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南米ベネズエラ出身16弦ギターの名手フェリックス・マーティン、J-POPとアニソンの冒険の旅

山崎智之音楽ライター
Felix Martin /courtesy of P-VINE Records

南米ベネズエラ出身の16弦ギターの名手フェリックス・マーティンが2024年2月、ニュー・アルバム『ザ・ギャザリング』を発表する。

前作『カラカス』(2019)では南米のパッションとメロディを込めた音楽性が注目され、絶大な支持を得ることになったフェリックスだが、新作のインスピレーションとなったのはJ-POP、そして日本のアニソンとゲーム音楽。バークリー音楽大学仕込みの超絶テクニックをフィーチュアしながら、インストゥルメンタルの冒険の旅へと導いていく。

2024年5月にはテッセラクト来日公演のスペシャル・ゲストとして日本初上陸も決定したフェリックスに、ニュー・アルバムとその日本愛について語ってもらおう。

Felix Martin『The Gathering』ジャケット(P-VINE Records / 2024年2月9日発売)
Felix Martin『The Gathering』ジャケット(P-VINE Records / 2024年2月9日発売)

<ここ3年、日本の音楽しか聴いていない>

●最近はウェブで動画を発表したり自らのギター・ブランド“FMギターズ”を設立するなどしてきましたが、どのようにして『ザ・ギャザリング』制作に至ったのですか?

“FMギターズ”を始めたことで、ギタリストとしての幅が広がったね。自分が弾くのはもちろん、大勢のギタリストが“FMギターズ”に興味を持ってくれて、いろんな質問をぶつけてくる。それで自分のプレイをより客観視するようになった。そのことはプレッシャーでもあったけど、インスピレーションにもなったよ。世界のいろんな国で“FMギターズ”を弾いている人がいるのはスリルを感じるね。国別だと、アメリカに次いで日本で売れているんだ。まだ25本ぐらいだけど、これからさらに伸びていくと思うよ。

●通常の6弦ギターを始める人はジミ・ヘンドリックス、スティーヴ・ヴァイ、ジョー・サトリアーニなど、さまざまなギタリストが入口となりますが、16弦ギターの場合はあなたしか手本になるギタリストがいません。その分あなたの責任は大きいですね。

そうだね。でも、それが励みになることも事実だ。“FMギターズ”を弾く人にその可能性を示すようなギタリストでコンポーザーでありたい。

●『ザ・ギャザリング』は日本のアニメやゲームから影響を受けたそうですね。YouTubeでもアニメ「進撃の巨人」のOP「紅蓮の弓矢」、ゲーム『ゼルダの伝説』の“迷いの森 the lost woods”のBGMをプレイしているのを見ましたが、いつから、どのようにして好きになったのですか?

アニメを見始めたのは比較的最近で、『カラカス』を発表した後、3年ぐらい前に『進撃の巨人』を見てハマったんだ。それから熱心に見るようになって、『ONE PIECE』や『東京喰種トーキョーグール』の大ファンになった。J-POPは最初はアニメの主題歌として好きになったけど、音楽としても魅了された。yamaやAdoなどは素晴らしいね。ここ3年、日本の音楽しか聴いていないぐらいだ。毎日聴きまくっている。中毒状態だよ(笑)。『ザ・ギャザリング』の曲ではJ-POPやアニソンの強力なメロディとコーラス、そしてコード進行から多大な影響を受けているんだ。「クラウドダイヴァー」や「ラウダービット」のムードとコード進行は100%J-POPスタイルだね。「ルートクラフター」はゲーム音楽からの影響があるかも知れない。

●3年前からアニメを見るようになったということは、子供の頃から『ドラゴンボール』や『NARUTO -ナルト-』を見ていたわけではないのですね?

うん、テレビでやっているのは知っていたけど、見ていなかったんだ。『ポケットモンスター』は見ていたけど、その程度だった。人生が変わったのはやはり『進撃の巨人』からだった。

●今度『進撃の巨人』を手がけたウィットスタジオが『ONE PIECE』をリメイクするそうですね。

うん、スーパー・エキサイトしているよ!自分のフェイヴァリット・アニメ2つが合体するようなものだからね。最高に楽しみだ。

●実写映画版『進撃の巨人』は見ましたか?

実はまだ見ていないんだ。見なければならないアニメが数限りなくあって、『ONE PIECE』の最新エピソードに追いつかなければならないし、友人がみんな「最低だから見ない方がいい」と言っているからね!そこまで言われると逆に興味が湧いてくるし、近いうちに見ようと思っているんだ。

●『進撃の巨人』『ONE PIECE』以外にお気に入りのアニメ番組はありますか?

『SPY×FAMILY』が大好きなんだ。ストーリーとアクションとユーモアがあって素晴らしいね。『ゆるキャン△』も日本の景色や食事を見ながら、ダークな気分に陥ることなくリラックスして見ることが出来て良いね。

●2023年の日本では『推しの子』主題歌のYOASOBI「アイドル」が“第2の国歌”といえる人気を博しましたが、アニメや曲は知っていますか?

うーん、知らない。日本で大ヒットしても俺がチェック洩れしていたり、日本ではメジャーでなくても俺にとってフェイヴァリットの曲があるんだ。ぜひ聴いてみるよ。

(注:後日「聴き直してみた。この曲は知っているよ!」というメールが来た)

Felix Martin and band / courtesy of P-VINE Records
Felix Martin and band / courtesy of P-VINE Records

<やりたい音楽に合う楽器がなければ、作ってしまえばいい>

●『ザ・ギャザリング』の海外盤ジャケット(日本盤は別デザイン)にはアルバムの全10曲に対応するアニメ風のキャラクター物がフィーチュアされていますが、曲とキャラクターのどちらが先にあったのですか?

基本的に音楽を書き始めて、そのムードに合わせてキャラクター設定を考えたんだ。それをアーティストに描いてもらった。キャラクターデザインというものはやったことがなかったけど、すごく楽しい作業だったよ。アイディアをまとめて形にするという点で、曲を書くのと似ているかも知れない。『ザ・ギャザリング』を原作としたマンガも実現させたくて、ストーリーを書いているところだよ。それぞれのキャラのTシャツも作りたいね。

●リーダー・トラックとして告知されていた「クローンヴィジョン」がアルバムに収録されていませんが、どうなったのでしょうか?

「クローンヴィジョン」は「ギャザーピース」と改題したんだ。元々アルバムと同じ「ザ・ギャザリング」と呼んでいたけど、それにドラマー、ニック・クベスの提案で『ONE PIECE』を合体させて「ギャザーピース」にしたんだよ(笑)。鎧に身を包んだキャラクターがギャザーピースだ。もうひとつ、俺がカードゲーム『マジック・ザ・ギャザリング』のファンだということもある。実際にプレイすることはほとんどないけど、アートの世界観からインスピレーションを得たよ。城砦や合戦、燃え上がる炎などから中世〜バロック調の曲を書いて、それが「ギャザーピース」のキャラになったんだ。

●「ギャザーピース」や「ルートクラフター」などは実際の中世音楽から触発されたのですか?それともゲーム音楽から?

具体的な元ネタがあるわけではなく、“マジック・ザ・ギャザリング”の世界観から頭に浮かぶ“中世的”なメロディやハーモニーを捉えるようにしたんだ。専門的な教育を受けたわけではないけど、『マジック・ザ・ギャザリング』に関連するプレイリストを聴いていると、ケルト音楽やバロック音楽が流れてくるんだ。これからもっと系統立てて聴こうと考えている。

●前作『カラカス』では南米音楽からの影響を前面に押し出していましたが、今回もそれは受け継がれていますか?

自分の育った環境だし、南米の要素は常にあるだろうけど、今回はほとんど意識しなかった。自分のギターで新しいサウンドの実験をしたかったんだ。J-POPやゲーム音楽、プログレッシヴ・メタル、中世音楽なども取り入れた、メロディックで耳に馴染みやすい音楽をやっている。

●日本人の耳からすると『ザ・ギャザリング』から南米的な要素が感じられますが、その逆に、あなたもIchika NitoやYas Nomuraといった日本人アーティストとコラボレートして、“日本らしさ”を感じることはありますか?

Ichikaのコード進行はとても日本らしいね。Yasはより西洋のロック的だけど、2人のどちらからも日本の要素は感じるよ。もちろん国籍を超えたスタイルがあるけど、それが彼らの魅力でもあるんだ。

●レコード会社の資料にはCö shu Nie、yama、Ado、ヨルシカなどを愛聴しているとありますが、どのようにして彼らの音楽を知ったのですか?

Spotifyでいろんな人がプレイリストを作成して公開している。ピンと来るものがあったら、それを流しっぱなしにしておくんだ。そうして新たに知る曲が増えていく。俺も自分のお気に入りを集めたプレイリストを作っているよ。もう300曲以上リストアップして、全部聴くのには時間がかかるけどね!最近では星野源の曲をよく聴いている。アルバムの「ワードヴィジョン」はyamaからインスピレーションを受けた曲だし、Cö shu Nieのメンバー達とはロスアンゼルスで会ったことがあるんだ。いつか共演もしてみたいね。

●リフ・プレイが大幅に減って両手タッピングがメインとなっていますが、それは意図したことでしょうか?

俺は常に自分のサウンド、自分のスタイルを探しているんだ。『カラカス』はよりプログレッシヴ・メタルに近いアプローチだったし、南米のトラディショナルなパターンを弾くにはコードのストロークが必要だった。アルバムの音楽性が求めるギター・プレイをするんだよ。その逆ではなくてね。今回ギター・プレイの99%をタッピングでやったのは、アルバムの音楽性がそれを求めていたからだった。メロディックな、流れるようなプレイを弾いたんだ。長々とした速弾きソロは必要なかった。もちろん『ザ・ギャザリング』でのプレイが完成形ではないけど、これが現在の俺のスタイルなんだよ。『ザ・ギャザリング』では大半の曲で16弦ギターを弾いて、「クラウドダイヴァー」と「ワードヴィジョン」では12弦ギターを弾いた。フィーリングがかなり異なるんだ。

●16弦ギターを両手タッピングする奏法はギターよりもむしろピアノや琴、チャップマンスティックを彷彿とさせますが、それらの楽器を弾いてみた、あるいは研究したことはありますか?

いや、全然(苦笑)。どれも弾いたことがない。俺はただのギター弾きだ。ただネックを2本並べたことで、エレクトリック・ギターは新しいサウンドと新しいテクニック、新しいヴォイスを持った楽器に生まれ変わった。ギタリストは6弦や7弦のギターにこだわる必要はない。自分のやりたい音楽に合う楽器がなければ、作ってしまえばいいんだ。そういう柔軟なマインドで音楽に接して欲しいね。

●そんな発想のヒントはどこから生まれたのでしょうか?

ベネズエラの小さな町で育って、独学でギターを学んだことで、周囲の環境に左右されなかったんだと思う。始めてから時間の経たないうちにタッピングをやるようになって、誰からも「その弾き方は間違っている!」と言われずに、そのまま弾いていたんだ。それが普通だったんだよ。

●『カラカス』ではメタル的な要素もありまいたが、今回は「サンダータップ」「パナモーフィック」など、攻撃性を表現するのにパワー・コードを要しない曲が目立ちました。ギター・プレイで志したことはありますか?

実はあまり攻撃性は意識しなかったんだ。それよりもメロディを重視した。それもJ-POPからの影響が大きいけどね。きっと日本の音楽ファンは気に入ってくれると信じているよ。意識して“志す”のではなく、自然に流れ出る自分らしいプレイを捉えたと思う。そういう意味で「ワードヴィジョン」は今の俺がいるところを正しく表現しているね。

●アルバムの曲は16弦ギターで書いたのですか?

半分は16弦ギター、半分は10弦ベースで書いた感じかな。「ムーンハイク」と「ルートクラフター」はベースで書いた。新しいベースを手に入れて、手に取ることが多かったんだ。何も考えずに弾いていると、アイディアが浮かぶんだよ。

●“FMギターズ”ではエスフェラ(Esphera)という6/7/8/9弦ギターも出していますが、その特徴を教えて下さい。

“FMギターズ”は12/16弦ギターから出発して、単なるギミックでない高品質な製品を追求してきた。それでより“普通の”ギターに近いエスフェラ・シリーズ、そして10弦ベースも出すことにしたんだ。おかげさまで好評だよ。フェンダーやギブソンと異なった独特な丸みのあるシェイプで、アイバニーズのJEMみたいなグリップが付いている。スティーヴ・ヴァイが弾いているのを見てヒントを得たんだけど、デザインが面白いのとグリップを掴んで持ち運び出来るのに加えて、ボディに穴を開けることで軽量化するメリットもあるんだ。

●音楽活動やアニメ鑑賞で忙しいと思いますが、今後ツアーやコラボレーションなどの予定はありますか?

『ザ・ギャザリング』を2024年2月にリリースして、世界をツアーするつもりだ。ライヴ・バンドのメンバーはアルバムと同じホアン・トレス(ベース)とニック・クベス(ドラムス)とのトリオ編成にしたいと考えている。ホアンは10弦ベースも、5弦ベースも弾くことが出来る名手だ。ニックもパワフルでテクニカルなプレイをこなすドラマーだし、この3人なら最強の布陣だよ。北米が最初になるだろうけど、故郷の南米、それからもちろん日本でもプレイしたい。日本では出来る限り多くの友人やアーティストと連絡を取って、滞在中に共演したいね。『進撃の巨人』のアトラクションやライドにも行きたい(笑)。日本についての知識はネットを通じてのものばかりだし、この目で見る日が待ち遠しい。

【日本レコード会社公式サイト】
https://p-vine.jp/music/pcd-25376

【アーティスト公式サイト】
https://www.felixmartin.net/

【FMギターズ公式サイト】
https://www.fmguitars.com/
【Tesseract (UK) Live in Japan 2024 w/ Cyclamen & Felix Martin (USA)】
5/18 & 5/19 2024 @ Shibuya Cyclone

テッセラクト来日公演ポスター/ courtesy of @thiscyclamen
テッセラクト来日公演ポスター/ courtesy of @thiscyclamen

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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