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温泉地で「異変」…観光地は賑わっても、満室にできない温泉宿 ひっきりなしの予約を断る裏事情とは?

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)
外国人観光客が戻れば、草津温泉はさらに賑わいが増すだろう(写真:イメージマート)

本日6月10日から外国人観光客の受け入れが再開される。

また新型コロナウイルスの感染状況改善により、観光支援事業「Go Toトラベル」が再開される方向で調整に入ったという一報もある。

コロナ禍で大ダメージを受けた観光業界にとっては嬉しいニュースだ。

しかし、温泉旅館からは不安の声が漏れ聞こえてくる。

旅行需要が回復してきており、今年の春の大型連休は、新型コロナウイルス蔓延以来、初めて規制がなかったこともあり、特に祝日の5月3日と4日を中心に各温泉地の旅館は満室が続いたと聞いた。

これまでの度重なる緊急事態宣言発出によって、苦境を強いられた温泉地や旅館がこれから巻き返そうとしているのに、一方で「満室にできない」「予約をお断りしました」という声が漏れ伝わってくる。

宿泊施設の経営難をニュースで目にしてきた人にしてみれば、なぜ「満室にできない」「予約をお断りしました」のか、謎でしかないだろう。

「コロナ感染対策として、密を作らないために満室にしない」

満室にできない理由として、「密にならないように」という配慮があることは確かだ。

とある女将は、「うちは21室の宿ですが、4室は空けるようにしています」と言う。

それは、十分な余裕がある空間で、安心して寛いでもらいたいという宿側の心配りだ。

食事は個室ではなく、食事処で摂るタイプの宿は席数を制限している。

大浴場が混みあわないようにという配慮から、スマホアプリで大浴場の混雑状況を把握できる宿も多くなってきている。

だが、お客の絶対数を減らさなければ、どうしても密な空間ができてしまう。

まずはこれらの理由が挙げられるが、満室にできない理由はそれだけではない。

答えは簡単、「人手不足」なのだ。

かき入れ時だったはずの連休中でも、「スタッフを休ませるために、休館日を設けました」とよく聞いた。

実は、温泉地や旅館における人手不足は、コロナ前から業界全体で抱える大きな問題だった。コロナにより、旅館スタッフが一層減る傾向となり、さらに深刻化したというのが現在の状況だ。

人手確保で苦労してきた旅館経営者が、2020年から雇用調整助成金などを上手に活用し、コロナ禍でもスタッフを抱え続けようとする必死な姿を、私は見てきた。

人手不足で、現場では何が起きているか?

有名温泉地で、20室ほどの小規模な旅館を営む主は「今はGoToを始めるより、そのお金を宿の人手不足の策に回して欲しい」と言う。

その宿は雰囲気よし、食事よし、宿のオーナーや女将の人柄もよく大人気の旅館で、GoToトラベルキャンペーンや県民割などがなくとも、比較的予約が入る。むしろそうしたキャンペーンが始まると、「ご予約をお断りするのも、とても心苦しいです……」と言葉を濁しながら、人手不足の対策に関する持論を話してくれた。

「都会では仕事がない人が多いとよくニュースで見ますが、田舎は仕事があります。託児所さえあれば、シングルマザーの方も働きやすくなると思います」

確かに、旅館の現場は女性が担う役割が大きい。

「うち1軒だけで取り組むのは大変ですが、温泉地全体でひとつ、託児所付きの寮ができれば、都会からも働き手が集まるのではないでしょうか。そのためのサポートを希望します」

また、15室程の規模で宿泊単価の高い宿の女将も頭を悩ませる。

「忙しくなると、『派遣』を申し込むんですが、宿の忙しい時期はみな同じなので一斉に派遣さんに頼ると、もう来てもらえなくて。それも、都市部に近い宿は時給1200円、離れていくと1500円、2000円と高くなるんです。『2000円出しても来てもらえない』と嘆かれていますよ」

女将が続けて教えてくれた。

「不足した人手を外国人に求めています。ネパールの子たちをスタッフで雇っていますが、日本語も上手ですし、とても優秀ですよ。お客様は最初は驚かれましたが、いまではお客様と外国人スタッフの交流もうまくいくようになってきています」

さらに深刻化する人手不足――。

ワーケーションのように、温泉地や観光地に仕事の場を移す流れを作ることもひとつの策だが、現時点では田舎での労働力確保の方が観光業界にとって急務だろう。

観光業界への支援のために始まった「GoToトラベル」は、来月再開検討と聞く。そうなると、さらにニーズと供給のミスマッチが大きくなるのではないか。

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界32か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便等テレビラジオにも多数出演。国や地方自治体の観光政策会議にも多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。著書は『おひとり温泉の愉しみ』(光文社新書)『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)2023年4月6日発売の『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)は温泉にまつわる豊かな「食」体験をまとめた初の食べ物エッセイ。

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