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クラシックス・ヌヴォー、40年ぶりの新作アルバム発表。英国ニュー・ロマンティックスの美学【前編】

山崎智之音楽ライター
Sal Solo / Simon Fowler & Luigi Ciazzo

1980年代初頭のイギリスを華麗に彩ったニュー・ロマンティックス・ムーヴメントの代表バンドのひとつだったクラシックス・ヌヴォーが、何と40年ぶりとなるニュー・アルバム『Battle Cry』を海外で発表した。

デュラン・デュランやスパンダー・バレエなど、世界のヒット・チャートを征した大物バンドを輩出したニュー・ロマンティックスはポップでエレクトロニックな音楽性、そしてアートでファッショナブルなヴィジュアル性で絶大な支持を得る。そんな中でクラシックス・ヌヴォーはキャッチーかつダンサブルでありながら翳りのある音楽性とシンガー、サル・ソロのスキンヘッドでサイボーグのような佇まいが異彩を放っていた。「インサイド・アウトサイド」「夢のまた夢 Is It A Dream」「失われしもの(ネヴァー・アゲイン)」などの“新しいクラシックス”と3枚のアルバムを発表した後、彼らは1985年に活動を停止。メンバー達は音楽シーンの表舞台からフェイドアウトしてきた。

だが彼らは世界中の熱心なファンの要望に応えて2021年に「インサイド・アウトサイド」のセルフ・カヴァーで復活。2023年には4作目のアルバム『Battle Cry』を発表した。

1980年代の音楽性を受け継ぎながら、年輪を重ねたクラシックス・ヌヴォーの“今”を描いた本作は、彼らと友に大人になったファンから、初めてその音楽に触れる新しい世代のリスナーまで、幅広い層の心を捉えることになるだろう。

新作のリリースを棄捐して、サル・ソロとのインタビューが実現。現在の心境や1980年代の思い出について訊いてみた。かつてアーティフィシャル(人工)的なイメージを前面に出していた彼だが、その語り口には温かみがあり、約40分の対話は心地よいものだった。

全2回のインタビュー記事、まずは前編をお送りする。

Classix Nouveaux『Battle Cry』ジャケット(Cherry Red Records / 現在発売中)
Classix Nouveaux『Battle Cry』ジャケット(Cherry Red Records / 現在発売中)

<まだ渡るべき大海原、登るべき山がある>

●『Battle Cry』は往年のクラシックス・ヌヴォーの音楽性を踏まえながら、2023年を生きるあなた達が鮮明に表現されたアルバムですね。

うん、その通りだ。1980年代の要素は残されているけど、40年前のスタイルをそのまま踏襲することは避けた。バンドの原点を意識しながら、現在の自分たちを音楽にしたかったんだ。『Battle Cry』は両者のバランスが取れたアルバムだと思うね。

●あなたは今フロリダ在住なのですか?

そうだよ。B.P.(ハーディング?ドラムス)はノースカロライナ、ゲイリー(ステッドマン/ギター)はロンドン、ミック(スウィーニー/ベース)はアイルランドに住んでいて、みんなバラバラなんだ。ただテクノロジーのおかげで、リアルタイムでトラックをやり取り出来るし、意見を交わすことも出来る。『Battle Cry』 ではB.P.がフロリダまで来てくれたけど、あとの2人はリモートでレコーディングしたよ。ザ・ローリング・ストーンズだってそうしている。ミック・ジャガーはバハマ、キース・リチャーズはロンドンとかにいても、アルバムを作ることが可能なんだ。

●最近はどんな音楽活動をしていますか?

フロリダのカトリック教会で聖歌隊のリーダーをやっているんだ。過去5年で何百曲も書いてきたからカンが鈍ることがなくて、今回のアルバムの曲作りに役立ったよ。1980年代よりもスムーズに書けたぐらいだった。

●あなたのソロ・アルバム/DVD『Acts Of Worship』(2013)を聴きました。歌ものながらリラクゼーション・ミュージックに近い作品でしたが、それがあなたの求める音楽性なのですか?

40年以上やっていると、いろんな音楽に踏み込む機会があるものなんだ。日本や香港、南米などを回ったことで、後期のクラシックス・ヌヴォーは世界各地の音楽や文化から影響を受けた冒険を行うようになった。1980年代という時代は、まだポップ・バンドが実験的であることが許された時代だったんだ。新しいスタイル、新しい楽器...過去を振り返るのではなく、未来の音楽を創ることに喜びを感じていた。ピーター・ゲイブリエルからはインスピレーションを受けたね。彼は西洋のロックにワールド・ミュージックの要素を取り入れながら、斬新で実験的な音楽を生み出していた。クラシックス・ヌヴォーの3枚目のアルバム『Secret』(1983)ではインドの楽器やパーカッションをシンセサイザーやポップな構成と融合させた、それまでと異なった音楽性を志した。映画音楽や、その頃はまだ名前がなかったと思うけど、ニュー・エイジ・ミュージックに通じるアプローチも取っていたんだ。最近でも映画音楽からは多大なインスピレーションを受けるよ。 IMAXシアターのサラウンド音響で流れるサウンドトラックには圧倒される。ソロ・アルバムではそんな要素を取り入れているんだ。映画音楽家ではハンス・ジマーが良いね。あまりジョン・ウイリアムスのような“いかにも”な映画音楽家は好きではないんだ。クラシックのオーケストレーションとエレクトロニクスを融合させたり、独自のヒネリを加えた方が好きなんだよ。

●『Battle Cry』のCDブックレットには詳細なライナーノーツが掲載されていて、クラシックス・ヌヴォー再始動のきっかけについて“数年前、Facebookにファン・ページがあることを見て、世界中に熱心なファンがいることを知った”と書いていましたが...。

当時からのファンが私たちに対して熱意を持ち続けてくれたことも嬉しかったし、生まれてすらいなかった若いファンもいて驚いたよ。1985年に解散して、それで終わったつもりだったんだ。バンドが彼らの人生に何かの意味を持っていることを知って、その続きを見せたくなった。音楽は青春のサウンドトラックなんだ。人によってはそれがザ・ローリング・ストーンズだったりレッド・ツェッペリンだったりする。それがクラシックス・ヌヴォーだという人がいるなんて、本当に光栄だよ。一方、それを不思議に思ったりもする。私の少年時代、いわゆる“大人”はクラシック音楽か、せいぜいフランク・シナトラを聴いていた。でも今日では、還暦を超した人がクラシックス・ヌヴォーを聴いているんだからね(笑)。もちろんどんな年齢でも、自分の音楽を聴いて、心に何かを感じてもらえるのは本当に嬉しいよ。『Battle Cry』がそんな彼らの人生のサウンドトラックとなったら、それで私たちがアルバムを作った目標が達成されたといえるだろう。私たちにはティーンエイジャーに戻ったフリは出来ない。自分でない誰かを演じるのではなく、ありのままの自分を音楽にして、それに共鳴してもらえたら最高だね。

●エレクトリックなサウンドに加えて、「Final Symphony」などでギターをフィーチュアして、ロックに近いアプローチも取っていますね。

「Final Symphony」の歌詞は年齢を経て、若い頃の愚かな過ちを正そうとするものなんだ。実際にはそんなことは出来ないけど、誰だってやり直したい人生のミステイクがある筈だよ。この曲はアルバムで最もヘヴィで、ハードなギターをフィーチュアしている。このアルバムを作っているとき気付いたのは、私たちみんながレッド・ツェッペリン、そしてある程度ジミ・ヘンドリックスなどから影響を受けていたことだった。ただ1980年代はギターがファッショナブルでなかったせいで、深く掘り下げることがなかった。それよりもシンセを重視していたんだ。今ではそんなことを気にせず、やりたいことをやっている。「Revelation Song」も似た方向性の曲かもね。ただ、それは今になって初めて取り組んだわけではなく、ファースト・アルバム『夜行人間 Night People』(1981)の「インサイド・アウトサイド」でもギターのサウンドで新しいアプローチを取ろうと志していた。

●『夜行人間』と『ラ・ヴェリテ』(1982)という初期2枚のアルバムのメンバーが再集結しましたが、ずっと連絡を取り合っていたのですか?

いや、長いあいだずっと連絡をしていなかったよ。でも、4人それぞれが別の人生を歩んで異なった成長をしてきたことで、『Battle Cry』はより音楽的に豊かなアルバムになったね。45歳とか50歳になると、昔の友達が懐かしくなる瞬間があるものなんだ。何十年も会っていなかった学校時代の友達とSNSで繋がったりね。どうしているのかな?って。バンドのみんなとは主にFacebookを介して連絡を取るようになったけど、当初はまさかまた一緒に音楽をやるとは考えていなかった。すごく自然なプロセスだったんだ。そうして「一緒にレコーディングして、ファンを驚かせないか?」という話が持ち上がったんだよ。

●アルバムのタイトル曲「Battle Cry」では“生きて呼吸をしているうちは闘いの叫びを上げ続ける”と歌っていますが、あなたにとって音楽はバトルですか?

バトルなのは人生そのものだな。もう若くはなくても、我々は前に進み続けるし、音楽を作り続ける。歌詞にもあるけど“渡るべき大海原、登るべき山”があるんだよ。音楽を楽しんでいるし、まだ消え去るつもりはない。「Battle Cry」は自分と同じ世代の人々への讃歌なんだ。

Sal Solo / photograph by Len Hamilton
Sal Solo / photograph by Len Hamilton

<「No Do Overs」はノスタルジックな、切なくて寂しい歌だ>

●「Never Never Comes」「インサイド・アウトサイド」の新ヴァージョンをレコーディングしたのは?

クラシックス・ヌヴォーとして活動を再開することを決めたとき、まず考えたのは昔の曲をセルフ・カヴァーすることだったんだ。うまく行った曲もあったし、今の私たちには適していないと思われる曲もあったけど、それらの曲はうまく行ったわけだ。「インサイド・アウトサイド」はバンドの最初期からあった曲で、ノスタルジアだけでなく、常に新しい要素を加えられる曲だった。新鮮な生命が吹き込まれているし、最初のヴァージョンを好きだったファンはきっと新しいヴァージョンも気に入ってくれると思うよ。「Never Never Comes」は私たちの曲で最も世界的にポピュラーな曲なんだ。Spotifyで再生数が166万回とかで、他のどの曲よりも多いんだよ。今住んでいるフロリダでも、Spotifyでこの曲を知った十代の若者が歌っていたりする。不思議な気分だけど嬉しいね。今回再レコーディングするとき、まるで昨日書かれた新曲のような気分だった。

●クラシックス・ヌヴォー最大のヒット曲は「夢のまた夢 Is It A Dream」かと思っていました。

1980年代にイギリスで一番売れたのはそうだけどね(全英チャート11位)。国によって人気のある曲が異なるんだ。「失われしもの(ネヴァー・アゲイン)」はポルトガルのチャートでナンバー1だったし、「Never Never Comes」はポーランドで1位だった。どれも自分の子供だし、優劣をつけることは出来ないけどね。全部お気に入りだよ。「ギルティー」はアメリカで一番人気のある曲だし、今回「夢のまた夢 Is It A Dream」と「ギルティー」もやってみたけど、オリジナルに新しい要素を加えられるように思えなかった。あと「Forever And A Day」はシンセとオーケウトラの融合が気に入っていて、試してみたけど、うまく行かなかった。将来的にまた挑戦してみるかも知れないよ。

●「Wretched」は当初「失われしもの(ネヴァー・アゲイン)」のリメイクになる筈だったそうですが、どのようにオリジナル曲へと変化したのですか?

元々アップビートだった「ネヴァー・アゲイン」をスローにアレンジしたら、まるで異なる曲になっていったんだ。これを「ネヴァー・アゲイン」だ!と主張したらファンに「ハァ?全然違うよ」と言われるのが判っていたから、新たに歌詞を書いて、まるっきりの新曲に書き直したんだよ(苦笑)。コード進行に共通する部分があるけど、「焼き直しだ」と文句を言う人はいないと思うね。

●「Wretchedという単語は日常会話で滅多に使われない」とセルフ・ライナーノーツに記していますが、そうなのですか?『スター・ウォーズ』(1977)でオビ=ワン・ケノービがモス・アイズリーをそう表現しているし、けっこう使われるのかと思っていました。

うーん、少なくとも私は誰かとの会話で使ったことがないな(苦笑)。文学性の高い詩や演劇で使われる、シェイクスピア的な語句というイメージがある。でもだからこそ、使ってみることにしたんだよ。このアルバムでは全員が年齢を重ねたことで、ダンス・ビートよりも、歌詞や楽曲の可能性を掘り下げているし、リスナーに深く語りかけている。音楽の歴史は、そんなものなんだ。ザ・ビートルズや当時の世代の人々だってボブ・ディランを発見して、彼の個性的で深みのある歌詞に魅了されて、影響を受けた。例えば1970年代のクイーンは歌詞的に決して奥行きがあるとは言い難い。「ファット・ボトムド・ガールズ」とか「バイシクル・レース」の“自転車に乗りたい〜”とか...もちろんそれが彼らの魅力だし、大好きだけどね。このアルバムでは自分たちの世代、そして世界中のあらゆる世代の人々に、意味のあるメッセージを伝えたかった。

●バッハ「G線上のアリア」を取り入れたセンチメンタルな「No Do Overs」は1980年代へのトリビュートで、当時のヒット曲のタイトルが散りばめられています。シンディ・ローパー「タイム・アフター・タイム」、リマール「ネバー・エンディング・ストーリー」、アルファヴィル「フォーエヴァー・ヤング」、シンプル・マインズ「ドント・ユー?」、ゴー・ウェスト「ウィ・クローズ・アワ・アイズ」、ア・フロック・オブ・シーガルズ「アイ・ラン」、ジョン・レノン「イマジン」そしてあなた達の「夢のまた夢」などが引用されていますが、それらはあなた自身のお気に入りですか?それとも歌詞のストーリーを組み立てるため、特に好きでない曲も取り上げましたか?

「No Do Overs」はタイトル通り、人生にやり直しがきかないことを歌っていて、1980年代のヒット曲のタイトルを歌詞にしているんだ。あまり好き嫌いは考えずに、歌詞のストーリーを前提にピックアップしたけど、無意識的に嫌いな曲タイトルは使わなかったな。もう過去には戻れない。ノスタルジックな、切なくて寂しい歌だよ。ドラマーのB.P.はこの歌詞がいろんな曲タイトルを繋ぎ合わせたものだと気付かなかった。後になって知って「そうか!頭良いね」と感心していたよ(笑)。それにバッハの「G線上のアリア」を加えたり、幾重ものレイヤーがあるんだ。「No Do Overs」はミュージック・ビデオも作った。自分たちの人生の移り変わりと成長を描いた、センチメンタルなビデオだよ。ただ、憂鬱なものにはしたくなかった。孫がいたり、未来に向けての希望も描いているんだ。

●「G線上のアリア」をモチーフにしたのはどんな意図があったのですか?

クラシックのテーマをポップと融合させたかったんだ。ザ・ヴァーヴの「ビタースウィート・シンフォニー」やプロコル・ハルムの「青い影」みたいな、でも私たちらしいやり方でね。自分のソロ・リリースではこれに近いこともやってみたけど、コマーシャルな作品でやるのは初めてだよ。みんなが気に入ってくれると嬉しいね。

後編記事ではサル・ソロに1980年代初頭のニュー・ロマンティックス・ムーヴメントを振り返ってもらおう。

【海外レコード会社サイト】
https://www.cherryred.co.uk/product/classix-nouveaux-battle-cry-coloured-vinyl-edition/

【サル・ソロ公式サイト】
https://www.salsolo.com/

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音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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