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野球のバッティングケージによる傷害を考える #こどもをまもる

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:イメージマート)

 2023年5月6日午前9時半ごろ、札幌市豊平区の札幌大学のグラウンドで、札幌新陽高校の女子硬式野球部の部員が、他の4人の部員とバッティングケージを押して移動させていた際、ケージが倒れてきて下敷きになり、頭を強く打って意識不明の重体となった。倒れた移動式バッティングケージは、高さ2.9メートル、奥行き6.0メートル、幅2.5メートル、金属製のパイプにネットを張った構造であった。

ケージはなぜ倒れたのか?

 事故があった大きなケージの写真を見ると、コの字の形をしている。ケージの底には4つキャスターがついていて、手で押して移動させることができるようになっている。なぜ倒れたのかを検討するため、手元にある長方形の紙片の2か所を折って、長い6メートルの面を2つ、奥に2.5メートル幅の面を作って考えてみた。このケージが倒れるためには、6メートルと2.5メートルの面がほぼ一直線の面になり、そこにもう一つの6メートルの面がくっついて、全体として1枚の平面のような形にならなければ転倒することはない。

 片付け作業として、片側の6メートルの面だけが先に動き始め、その動きで2.5メートルの面も押され、徐々に反対側の6メートルの面に近づいて、全体としてほぼ1枚の面になり、キャスターが付いていたため、容易に転倒したのではないかと思われる。

 この推測は、実物で実験してみればすぐにわかるはずだ。

実際に紙を折って考えてみた(筆者撮影)
実際に紙を折って考えてみた(筆者撮影)

同じ事故は起こっていた!

 驚いたことに、これと同じ事故が2022年9月5日午後4時15分ころ、長崎県立波佐見高校のグラウンドで起こっていた。

 台風の接近で、野球部の1年生男子生徒が、他の部員6人とともにケージの撤去・収納作業をしていた時、ケージの下敷きになり、首の骨が折れるなど大けがを負った。このケージは、全長約14.3メートル、高さ3メートル、重さが330kgで、3面あるネットがコの字形につながれた構造で、折り畳み式になっていた。

 このケースでは、野球部顧問の教員が作業に立ち会わず、生徒に任せきりにしたことが事故につながった疑いがあるとして書類送検された。

予防するにはどうしたらいいか?

 これまでよく起きていたのは、サッカーゴール等の転倒による下敷きで、他にも可動式バスケットボールゴールや卓球台などの下敷きになった事故も起こっている。バッティングケージでも同じ事故が起こっていることから、また起こる可能性が高い。ケージの運搬方法や構造、そして慣れない場所や初めて使用する用具・用品について、さらに、アルミ製など軽く扱いやすいケージの使用について述べてみたい。

ケージの運搬について

 ケージの運搬に関して、マニュアルはあったのだろうか。上記の2件とも、生徒だけで運搬していたとされているので、マニュアルがあったとしても生徒は知らなかったと思われる。バッティングケージについて、運搬に必要な人数の基準はないと思われるが、参考になるものとして、一般的な重量物の運搬に関する労働基準法がある。男性が継続作業する場合、満16歳未満では10kg、満16歳以上満18歳未満では20kgまでとなっている。これに倣えば、高校生の場合、ケージが300kgであれば最低15人は必要ということになる。これはあくまでも重量物を持ち上げて運搬する場合の腰痛リスクを考えた基準で、安全に運べるかどうかの基準値として適切かどうかわからない。

 今回の事故を契機に、バッティングケージの設置、運搬に関するマニュアルの作成が必要である。そして、教員だけでなく、生徒にもマニュアルを教える必要がある。

ケージの構造について

 サッカーゴールの転倒については、ゴールを固定する必要があるが、バッティングケージをいつも固定することはできないため、固定するだけでは解決できない。ケージが倒れてきて下敷きになり、大けがをするのは、ケージの金属製の枠と地面の間に身体が挟まれるからである。頭や首が挟まれて下敷きになれば意識不明の重体になり、背中が挟まれれば下半身不随になり、足が挟まれれば骨折になる。

 コの字形のケージが倒れるパターンはほぼ決まっている。ケージが倒れた時に、金属製の枠と地面の間に、例えば、頭の幅を25cmと仮定して、ケージが倒れても25cm以上のすき間ができるように、枠に突起をつけておく、あるいは3枚の面が重なって一つの平面に絶対にならないような構造にしておけば、大きなケガを予防することができるはずだ。

 顧問の教員を罰しても予防にはつながらない。予防するためには、ケージそのものの構造を変える必要がある。

慣れない場所、初めて使用する用品・用具

 報道によれば、2023年5月2日に埼玉県の保育園で起きたロープによる事故は、その日初めて設置したロープによる事故だったという。今回も、この大学のグラウンドを使用するのは初めてだった、ということだ。過去にも対外試合で訪れた中学校の体育館2階窓から転落する事故など、「慣れない場所」や「初めて使用する用品・用具」による重大な事故が起きている。

 このように「普段とは異なる環境」における傷害を予防することについても、何らかのルール、指針が必要ではないか。

軽く、扱いやすい用品・用具の使用

 今回倒れたバッティングケージは、おとなひとりでは動かせないほど重いということだが、軽く、扱いやすいバッティングケージも開発・販売されている。これはサッカーゴール等にも言えることだが、せめて高校生までは、このようなケージを使うようにすることはできないだろうか。もちろんすぐにすべてのケージを取り替えることはできないが、たとえば次回の取り替え時にはアルミ製を選択するなど、こども達にこそ最新鋭のすぐれた用具・用品を使ってもらいたいと考えている。

株式会社ルイ髙のアルミ製バッティングケージ(ルイ髙社のウェブサイトより 筆者抜粋)
株式会社ルイ髙のアルミ製バッティングケージ(ルイ髙社のウェブサイトより 筆者抜粋)

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小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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