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「かかりつけエンジニア」始動!〜学校の施設・設備を見直してこども達のケガを減らす〜 #こどもをまもる

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:イメージマート)

 このYahoo!ニュース(個人)でも度々紹介しているとおり、NPO法人 Safe Kids Japanでは弁護士や学校教職員、医療関係者等と共に「これで防げる 学校体育・スポーツ事故」と題する調査・研究活動を行っており、その成果を毎年シンポジウムの形で公表している。

 2017年1月13日に福岡県大川市の小学校で起きたゴールの転倒による死亡事故を受け、多職種連携で取り組んできた。この活動では、特定の事故や競技をテーマに取り上げることが多かったが、2021年度は「体育館」にフォーカスして検討し、2022年3月に開催したシンポジウムでは、初めて「技術士」の方達に発表していただいた。

■参照■

シンポジウム開催報告「これで防げる 学校体育・スポーツ事故〜体育館に関わる事故から子どもを守る〜」

技術士とは

 「技術士」とはどのような人か。公益社団法人 日本技術士会のウェブサイトには以下のように書かれている。

技術士 Professional Engineer とは

 「技術士」は、産業経済、社会生活の科学技術に関するほぼ全ての分野(21の技術部門)をカバーし、先進的な活動から身近な生活にまで関わっています。

 また、「技術士」は、国によって科学技術に関する高度な知識と応用能力が認められた技術者で、科学技術の応用面に携わる技術者にとって最も権威のある国家資格です。

 さらに、「技術士」は、「技術士法」により高い技術者倫理を備え、継続的な資質向上に努めることが責務となっています。

 この日本技術士会に登録している団体のひとつに、「子どもの安全研究グループ」がある。このグループに所属する技術士の皆さんは、「広範なエンジニアリングの知見を活用して、こどものケガを減らす」ことを目的に活動されている。過去には「ふじみ野市プール排水口吸い込まれ死亡事故」や、さいたま市緑区の保育所で起きたプールでの溺死事故等について、専門家として実験・検証を行っている。

 2022年3月のシンポジウムでは、「子どもの安全研究グループ」会長の瀬戸 馨さんが、「技術専門家から見た体育館施設の実態と課題」と題して発表された。実際に複数の小・中学校の体育館を視察・調査した結果を報告され、「メンテナンス台帳の整備」と「かかりつけエンジニアの設置」を提言として出された。技術士の視点で指摘された点として、ギャラリー(キャットウォーク)の柵や窓の高さ、仕切りネットのたるみ、バスケットボール・ゴールの固定状況などがあった。

■参照■

「これで防げる 学校体育・スポーツ事故」発表資料の一部を掲載します

横浜市内の中学校で安全点検を行う技術士の瀬戸 馨さん(筆者撮影)
横浜市内の中学校で安全点検を行う技術士の瀬戸 馨さん(筆者撮影)

「メンテナンス台帳」とは

 現在、学校における「定期点検」時に見ているポイントは、「老朽化」が中心である。設備等が壊れていないか、故障していないか、劣化していないか、劣化の程度はどれくらいか、などをチェックしている。しかし、たとえばボルトの締め具合など、外からの目視ではわからないものもある。2021年4月に起きたバスケットボール・ゴール落下事故は、溶接部分の劣化、または破断が原因ではないかとみられているが、そのような状態を目視で見分けることはできない。

 何を対象に、どのように点検するか、また、過去に不具合や事故が起きていたのか、起きていたのであれば、どのような補修がされたのかといった履歴も含めてリスト化し、「備品台帳」ならぬ「メンテナンス台帳」として整備・活用することを、技術士の皆さんは推奨している。

 また、これは技術士の皆さんが実際に学校を訪問されて気づいたということだが、学校には寄付物や贈呈された手作り品などさまざまな経緯で「そこにある」物が多数あり、そういった物は「備品台帳」には載っていない。そういった物も含めて「メンテナンス台帳」に載せ、点検をすることが必要ということだ。

「かかりつけエンジニア」とは

 学校でのこども達のケガを減らすためには学校施設や設備の点検が必要だが、ご承知のとおり学校の先生方は大変多忙で、これ以上の業務をお願いすることは難しい。そもそも学校の施設や設備の点検や検査は、先生方の本来業務ではない。そこで、学校医のように、ある程度の期間その学校に関わって、学校の施設や設備の点検を担当する「かかりつけエンジニア」を設置してはどうか、という声が技術士の皆さんの中から上がった。

 2023年3月3日、消費者安全調査委員会から「消費者安全法第23条第1項の規定に基づく事故等原因調査報告−学校の施設又は設備による事故等−」が公表された。その中の「6 再発防止策の検討に係る調査」では、「科学的に安全を確保するための考え方、手法」として「子どもの安全の指針:Guide 50」が紹介され、リスクアセスメントについても解説されている。また、「安全点検の担い手となる人材」として、外部人材が挙げられている。ここでは主に労働安全に係る有識者が紹介されているが、技術士による「かかりつけエンジニア」も今後、学校現場において重要な役割を果たしていくことが期待される。

おわりに〜学校と地域をつなぐために

 今回、消費者安全調査委員会が公表した報告書の内容は示唆に富むものであり、各提言の早期の実現が望まれるが、実際に学校の安全点検を外部の信頼できる外部人材に委ねるためには、学校と外部人材=地域をつなぐ存在が必要である。文部科学省のウェブサイトによると、「地域学校協働活動推進員(コーディネーター)」と呼ばれる役割があり、地域と学校との橋渡し役として活動しているということである。

 学校安全の分野にもこの仕組みを取り入れ、技術士などの専門家が学校の施設や設備の安全点検を実施して、学校でのこども達のケガを減らすことにつなげていただきたいと考えている。

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特集ページ「子どもの安全」(Yahoo!ニュース):https://news.yahoo.co.jp/pages/20221216

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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