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「園バス置き去り」を予防するために その4

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

 2022年9月5日、静岡県で発生した園バス置き去りによる園児の熱中症死について、連日、いろいろなニュースが飛び交っている。「こんな事故死を二度と起こしてはならない」と考え、いろいろなアイデアが出され、園バスだけの問題から、保育全体の問題、社会システムの問題まで議論されている。センサの話とクラクションを鳴らす話、どちらも対策として報道されているが、センサにはセンサの問題、クラクションにはクラクションの問題がある。そこで、園バス置き去りを予防するためには何が必要かについて整理して考えてみることにした。

1 今回の置き去りの経緯の詳細な記録が必要だ

 事故の予防を考える場合、事故が発生する直前から、事故が起こった時までの詳細な記録が必要だ。

 事故が発生する状況は、スイスチーズモデルとしてよく知られている。大きさや位置が異なるスイスチーズの穴を脆弱な部分と考え、すべての穴を通り抜けてしまうと事故になるという考え方だ。

スイスチーズの例(出典:Adobe Stock)
スイスチーズの例(出典:Adobe Stock)

 今回の事故が発生した状況を経時的に一枚ずつのチーズスライスに見立て、それぞれのスライスをなぜ貫通してしまったのかを明確にする必要がある。

・運転手は普段の職員ではなかった

・運転手は高齢だった

・バスから降りるとき、補助員は本児が降りたことを確認しなかった

・運転手も全員が降りたかを確認しなかった

・クラス担当者は欠席の連絡がないのに登園していない園児の所在を確認しなかった

など、それぞれの状況を細かく記載し、予防できなかった理由を挙げて、それぞれに対して対策を考える。その場合、人によるチェックではない対策が望ましい。今回、「複数の職員による思い込みや怠慢などの人為的なミスが重なった」ことが原因とされているが、「個人の責任」としていると予防にはつながらない。

2 予防対策について考える

 現在、園バスの運行について、いろいろな予防策が提案されているが、予防策は「置き去りが起こる前」の対策と、「置き去りが起こった時」の対策に分けて考える必要がある。

①置き去りが起こる前の対策

 これまで、園バス置き去りに対して、いろいろな対策が行われてきた。それらについて検討する場合、グループ分けをして考えるとよいのではないか。例えば、自動車の自動運転についてはレベルが示され、それぞれの機能が明示されている。自動運転レベルは0-5の6段階となっており、レベル0は「運転自動化なし」、最高位のレベル5は「完全運転自動化」と定義されている。現在、市販車では「自動運転レベル3」、無人タクシーサービスでは「自動運転レベル4」まで実用化されている。レベル0-2は、運転者が主体となって動的運転タスクを実行するもの、レベル3からは、システム側の責任において自動運転が行われるものとされている。

 この基準を参考に、園バスや自動車の置き去りに関して、対策の安全度をレベル化してみた。

自動運転の例(出典:Adobe Stock)
自動運転の例(出典:Adobe Stock)

レベル0:園バスや自家用車の使用について、何も指示や決まりがない。

レベル1:注意喚起の張り紙(例:降りる時には車内を確認!など)、訓示(園バス車内に子どもが残っていないか、毎回、確認するように。保育士一人一人の意識を高めよう、など)

レベル2:マニュアルの作成、ガイドラインの作成、これらの徹底を指示。各都道府県等に対し、安全管理の徹底について通知を出す。

①欠席連絡等の出欠状況に関する情報について、保護者への速やかな確認及び職員間における情報共有を徹底すること

②登園時や散歩等の園外活動の前後等、場面の切り替わりにおける子どもの人数確認について、ダブルチェックの体制をとる等して徹底すること

③送迎バスを運行する場合においては、事故防止に努める観点から、

・運転を担当する職員の他に、子どもの対応ができる職員の同乗を求めることが望ましいこと

・子どもの乗車時及び降車時に座席や人数の確認を実施し、その内容を職員間で共有すること

レベル3:乗車したことをシートに記入、または機器に入力、ダブルチェック、抜き打ち監査の実施。靴を脱いで園バスに乗車することによって、降車時の降車漏れを防ぐ方法が提案されているが、子どもの人数が多くて手が足りない場面や、急がなければならない場面もあり、どの園でもこれを確実にやり続けることは不可能である。バスに乗る時に子どもにコインを渡し、降りる時にコインを箱に入れ、コインの枚数で降りた人数を確認する。これも長続きしない。

レベル4:車内の後方にブザーを設置して、子どもが降車した後、運転者がそのブザーを押さないと警報音が鳴り続ける。子どもの体格とバスの中での死角を検討し、ミラーを取り付けて死角をなくす。

レベル5:人は一切関与せず、車内に子どもが取り残されていることを感知するセンサを設置する。感知したら、数分以内にいろいろなところに自動的に通報するシステム。

 ※参照 「園バス置き去り」を予防するために その3

 レベル2までが、これまで行われてきた対策である。レベル0-3は、すべて人だけが関わり、「注意する、緊張感を持つ、目配り・気配り」など、個人の資質や意識への働きかけで安全を確保しようとしてきたが、同じ事故が起こり続けており、これらの対策は無効であることがはっきりした。今後は、レベル3以降の対策を検討することが不可欠である。

②置き去りが起こった時への対策

 園バスで子どもを通わせている保護者、また園バスを運用している保育関係者は、今回の事故を自分ごととして考え、心を痛めつつ、できることを必死に模索されているようだ。

 今回、園長や保護者らによって、「クラクションを鳴らす」、「ハザードランプを押す」、「バスの窓を開けて大声で叫ぶ」、「防犯ブザーを持たせて鳴らす」などの対策が提案され、一部では、子どもたちにクラクションを鳴らす訓練が行われた。2-3歳の子どもにとって、これらの動作を行うことは難しい。5歳くらいになれば、自分が閉じ込められたことは理解できるが、パニック状態になっているので冷静な対処は出来ない可能性が高い。ハザードランプを押す場合なども同じだと思う。車の停車場所が園内の隅だったり、離れた場所であったり、周りが木で囲まれているなど見通しが悪い場合は、音やハザードランプに気づけるかという問題もある。

 幼児への安全教育として、地震のときに机の下にもぐることや避難方法、衣服に火がついた時は、すぐに伏せてごろごろ転がって火を消すなどの訓練が行われている。地震や火事は、いつ起こるかわからず、訓練しておくことは意味があると思うが、園バスの置き去りは地震とは異なり、人がコントロールできることである。安全に管理できる対策があるのにそれを行わず、子どもたちに自分で自分の身を守ることを要求するのはおかしい。この訓練が一般化すると、置き去りにされたとき「クラクションを鳴らさなかった本人が悪い」という話にもなりかねない。子どもたちに、そんなことを教える必要がないシステムを構築しておくことが社会の責任であり、そんなことまで子どもたちに教えなければならない社会はおかしい。

 「誰でもできる、確実にできる」方法でなければ「安全教育」とはいえない。過去の事例が示しているように、これまでの “人の注意力に頼っている対策”では根本的解決にはつながらない。

3 センサの課題

 今回の事故を受けて、「すぐにセンサを園バスに取り付けたい」という話を聞くが、今日、購入できる製品はない。試作しているメーカーに問い合わせても、「製品を作っても、それなりの市場がないと製作に取りかかれない」という返事しか返ってこないとのこと。それは、市場の問題ではなく、センサの開発が社会的要請であることを企業が認識しているかどうかの問題だ。

 今回、連日にわたってメディアがニュースで取り上げ、国も地方自治体もセンサなどの機器の導入について検討すると発言するようになった。すなわち、一気に市場が形成されたと考えてよい。今や、企業の幹部が、社会的な必要性、意義を認めて、センサなどの開発にゴーサインを出すときだ。

 自動車の安全は、センサの会社の問題というより、「安全であるべき」自動車を作っている企業の問題である。大企業が取り組めば、センサの製作はすぐにできるはずだ。園バスに安全装置を導入する場合、国が補助金を出すこともセンサ開発のインセンティブとなる。有効性、信頼性が確認され、設置しやすく、操作が簡便で、一度設置したら触る必要がなく、購入価格も適正な機器を開発していただきたい。

 このシステムを園バスに導入すれば、園児の車内置き去り事故はある程度解決すると思われるが、完璧ではない。システムの導入とその効果評価を継続的に行い、不備な点があれば改良していく必要がある。

 人手不足のために車内置き去りが起こるという説明によって置き去りが起こることを正当化することはできない。人手不足が問題なら、機器を活用することを検討すればよい。

4 安全に対する考え方

 これまで、労働現場や医療現場でもさまざまな事故が起こってきた。最初は「もっと注意して事故を防ごう」という安全策が行われたが、それでは解決しないと気づいて、現在では「人は誰でも間違える」という考え方を基本にし、たとえ人的ミスがあっても安全な仕組みが出来上がっている。保育の場の安全についても科学的に取り組み、“人の注意力に頼らない新たな対策”を取り入れないと、必ずまた同じ事故が起こることになる。

 わが国の安全に対する考え方は、欧米とは異なり「人が努力すれば、二度と同じ事故は起こらない」と考えている。そのため、安全基準は欧米から10年から15年遅れて制定されている。自動車へのチャイルドシートの使用義務付けは欧米から15年以上遅れた2000年4月からであった。アメリカのインディアナ州では2015年1月から、園バスに子どもが残されているかの確認装置の設置が義務付けられている。

5 今回の反省

 私はいつも「子どもの事故は一件だけということはなく、必ず複数件起こる」と言っている。しかし、2021年に起こった「園バスの中に8時間以上置き去りにされて熱中症で死亡」というニュースを聞いた時は信じられなかった。「保育の場では安全を最優先」と言っている保育の場で、あり得ない事故だと思った。今振り返るとその時は、「あの園だけの非常に特殊な事例で、また起こるとは思われない」と考えていた。「あり得ない」と考えれば、予防する必要はない。もう一度、傷害の原則を認識する必要があると反省した。

 今回、NHKの報道を見て、アメリカや韓国でも10年以上前から置き去り事故が起こっており、すでに対策をとっていたことを知った。昨年、この情報を知っていれば、何か働きかけができたかも知れない。

 やはり、データを知る必要がある。データを知れば、解決策を考えることができる。すなわち、「データがない、データが公開されていない」という課題がある。「人は必ず忘れる」と考え、10年に一度の事故による死亡例であっても、いつでも検索できるシステムを社会で構築しておく必要がある。

おわりに

 今回の事故を受けて、自治体による調査が行われ、園バスへの置き去りについて、数分間、園児を園バスに置き去りにしたという例は多発していると報告されている。園児の置き去りは、園バスの中だけではない。自家用車、園庭や公園、倉庫でも起こっており、時には園児が行方不明になったりする。横浜市では、21年度は26件と報告されている。

 2021年7月と2022年9月、園バス内への置き去りによって、子どもが熱中症で死亡したニュースを見て、ほとんどの人は「信じられない!」と思ったことだろう。2022年のケースでは、6人の園児しか乗っていない小さなバスに、運転手と補助員の大人が2人乗っていて起こったのだ。こんなひどいことは、日本だけだろうと思われたことと思うが、アメリカでも韓国でも、園バスによる置き去りは以前から起こっており、その対策が取られていた。

 子どもの発達は世界共通である。人々の行動も注意力も、世界中、ほとんど同じだ。園バスを使用していれば、世界中どこでも園バス内への子どもの置き去りが発生する。これまでわが国で行われてきたマニュアルや注意喚起では園バス置き去りを予防することはできないということが明白となった今、米国や韓国の対策とその効果を検討する必要がある。

 「二度あることは三度ある」と言われるが、園バス置き去りは何度も起こってきた事故だ。これまでの対策の不備を明らかにし、予防効果が高い対策を早急に取る時だ。そして、その効果を評価する作業を続ける必要がある。

 非常に特殊な事例と考えると、取り組みは遅くなる。今回の園バスの置き去りだけではなく、自家用車の置き去りについても検討する必要がある。また、園バスが交通事故を起こした場合、乗っていた子どもたちが車外に投げ出される危険性がある。そのようなことが起こらないよう、園バスにシートベルトを設置することについても検討する必要がある。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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