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【敬老の日】は家族で温泉!「大浴場で手足を伸ばして、ぽかんと浮かぶ」父の願いを叶えた【親孝行温泉】

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)
両親が仲良く入った「ホテル小柳」の展望貸切風呂(ホテル小柳提供)

父が半年ほど入院した。

めっきり気落ちして、言葉数も少なくなった父に、これまで行った温泉旅行の写真を病院に持って行き「また温泉に行こうね」と励ました。

ようやく、日帰り温泉入浴が実現できた。

入院生活により足腰が弱った父が心配で、父の入浴は私が見守るためにバリアフリー対応の貸切風呂を予約していた。

だがそんな準備におかまいなく、父は「大きなお風呂で、手足をのばしたい」とひとりで大浴場に入った。

私の心配をよそに、だ。

父は温泉を満喫したおかげで、それまでついていた杖を大浴場の脱衣場に忘れてくるという有様。赤ちゃんのようにつやつやな肌をして、天真爛漫な笑顔でお風呂から出て来た。

次は旅館に泊まることを約束して、病院に戻っていった。

それからというもの、父はみるみる回復し、間もなく退院。

旅はなによりものリハビリであることを体現してくれた。

※『バリアフリー温泉で家族旅行』シリーズ第3弾となる2019年発売『行ってみようよ! 親孝行温泉』(昭文社)から抜粋しています。

私のリアルな【親孝行温泉】

ホテル小柳からは美しい夕景が眺められる(ホテル小柳提供)
ホテル小柳からは美しい夕景が眺められる(ホテル小柳提供)

父はいまサービス付き高齢者住宅で暮らす。館内なら杖をついて歩けるが、長い距離になると車いすを利用する。宿泊先は段差がなければ楽だが、バリアフリールームにはこだわらない。ただベッドは欲しいという状態で、要介護1だ。

夏の終わりに、念願だった1泊旅行を計画した。 

どの宿に行こうか、両親に相談すると、新潟県湯田上温泉にあり、実家からさほど遠くない「ホテル小柳がいい」という。

元気だった頃に訪ねた宿に、再訪したいというのだ。

父は「あの子に会いてぇなぁ~」と言う。

あの子とは、「ホテル小柳」の若女将、野澤奈央さんのことだ。

母も「他の旅館とどう違うかは、うまく言えないけど、小柳に行きたい」と言う。

若女将の野澤奈央さんは、越後の女性らしく情が深い。

前日、父に確認の電話をすると「は~い、元気です、大丈夫で~す」と声のトーンの明るさから察するに、かなり楽しみにしている様子だ。

ランチは行きすがら立ち寄る予定だったが、あいにく日本各地で残暑が厳しかった日で、新潟も予報では35度。途中の立ち寄りで体力を消耗するなら、早くホテルに入ってランチを摂ることに決めた。ホテル小柳がランチをやっていてよかった。

ランチを終える頃、両親が逢いたがっていた奈央ちゃんが来てくれた。

「お父さん、大丈夫? どう?」と、父の顔を覗き込む。

奈央ちゃんを見た瞬間、両親の顔がほころんだ。

道中の疲れが一気に吹き飛んだように、2人とも晴れやかな表情を見せた。

予約していたバリアフリールームに入ると、ベッド2台が置かれてある。父は少し部屋で休んでから、待望の大浴場へと行く。

「大きな風呂に大の字になって、ぽかんと浮かぶのが、何とも言えない」と言う。浮力で軽くなった身体は、健康だった頃を思い出させるからだろうか。

17時から展望貸切風呂を予約していた。

両親2人で温泉に入り、私は見守り役だ。

ちらりと視界に入った父の背中はやせ細り、ドキッとした。子供の頃は、身長178センチの大きな父を見あげていたものだ。それが今では腰も曲がり、こんなに小さな背中になっていたなんて。胸の奥が痛くなる。それでも2人で並んで温泉に入り、にこにことした2人の顔を見ると、救われた。あぁ~、来れて、良かった。

18時からの夕食は半個室を用意してもらった。人目を気にしなくてもいいし、会話もほぼ漏れることはない。

新潟で生まれ育ったくせに、お酒を飲まない3人は、またたくまに夕食をたいらげる。「ホテル小柳」名物の釜飯が炊けた頃、私は聞きたかったことを聞いてみた。

「お父さん、今の私はどんな風に見える」と。

父は真っすぐな人で、物事を俯瞰して冷静に見ている。だから迷うことがあれば、なんでも父に相談してきた。叱責されたこともあるが、いつも私の背中を押してくれたのも父だ。この晩も、思うことを率直に言葉にしてくれた。それらの言葉は、きっと私の宝物になるだろう。

久しぶりに、ゆったりとした気持ちで摂る夕食。お酒を飲まない私たちの夕食は2時間程で終わった。この2時間というのが、父も疲れずに、会話ができるちょうどいい頃合いだった。

これまでも幾度も両親と共に温泉宿に泊まっているが、温泉に入って、ご馳走を食べている時だけは、お互いに本音を話してきたように思う。日頃なら照れて言えない「長生きしてね」も、この時なら言える。

この旅で、あんなに大きかった父の小さくなった背中で親の老いを目の当たりにした。頼ってきた親に、頼りにされる番が近づいてきている。立場が逆転する状況を受け入れることに、正直、躊躇している。それはきっと父も同じはずだ。

親孝行温泉とは、親と子の立場の逆転という、互いにとって受け入れにくい心理状況でも、気持ちがほぐれ、笑いあえることができる時間なのかもしれない。

これこそ、親孝行温泉の効力だ。

※2019年夏執筆

「ホテル小柳」のラウンジ。滞在中、ジャズが流れるなかで両親とたくさんの話をした(撮影筆者)
「ホテル小柳」のラウンジ。滞在中、ジャズが流れるなかで両親とたくさんの話をした(撮影筆者)

夕暮れ時のホテル小柳(ホテル小柳提供)
夕暮れ時のホテル小柳(ホテル小柳提供)

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界32か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便等テレビラジオにも多数出演。国や地方自治体の観光政策会議にも多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。著書は『おひとり温泉の愉しみ』(光文社新書)『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)2023年4月6日発売の『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)は温泉にまつわる豊かな「食」体験をまとめた初の食べ物エッセイ。

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