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シンポジウム開催報告「これで防げる 学校体育・スポーツ事故〜体育館に関わる事故から子どもを守る〜」

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
本シンポジウム検討チーム(筆者も参加)作成、筆者撮影

 2022年3月26日、シンポジウム「これで防げる 学校体育・スポーツ事故〜体育館に関わる事故から子どもを守る〜」がオンライン形式で開催された。

多職種連携で取り組む

 このシンポジウムは、医療従事者、弁護士、研究者、学校関係者などが中心となって自発的に開催しているもので、2017年から毎年開催しており、今回が第6回目となる。

過去5回のシンポジウムのポスター(筆者作成)
過去5回のシンポジウムのポスター(筆者作成)

 これまで「組立体操」「ムカデ競走」「サッカーゴールの転倒」「野球」「プール(主に飛び込み)」「跳び箱」「サッカー(ヘディング)」等に関する傷害とその予防策について検討し、その結果をシンポジウムの形で公表してきたが、今回は「体育館の施設や設備」に着目して、調査、分析、検討を行うこととした。施設や設備について調査・検討するにあたり、日本技術士会登録 子どもの安全研究グループに所属する技術士の方々や、建築士の方にも加わっていただいた。

 体育館に着目したきっかけのひとつに、2021年4月26日に福岡県北九州市で発生したバスケットゴールの落下事故がある。体育館の壁に設置されていたバスケットボールのゴール部分が落下し、 たまたまその下にいた中学生に当たるという事故が起きた。

 その後、日本スポーツ振興センターの災害共済給付のデータを分析したところ 、学校の体育館で多数の事故が発生していることがわかった。そこで、体育館でどのような事故が起きているかについて調査・分析を行い、併せて、体育館で起きた傷害の裁判例についても調べることとした。

日本スポーツ振興センター:災害共済給付のデータから (発表者:北村 光司 産業技術総合研究所 主任研究員/NPO法人Safe Kids Japan理事)

 2018年度の日本スポーツ振興センターの災害共済給付データを利用して分析を行った。対象としたのは「体育館で発生した小・中学生の事故」で、そのうち比較的重傷度の高い事故(骨折、硬膜下血腫、硬膜外血腫、脳損傷、靱帯断裂、半月板損傷などの傷害かつ給付金額が1万円以上=医療費の総額が25,000円以上)について分析した。

 1年間に発生したすべての事故のうち、体育館の施設や設備が関連したものを抽出したところ381件であった。

 その実態を以下のイラストにまとめた。

体育館で起きている重傷度の高い事故例:北村 光司氏作成
体育館で起きている重傷度の高い事故例:北村 光司氏作成

日本中学校体育連盟の協力を得て実施した全国アンケートの分析結果 (発表者:渡邉 智己 東京弁護士会 弁護士、原 千広 東京弁護士会 弁護士、三輪 渉 神奈川県弁護士会 弁護士)

 「これで防げる学校体育・スポーツ事故」の検討グループでは、過去にも何度か日本中学校体育連盟(以下、中体連)のご協力をいただいて、全国の中学校を対象としたアンケートを実施してきた。今回も中体連の先生方にご尽力をいただき、全国36都道府県の中学校729校の保健・体育を担当されている先生方から回答をいただくことができた。この場を借りてお礼を申し上げたい。

 今回のアンケートの目的は、体育館の施設・設備とそこでの事故の現状、および各校における施設・設備の点検のあり方について調査し、その結果から事故の予防策を見出すこととした。アンケートでは、以下のような項目について調査を行った。※かっこ内は筆者のコメント。

・体育館の竣工時期または大規模改修時期

・バレーボールコートの面数

・バレーボールコートのエンドライン・サイドラインから壁やステージまでの距離

・バレーボールコート同士のあいだの距離

・キャットウォーク(またはギャラリー)の呼び方

・キャットウォークの利用目的や立ち入り制限の状況(実に9割の学校が生徒の立ち入りを認めていた)

・キャットウォークに設置された窓の開閉方法

・床のメンテナンス(清掃方法:乾拭きか、水拭きか、ワックス塗りの有無や頻度、「ささくれ」の有無等)

・仕切りネットの状況

・学校教職員による点検実施の有無

・点検用マニュアルの有無

・建築基準法に基づいた法定検査の実施状況

・学校教職員が考える望ましい点検・検査とは(そもそも点検・調査は教員の仕事ではない)

・学校施設の維持管理に関する文部科学省からの資料の普及率(非常に低い)

・体育館で発生し、救急車を要請した事故の有無と、その傷害の種類や程度

・体育館で発生し、医療機関を受診した事故の有無と、その傷害の種類や程度

・いわゆる「ヒヤリハット」事例の有無とその内容

 このように、実に多岐にわたる質問への回答をお願いした。

 本アンケートは、「体育館の施設や設備」というきわめて狭い領域について問うものであったが、寄せられた回答から、今の中学校が抱える課題が浮かび上がってきているように思われた。

◆体育館施設での事故に関する裁判例の分析(発表者:伊丹 郁人 東京弁護士会 弁護士)

 ここでは、次の3点について報告が行われた。

1.事故が起きたときの責任主体

2.裁判例

3.事故の防止のために

体育館施設事故に関する裁判例の分析:伊丹 郁人氏作成
体育館施設事故に関する裁判例の分析:伊丹 郁人氏作成

◆技術専門家から見た体育館施設の実態と課題(発表者:瀬戸 馨 日本技術士会登録 子どもの安全研究グループ会長 技術士)

 今回から新たに加わっていただいた技術士の皆さんによる実態調査(体育館の視察報告)、および調査結果から見えてきた課題とその解決策についての報告があった。

 最初に、以下の4点に関する調査報告が行われた。

1.ギャラリー(またはキャットウォーク)

2.仕切りネット

3.バスケットゴール

4.その他(例:サッカーゴール)

 それぞれの安全対策について次のような提案があった。

1.ギャラリー(またはキャットウォーク)

 人の立ち入る可能性があるギャラリーには安全対策が必要であり、その対策が取れない、または不十分である場合は、立ち入り規制をかけなければならない。また、窓は原則として閉鎖し、スライド式の窓には、安価で、設置にも手間のかからない補助錠を設置する。

2.仕切りネット

 大型のカーテンレールを天井に設置し、ネットが床につかないようにする。それが難しい場合は、小型カラビナ(登山時にロープとハーネスをつなぐためなどに使用される道具)を使ってネットをたくし上げるという方法もある。

3.バスケットゴール

 北九州市のゴールの落下事故は溶接部の破断が原因ではないかという報道がある。設置後の溶接部の点検は現実的ではないので、定期的に更新する(耐用年数を経過したものはすべて更新)のが理想。しかし更新にはコストがかかるので、たとえばチェーンやワイヤーなどを使ってゴール部分を部材同士または基部と連結することであれば、すぐにでもできる。

 施設・設備に関する備品台帳はあるが、そのメンテナンス状況を記録したメンテナンス台帳を整備するとよい。タブレット等を活用し、簡単に入力・集計・報告ができるようなアプリ開発が望まれる。

 施設・設備の点検や検査は、そもそも学校の先生方の仕事ではない。学校医のような「かかりつけエンジニア」を設置し、学校現場の技術的な課題に対するアドバイスを行うようにすることはできないだろうか。

◆3つの提言(発表者:中嶋 翼 東京弁護会 弁護士、齋藤 弘樹 東京都理学療法協会 学校保健部副部長/大橋病院 理学療法士)

 これまでこの「これで防げる学校体育・スポーツ事故」シンポジウムでは、最後に「3つの提言」を提示してきた。事故による重大な傷害を予防するために、主に学校現場の教職員の皆さんが明日からすぐに実施できる対策を提示したものであったが、今回は提言の対象を、

1.先生と、児童・生徒の皆さん

2.一般市民を含めた皆さん

3.国や地方自治体の皆さん

に広げ、それぞれに向けたメッセージという形で提示した。

3つの提言(筆者撮影)
3つの提言(筆者撮影)

 特に紹介したいのは、「提言3 メンテナンス情報を共有・活用しよう」というメッセージだ。これは、国や地方自治体に向けたもので、体育館の施設や設備に起因する傷害を予防するためには児童・生徒への指導や教職員による点検だけでは不十分であり、技術士等の専門家による点検や検査を定期的に実施し、その結果によって、補修や改修、交換、新設等の必要があると判断された場合には速やかに対応できるよう、あらかじめ予算を確保しておいてほしいというメッセージである。

 国や地方自治体に向けたメッセージを発信するのは今回が初めてであるが、こと施設・設備に関しては、国や地方自治体の関与なしで安全な環境を整備・確保することはできないので、あえてこのようなメッセージを発した次第である。

 また、今回のシンポジウムでは直接触れていないが、公立中学校の体育館は、災害時に地域住民の避難所として、また地域スポーツの拠点として使用されることがあり、それを踏まえた安全対策もまた必要ではないかと考える。日頃は中学生と教職員が使用する施設であるが、災害時や夜間・休日には地域住民も使用する可能性がある。住民の中には乳幼児や高齢者、心身に特別なケアが必要な人もいる。今後は、そのような人々も安全に使用することができる体育館を目指すべきであり、そのためには文部科学省の予算だけでなく、総務省などの予算も活用し、誰にとっても安全な体育館を整備していってほしいと願う次第である。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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