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インバウンド復活しても、温泉旅館に危機迫る――。「深刻な人手不足」に奮闘する旅館経営者と女将

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)
伊香保温泉(撮影筆者)

観光業界、宿泊業界で囁かれる「深刻な人手不足」と「雇用の難しさ」。

インバウンドも復活してきているが、「全ての予約は受けられない」「せっかくの予約も満室にできない」とぼやく旅館経営者と女将たち。

その理由は「人手不足」だ。

苦しかったコロナ蔓延中の巻き返しにも影響が出てきている。

宿泊業の人材育成に携わる人から「本年度の応募者が半数に減った。コロナ蔓延中に『観光産業は危うい』というイメージがついたため、学生が希望しても親が賛同しない」という話を聞いた。

「人手不足」や「雇用の難しさ」に果敢に挑む旅館経営者や女将

新規雇用や速やかな給料アップが難しい現状で、「せめて現在のスタッフが離れないように」と策を講じたのは佐賀県嬉野温泉「嬉野観光ホテル大正屋」。「大正屋」「湯宿清流」宿2軒と湯どうふを販売する「湯どうふ本舗」は8月下旬から9月にかけて、もう1軒の宿「椎葉山荘」は6月末から7月にかけて、10日間の連続休館日を実施している。この期間中は海外や国内旅行の福利厚生も受けられる仕組みにした。

そもそも、1泊2食でお客を受け入れる旅館の形態では、スタッフの休みが取れにくく、働き方については業界の目下の課題だった。これを前向きに取り組んだ事例で注目されている。

群馬県伊香保温泉「ホテル松本楼」もスタッフとの関係性の構築に力を入れている。ある年には、新卒採用に300名がエントリーし、50名を面接した中から大卒5名を採用という人気の宿でもあるが――。

「うちも今年の採用は厳しいです。それでも社員は、兄弟や、ご主人や奥さんを『一緒に働かせて下さい』と、家族で働きたいと言ってくれるんです」と松本由起女将は話す。

こうした経営者と社員の信頼関係が築けるまでには、もちろん経緯がある。

「ホテル松本楼」は、コロナ蔓延中も国や地方自治体の様々な補助金を活用し、施設改修をした。「苦しい時だからこそ、社員に未来を見せてあげたい」と由起女将は言うが、目線の先にはいつも社員がいる。

根本的な考え方も興味深い。

「選挙に例えてみると、私たち経営者は立候補者で、社員は私たちの後援会です。お客様に“投票”して頂けるように、まずは後援会を固めるというのが考え方です」

まずは社員に、旅館の支持者になってもらい、支持をお客へと波及していくという、究極のファンビジネスの実践である。

コロナ蔓延中に休業を余儀なくされた約2カ月間も、社員全員を対象に「松本楼学校」を開校した。給料は全額支給、週5日間、9時から18時まで、接遇の基本から伊香保の歴史、SDGsについて、皆で学び、理解を深めた。

結果、「子供用のランチを完食するとプレゼントを用意」「残った野菜をスムージーにして朝食の名物に」「お客さんへハーフポーションの提供などで残食を減らす」など、スタッフからSDGsを意識した多くの施策が提案された。

働き方については、資格や研修認定制度の確立し、休暇制度も見直している。

「経理を担当していた子が、税理士になりたいと言うので、うちの税理士さんを紹介しました。社員の夢を応援します。離職を前向きにとらえて送り出すと、また戻ってきてくれることもあるんです」と由起女将。

家業として旅館を営む場合、「社員も家族」といったファミリービジネス的な発想が生きてくるのだろうか。

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界32か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便等テレビラジオにも多数出演。国や地方自治体の観光政策会議にも多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。著書は『おひとり温泉の愉しみ』(光文社新書)『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)2023年4月6日発売の『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)は温泉にまつわる豊かな「食」体験をまとめた初の食べ物エッセイ。

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