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「園バス置き去り」を予防するために その3

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 2022年9月に起きた通園バス置き去り死亡事故については、世論の後押しもあったのだろう、国も異例の早さで対応している。

 従来の「安全確認の徹底」や「マニュアルの整備」に留まらず、「安全装置の設置を義務づける」という方向に進んでいること自体は賛成だが、今後は「どのような安全装置を設置するのか」についての議論、検証が必要だ。2021年7月に起きた通園バス置き去り死亡事故、それからわずか1年後に起きた今回の事故を受け、複数の事業者が通園バスに設置する安全装置の開発を進めている。筆者もいくつかの企業から相談を受け、装置に関する詳細な説明を聞いた。実際に開発された装置の実証実験を見学する機会もあった。

左:子ども置き去り検知システムLiDAS(三洋貿易株式会社提供) 右:チャイルドセーフティマネージメントシステム(オクト産業株式会社 筆者撮影)
左:子ども置き去り検知システムLiDAS(三洋貿易株式会社提供) 右:チャイルドセーフティマネージメントシステム(オクト産業株式会社 筆者撮影)

人間が関わる装置

 すでに諸外国では通園・通学バスの子どもの置き去りを予防するため、さまざまな施策が実行されていると聞く。中でも、バスのエンジンを切るとアラーム音が鳴り、運転士が車内最後部に設置されたブザーを止めない限りそのアラームが鳴り続けるので運転士は否が応でもブザーを止めに車内を通って後部まで歩いていくので、その行き帰りに子どもが残っていないかを確認することができるという方法は広く採用されているようだ。

 さほどコストがかからない、すぐに設置できるという利点はあるが、この装置・方法の最大の難点は「人間が関わる」ことにある。この場合は、運転士に「ブザーを止める」というタスクを求めているが、どのような装置であっても、最終的に人間の関与が求められるのであれば、従来言われてきた「安全確認」や「マニュアル整備」と大きくは変わらない。

インディアナ州のデータ

 このような装置に効果はあるのだろうか。NHK国際ニュースの記事に興味深いデータが掲載されている。

 アメリカ・インディアナ州では、2015年1月1日以降に製造されたすべてのスクールバスに、このようなアラーム鳴動後にブザーを停止するタイプの装置搭載を義務づけているという。その後、置き去りの発生件数を調査したところ、ほとんど減っていないことがわかったそうだ。こちらがこの記事に掲載されているグラフである。2019年以降は少し減っているようだが、これは新型コロナウイルスによる休校措置等の影響があるのではないだろうか。

NHK国際ニュースナビ「子どもの命を守る スクールバスの安全対策、海外では」から引用
NHK国際ニュースナビ「子どもの命を守る スクールバスの安全対策、海外では」から引用

注:「幼稚園生」とあるのはおそらくKindergartenerのことと思われる。アメリカでは義務教育が5歳から始まるが、最初の1年間はKindergartenという小学校の校舎内にある幼稚園に通う。日本の「幼稚園生」(3歳から6歳)とはやや年齢層が異なる。

最新技術の導入

 このような結果を受けて、最新技術の導入に踏み切る州も出てきていると上記の記事では伝えている。センサがバスに取り残された子どもの心拍を感知し、その通知を運転士などに伝えるという仕組みだ。日本国内でもいくつかの企業がこの「センサ型」機器の開発を進めている。

 一方、課題もある。こういったセンサ導入のためのコストは従来型の装置と比べると20倍ほどかかるのだそうだ。小倉大臣は「必要な財政措置も含めた具体的な支援策を策定する」と述べているが、この財政措置の規模はどれほどなのだろうか。財政措置を講じても、その規模、つまり通園バス1台あたりの補助額が少なければ、安価で効果の薄い従来型を選択せざるを得ない。それでは意味がないのではないか。

実証実験と検証を

 冒頭にも書いたとおり、今後はそれぞれの機器の実証実験と効果検証を行う必要がある。秋から冬にかけては熱中症のリスクは減るので、この時期に実験および検証を行い、どのような機器が本当に功を奏すのかを確認しなければならない。そして来春にはすべての通園バスに効果の高い機器が設置されることを望む。

 もちろん、高度なテクノロジーも100パーセント安全を保障するものではない。人間とテクノロジーが手を携えて共に100パーセントの安全を目指す、そういった社会を実現したい。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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