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「親子混浴」「家族混浴」――。超高齢化社会に求められるお風呂・温泉とは?

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)
大自然の懐に飛び込めるのが混浴露天風呂の醍醐味(写真提供・白骨温泉泡の湯旅館)

2020年に日本の65歳以上の人口は3617万人となり、総人口の実に28,7%を記録した。過去最高の超高齢化社会を迎え、社会の仕組みもこれまで通りというわけにはいかない。それは旅行や温泉、お風呂にも当てはまる。

その最たるものが、「混浴」なのである――。

「貸切風呂」ではなく「福祉型家族風呂」が作られた理由

昭和22年創業の東京都墨田区の名銭湯「御谷湯(みこくゆ)」が2018年に行った全面リニューアルは話題になった。ひとつは「先代が、『お馴染みのご近所さんが高齢になってきたから』と、全面バリアフリーにしました」(若旦那・片岡信さん)。もうひとつは「福祉型家族風呂」を新設したことだ。

白木で作られた御谷湯の「福祉型家族風呂」。浴場用車いす・シャワーキャリも常備。湯船に車いすを横付けできる(写真提供・御谷湯)
白木で作られた御谷湯の「福祉型家族風呂」。浴場用車いす・シャワーキャリも常備。湯船に車いすを横付けできる(写真提供・御谷湯)

「福祉型家族風呂」には湯船が2つ。手前の湯船には回転いすが設置され、湯船の深さも調整できる。奥はごく一般的な湯船。これで気兼ねなく家族で一緒に温泉に入ることができる。(写真提供・御谷湯)
「福祉型家族風呂」には湯船が2つ。手前の湯船には回転いすが設置され、湯船の深さも調整できる。奥はごく一般的な湯船。これで気兼ねなく家族で一緒に温泉に入ることができる。(写真提供・御谷湯)

そう、「貸切風呂」ではなく、「福祉型家族風呂」というネーミングがポイントである。

この「福祉型家族風呂」を作った意図は、「老々介護の場合はご夫婦でいたわり合いながら入浴していただき、娘さんがお父さんを入浴介助する場合は異性介助がしやすいように」(片岡さん)という常連さんへの想いが溢れるお風呂なのだ。「このお風呂を作るにあたり、先代は愛知県の蒲郡にまでお風呂の見学に行きました」(片岡さん)と言うように、脱衣所は利用しやすい広さがあり、車いすのまま入ることができる浴場も、優しさそのもの。

ちなみに、御谷湯は東京に湧く温泉”黒湯”の自家源泉を有する温泉銭湯だ。

銭湯のように、多くの人が入浴する施設の経営は「公衆浴場法」に基づき、各都道府県の自治体の許可が必要。また各都道府県により多少の差異はあるものの、風紀の乱れを招くという理由で「混浴」は禁止されているし、東京都の場合は、貸切風呂での混浴も厳禁。

御谷湯を管轄する墨田区は、介護証明や医師からの診断書の提示を必須条件に、特例として「混浴」を認めた。だから、「貸切風呂」ではなく「福祉型家族風呂」という名になったわけだ。

今はコロナが猛威をふるっているが、ワクチン接種により鎮静化が進むはずだ。コロナ終息後は、これまで外出を控えていた高齢者が一勢に外に出始めるだろう。そうなれば異性の家族やヘルパーが入浴介助できる「混浴風呂」の必要性が増すのは間違いない。

そもそも日本のお風呂と言えば「混浴」が当たり前だった

1300年以上も前に記された『出雲国風土記』には、玉造温泉について「老いも若きも男も女も、温泉を神のように崇め、皆で和やかに入っていた」と書かれており、混浴は温泉の原点なのだ。

混浴の歴史で最大のエポックメイキングは黒船来航。日本にやってきた外国人は風呂に入る日本人を見て、清潔な国民と評価した一方で、「男女が入り乱れて入る混浴風呂は野蛮」と言った。当時、日本は欧米列強に負けたくないと意気込んでいたために、混浴禁止の風潮が一気に広がった。

かろうじて今も残る「混浴風呂」は、古くから続く湯治場か野天湯(ほったらかしのお風呂)のいずれかだ。源泉主義の湯治場の確かな湯の力、またダイナミックな自然と裸で触れ合える「野天湯」に魅了されて、筆者も夢中になって混浴巡りをしていた時期がある。

トロッコ列車で行く秘湯・富山県黒薙温泉の混浴露天風呂。宇奈月温泉の源泉でもある(写真撮影・筆者)
トロッコ列車で行く秘湯・富山県黒薙温泉の混浴露天風呂。宇奈月温泉の源泉でもある(写真撮影・筆者)

これまで世界32か国の温泉を取材してきて、世界と日本の温泉やお風呂事情を知る著者がはっきり言おう。日本人ほど、温泉や風呂が好きな国民はいない。なにせ第二次世界大戦中の戦地ラバウルでも温泉に入っていたくらいなのだ。現地取材で当時の状況を掘り起こした拙著『ラバウル温泉遊撃隊』(新潮社)もご覧頂きたい。

パプアニューギニア・ラバウルのジャングル奥に湧く温泉。先の大戦中に日本兵は”宇奈月温泉”と命名し、入浴していた。この温泉に入りたくて、筆者はラバウルを訪ねた(撮影・筆者スタッフ)
パプアニューギニア・ラバウルのジャングル奥に湧く温泉。先の大戦中に日本兵は”宇奈月温泉”と命名し、入浴していた。この温泉に入りたくて、筆者はラバウルを訪ねた(撮影・筆者スタッフ)

さらに加えて言おう。高齢者ほど、「温泉に行きたい」「広いお風呂に入りたい」という強い気持ちを抱いているが、「お風呂は滑るし、危険。同行した家族に迷惑がかかるからという理由で諦めている」というデータもある。

これまで人生を頑張ってきた高齢者に、温泉やお風呂を諦めさせるなんて……、そんなことがあってはならない。

私も、この手で父を入浴介助してあげたかった――。

私はこの春、父を見送った。コロナ禍のせいで1年以上、父にはほとんど会えず、突然のことに呆然とした。あんなに「また温泉に行きたい」「広いお風呂に入りたい」と繰り返し言っていた父の切なる願いを叶えてあげられなかったという大きな後悔が残る。

もし都内の銭湯に、御谷湯のような福祉型家族風呂が増えれば、どれだけの多くの高齢者がお風呂に入れるようになるだろう。なにより、入浴介助を通じて家族のコミュニケーションが豊かになる。

それには、御谷湯のように条件付きでもいいから「親子で混浴」「家族で混浴」ができる環境が整うことを私は願っている。

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界32か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便等テレビラジオにも多数出演。国や地方自治体の観光政策会議にも多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。著書は『おひとり温泉の愉しみ』(光文社新書)『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)2023年4月6日発売の『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)は温泉にまつわる豊かな「食」体験をまとめた初の食べ物エッセイ。

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