運転によって、幸せだった家庭が一変してどん底に突き落とされてしまいました。この苦しみから、なかなかはい上がる事が出来ません。せめて、いち早く救助してくれていたなら、後続車に轢かれることなく、私の娘の顔のままでいてくれたのかもしれないのに……

 夫の貴之さんも、被害者参加制度を利用して刑事裁判に臨みました。

 事故直後の現場で加害者と対面していた貴之さんは、法廷で再び本人に向き合ったのです。

 貴之さんの陳述書には、思いのたけが次のように綴られていました。一部を抜粋して紹介します。

 ひき殺される1分前まで、無線で会話していた私と妻。つい1時間前、楽しく一緒に夕食をしていた妻。夏休みをもらって楽しい旅行を終える間際だったあの日……。

 現場の悲惨さも目に焼き付いていて、衝突の瞬間の妻の悲鳴も、私の脳裏から一生消えることはありません。

 先週は毎日、私の撮影した妻のウエディングドレス姿を何十枚も眺めては涙しました。

 全てが妻の悲鳴とともに一変させられ、法廷という、こんなところに立って話しをしている姿など、夢にも思っていなかった現実を突きつけられています。

夫の貴之さんが撮影した百合子さんのウエディングドレス姿(井口さん提供)
夫の貴之さんが撮影した百合子さんのウエディングドレス姿(井口さん提供)

■遺族をさらに苦しめた事故後の「加害者のウソ」

 実は、加害者は警察から追及されるまでスマホで漫画を読んでいたことを隠し、「対向車線に気を取られていた」と虚偽の証言をしていました。事故直後にLINE漫画の履歴を削除していたこともわかっています。

 夫の貴之さんが警察から、「ドライブレコーダーに漫画を読みながら事故を起こすまでの一部始終が記録されていた」と聞かされたのは、事故から3週間後のことだったと言います。

 貴之さんは語ります。

「警察からそれを聞いたときは、精神的にも大変追い詰められました。そんなことのために、いつも安全第一の運転をしていた妻が殺されてしまったと思うと、怒りを通り越し、意気消沈してしまいました。妻を轢いた後、高速道路上に横たわっている妻を助けようともしなかった被告人のあのときの行動、態度……。真実を隠すため、私も現場で殺されるのではないかという経験がトラウマとなり、今も怖くてならないのです」

 事故の翌朝、新聞に掲載された記事を見ると、加害者の名は「さん」付けになっていました。

 その後、世間の人たちからは何か月もの間、バイクに乗っていた百合子さんの方が悪いらしいと噂され、貴之さんをはじめ、親族は皆とても苦しい思いをしてきたといいます。

 それだけに、「ながらスマホ」という事故の悪質性もさることながら、貴之さんが強く訴えるのは、「加害者のウソ」による事故後の二次被害の過酷さです。

「もし、加害者が事故直後にウソをつかず、真実を警察に話していれば、妻の方が悪いと勘違いされることもなかったはずです。悪者扱いされた妻が一番可哀そうでなりません。柳原さんが書かれていたある死亡事故の記事に、加害者のウソによって被害者の苦しみが倍増していると書いてありましたが、私も全く同じ気持ちです。ひとつのウソが、どれほど人を苦しめるか、加害者は分かっているのでしょうか……」

この事故で亡くなった井口百合子さん。39歳でした (井口さん提供)
この事故で亡くなった井口百合子さん。39歳でした (井口さん提供)

■「ながらスマホ」は危険運転に

 今回確定した懲役3年という実刑判決は、「ながらスマホ」つまり「わき見運転」が誘発した事故の判例としては、もっとも重いものです。

 裁判所はそれだけ、この事故を悪質だと判断したといえます。

 しかし、加害者は16秒もの間、前をまったく見ず、444メートルも高速道路を運転し続けたのです。

 法廷では、検察官の質問に対して、百合子さんのバイクに衝突する寸前、「何で(バイクが)ここにいるんだろう」そう思ったと述べています。

 夫の貴之さんは、今回の判決確定を受けこう語ります。

「妻・百合子は一生帰って来ないのに、加害者はたった3年で社会に戻れると思うと、とても刑が軽く感じられます。スマホでの事故では、いくら悪質でも『危険運転致死傷罪にならない』という現行法の限界があります。同種の事案を比較したとき、今回の判決の3年というのは最も重い事例だということですが、法の限界を感じてなりません。

 悪質運転に対しては、もっと厳しい判決がなされるよう、法改正が必要だと強く感じています。今後はそのような法改正がなされるような活動に協力できればと思っています」

思い出の古い駅舎の前で。夫婦2台でのツーリングは、もう二度と叶いません(井口さん提供)
思い出の古い駅舎の前で。夫婦2台でのツーリングは、もう二度と叶いません(井口さん提供)

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