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妻の命を奪った「スマホ漫画」運転 「前を見ない運転は運転とは言えない!」夫の叫び

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
百合子さんはFMのパーソナリティをつとめる活発で優しい女性でした(遺族提供)

 7月16日、新潟地裁長岡支部で、痛ましい交通事故の裁判が開かれました。

 事故が起こったのは昨年9月。運送会社に勤務する職業ドライバーの男(51)が、ワゴン車で関越自動車道を走行中、井口百合子さん(当時39)のバイクに追突し、百合子さんはワゴン車と後続車に相次いで轢過され、亡くなったのです。

 この日は、百合子さんの夫である井口貴之さん(47)が意見陳述を行い、

「前を見ない運転、これほど悪質な運転はあるのでしょうか……。前を見ない運転など、自動車運転ではありえません」

 と訴えました。

 その後、検察官は、自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死)の罪に問われている運転手の男に対し、懲役4年の求刑を言い渡しました。

 夫の貴之さんは語ります。

「加害者は妻への事故を起こす前にも大きな事故や違反を繰り返しており、そのことが刑事裁判で明らかになりました。しかし、それでも反省することすらせず、高速道路走行中にスマホで漫画を読むという極めて身勝手な運転をし、その結果が今回の事故につながっています。私にとってかけがえのない妻は、人生の半分にも満たないでこの世を去る事になりました。一生を潰された妻の無念を思えば、本来なら危険運転致死傷罪でも、私達の気持ちがおさまらないくらいであることを裁判官にはご理解いただき、検察官の求刑以上の重罪を強く望みます」

井口さん夫妻は夫婦でバイクに乗り、ツーリングを楽しんでいました。事故が起こった日は泊りがけのツーリングを終えて帰宅中で、現場は自宅まであとわずかの距離だったそうです(遺族提供)
井口さん夫妻は夫婦でバイクに乗り、ツーリングを楽しんでいました。事故が起こった日は泊りがけのツーリングを終えて帰宅中で、現場は自宅まであとわずかの距離だったそうです(遺族提供)

■スマホで漫画読みながら16秒間、高速走行を続けた加害者

 この事故の概要については、『スマホ漫画で追突死亡事故 真実を明らかにしたのはドラレコだった』(2019/6/30配信)ですでにレポートし、読者からは驚きや怒りの声が数多く寄せられました。

 検察は求刑の際、

「被告は少なくとも16秒間、スマホ漫画に気を取られ、前を見ていなかった」  

 と指摘していますが、仮に時速100キロで走行していた場合、秒速は約28メートル、つまり、448メートルも前を見ずに車を走らせたということになるのです。

 実は、事故直後、加害者は「単なるわき見だった」と供述していました。しかし、事故発生が夜ということもあって、一連の行為はフロントガラスに映り込んでおり、その映像は加害者自身の車のドライブレコーダーに記録されていたのです。

 もし、ドライブレコーダーにスマホで漫画を読んでいる映像が残されていなかったら、この事故は単なる「わき見運転」のまま、あいまいに処理されていた可能性も大だったでしょう。

 注目の判決は、8月7日の15時から、新潟地裁長岡支部で言い渡される予定です。

■「ながら運転」による死亡事故は「携帯等使用なし」の2.1倍に!

 警察庁の調べによると、2018年に発生した「携帯電話使用等に係る交通事故件数」は2790件で、過去5年間でみると、約1.4倍に増えています。

 携帯電話だけでなく、カーナビ等を注視している最中の事故も多く発生しているとのことです。

(警察庁のWEBサイトより抜粋)
(警察庁のWEBサイトより抜粋)

 また、死亡事故率で比較すると、携帯電話使用等の場合には、「使用なし」と比較して死亡率が約2.1倍という報告がされています。

 一時的に前を見ない「ながら運転」が、いかに危険であるかがデータに現れているといえるでしょう。

警察庁WEBサイトより抜粋
警察庁WEBサイトより抜粋

 井口百合子さんも、まさに2018年に犠牲になった被害者の一人です。

「ながら運転」は、その行為を立証するのが難しく、裏付けが取れないまま処理されるケースもあることを想定すると、事故率は、実際にはさらに高くなるのではないかと考えられます。

ながら運転のワゴン車に追突され、無残に破損した百合子さんのバイク。事故の衝撃の大きさが見られます(遺族提供)
ながら運転のワゴン車に追突され、無残に破損した百合子さんのバイク。事故の衝撃の大きさが見られます(遺族提供)

==■運転中のスマートフォン・携帯電話等使用の事故は現代の社会問題に

 「ながら運転」による重大事故の増加を重く見た警察庁は、同庁のWEBサイト内で次のような具体的な呼びかけを行っています。

『スマートフォンや携帯電話は、インターネット、メール、ゲーム等ができて、通話機能に加えて私たちの生活に欠かすことのできない大変便利な機能を持つものになっています。

 一方、運転中にスマートフォンの画面を注視していたことに起因する交通事故が増加傾向にあり、いわゆる運転中の「ながらスマホ」が社会問題となっています。

 自動車等を運転しながらのスマートフォン等の注視・通話やカーナビゲーション装置等の注視は、画面に意識が集中してしまい、周囲の危険を発見することができず、歩行者や他の車に衝突するなど、重大な交通事故につながり得る極めて危険な行為ですので、絶対にやめましょう』

 悪気はなくても、つい、習慣的に見てしまいがちなスマートフォンや携帯電話。十分に気をつける必要があるでしょう。

■2019年12月には「ながら運転罰則強化」に向けての法改正を予定

 2019年5月には、改正道路交通法が成立しました。それを受け、警察庁は7月18日、車やミニバイクを運転中に携帯電話で話したり、スマホを注視したりする「携帯電話使用(保持)」、いわゆる「ながら運転」の反則金額や点数を引き上げた「道路交通法施行令の改正案」をまとめました。  

 主な改正点は以下の通りです。

1)反則金は約3倍に

 大型車は2万5000円、普通車は1万8000円、二輪車は1万5000円に引き上げられます。

2)違反点数も3倍に

 違反点数は従来の1点から3点にアップ。さらに、携帯電話での通話や、注視によって交通の危険を生じさせる「携帯電話使用等(交通の危険)」の違反の場合は、2点から6点に引き上げるとのことです。

 施行は、2019年12月1日までを目指しているそうで、2019年7月22日から8月20日までの間、警察庁では「パブリックコメント」の受け付けを実施しています。

 ご意見のある方は、警察庁のサイト内の『「道路交通法施行令の一部を改正する政令案」等に対する意見の募集について』に、ぜひコメントを寄せてみてください。

 また、政府インターネットテレビでは、『危ない!運転中のながらスマホ』と題した以下の動画も配信中です。こちらもぜひご覧ください。

 

■今回の道交法改正の概要 (警察庁のWEBサイトより抜粋)

<携帯電話使用等対策の推進を図るための規定の整備>

ア)

自動車又は原動機付自転車を運転中の携帯電話使用等に付する基礎点数を引き 上げ、携帯電話使用等(交通の危険)については6点、携帯電話使用等(保持) については3点(これらの加重類型である酒気帯び(0.25未満)携帯電話使用等 (交通の危険)については16点、酒気帯び(0.25未満)携帯電話使用等(保持) については15点)とすることとする(令別表第2関係)。

イ)

携帯電話使用等(保持)に関する反則金の額を引き上げ、大型車については2 万5千円、普通車については1万8千円、二輪車については1万5千円、原付車 については1万2千円とすることとする(令別表第6関係)。

(参考)

近年におけるスマートフォンの普及等に伴い、携帯電話使用等による交通事故の件数は 増加傾向にあり、平成30年中は2,790件で5年前(平成25年)の2,038件から約1.4倍に増加 しています。また、携帯電話使用等による悲惨な交通死亡事故も発生しています。 このような情勢を踏まえ、改正法において、携帯電話使用等に関する罰則が強化される などしたところですが、これに合わせ、携帯電話使用等に係る基礎点数及び反則金の額を 引き上げようとするものです。

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「開成をつくった男、佐野鼎」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。剣道二段。趣味は料理、バイク、ガーデニング、古道具集め。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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