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「ありがとう、大江戸温泉物語」 都心の温泉テーマパークはここから始まった

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)
大江戸温泉物語公式サイトより引用

東京お台場にある「大江戸温泉物語」が18年の歴史に幕を閉じる(9月5日営業終了・閉館)ニュースは、SNSでも大きな話題となった。ニュースのコメント欄やtwitterには驚きと寂しさを綴る言葉が溢れていた。

私たちを癒し、楽しませてくれた「大江戸温泉物語」の功績を振り返ってみたい。

大江戸温泉物語公式サイトより引用
大江戸温泉物語公式サイトより引用

2003年3月の開業時には「都心に温泉のテーマパークができる!」と、全国にそのニュースが駆け抜けた。

もともと東京は、大田区蒲田周辺を中心に「黒湯」と呼ばれる良質な温泉が湧いており、温泉好きの間ではよく知られていた。ただ一般的には、東京で天然温泉に入れるとは思われておらず、だからこそ大きな驚きをもって迎えられたのだろう。

東京で温泉に入れることを知らしめたのは「大江戸温泉物語」の大きな功績だ。ちょうど同年5月には東京ドームシティには「ラクーア」が、同年6月にはとしまえん(2020年8月閉園)に隣接した「豊島園 庭の湯」が立て続けにオープンし、3つの施設が競い合いながら、都心における温泉テーマパークを定着させていった。

ちなみに、この3つの温泉はいずれも1000m以上掘削して湧出した温泉であり、200~300m掘れば出てくる「黒湯」とは、種類が違う。深く掘った温泉は、塩分濃度が高い黄土色の湯だ。温泉テーマパークは、掘削技術が発達したからこその産物である。

夜景も愉しめる都会的な「ラクーア」、広大な敷地に日本庭園を造り寛ぎの空間にした「豊島園 庭の湯」に対して、「大江戸温泉物語」は、館内に江戸の町並みを再現し、「湯屋」や吹き抜けの「八百八町」の屋台といった、レトロさが魅力。木造りと畳敷きが基本で、提灯など利用して灯りにもあたたかみがある。

大江戸温泉物語公式サイトより引用
大江戸温泉物語公式サイトより引用

日本の温泉を海外に発信する仕事をしてかれこれ20年が経つが、日本に来た外国人観光客は「大江戸温泉物語」へよく案内したものだ。てっとり早く日本、ならびに温泉を説明しやすい場所だからだ。

そして、私の一番の思い出は、同郷の人たちと一緒に「大江戸温泉物語」を楽しんだことだ。温泉エッセイストである私に配慮して、ふるさとの人たちが会合の場所として「大江戸温泉物語」を選んで下さったのだが、温泉に浸かり、浴衣に着替えて、宴会をした時間は、すっかり心がほどけるものとなった。自然と故郷の訛りある言葉で、心おきなく会話をした記憶が残っている。この時の私たちは、「大江戸温泉物語」のレトロな空間によって、郷愁をかきたてられていた。

さらに、「遠くに行く時間とお金はなくても、『大江戸温泉物語』なら行ける」と若い層にも人気を博した。特に、若い女性客にはたくさんの浴衣の中から好みの色と柄を選べるシステムは好評だった。外国人観光客にも定番の場所となった。人気アニメとのコラボによるキャラクターの展示やスタンプラリー等でも話題をさらった。年間100万人が来場したというのも納得だ。

「懐かしい空間に、常に新しいことを仕掛けていた」というのが私の「大江戸温泉物語」像である。

「大江戸温泉物語」の母体である大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツ株式会社は、旅館と温浴施設の運営も順調。ここ数年の勢いは目を見張るものがある。現在はグループ39軒まで至っている。

にもかかわらず、まさか1号店に当たるお台場が閉館するとは、私も意表を突かれた。

閉館の理由は、「契約締結当時の借地借家法では、契約の最長期間は20年で延長が認められておらず、誠に残念ながら再契約も叶わなかったため、建物を解体撤去し更地にしたうえで土地を返還する必要がある」そうだから、残念至極。

ちなみに、温泉地にある旅館がこのような理由で閉館することは、あまり聞いたことがない。

まさに異例の幕切れだ。

「大江戸温泉物語」の閉館はコロナ禍によるものではなかったが、いま日本各地の温泉地はコロナ禍により非常に厳しい状況のままである。

GoToトラベル再開の発表はないが、県民割りの実施といった、地域内の旅行促進の動きが始まった。そして全国の温泉地で、ワクチンの職域接種計画が進んでいる。今年の秋から冬にかけての旅行シーズンを想定して、温泉地の安全度を高めるためだ。

一日も早いコロナの終息を願い、誰もが気兼ねなく温泉を楽しめる日を待っている。

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界32か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便等テレビラジオにも多数出演。国や地方自治体の観光政策会議にも多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。著書は『おひとり温泉の愉しみ』(光文社新書)『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)2023年4月6日発売の『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)は温泉にまつわる豊かな「食」体験をまとめた初の食べ物エッセイ。

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