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Co-Designでつくる子どもに優しい製品:子どもの傷害予防リーダー養成講座 学生コース

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
学生コース3日間の日程(筆者撮影)

 昨日、西田佳史さんの報告を紹介した。続いて、大野 美喜子さんの報告を紹介する。

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学生コースのはじまり

 今年(2018年)の8月の2日、3日、4日にSafe Kids Japanが初めて開催した学生コースについて、ご報告をさせていただきたいと思います。

 今回の修了生は11名です。この学生コースのそもそもの始まりですが、これまでSafe Kids Japanでは一般の方向けに「子どもの傷害予防リーダー養成講座」を開いてきたんですけれども、受講料がかかるということで、Safe Kids Japanの会員の方から、学生は参加しにくいんじゃないかという意見があり、「学生向けの講座はできないですか」という提案をいただいたというのがスタートです。

 そのご提案をいただいてから、Safe Kids Japanの中で、学生向けのコースをやってみようということになりました。会員の方を中心にプロジェクトメンバーを募集して、最終的にはメンバーが11名になり、チームのタイトルを「チームS」としました。この「S」は、Studentの「S」や、Safetyの「S」を意味しています。

 今年の1月に第1回目のミーティングを行って、まずコースのタイトル、いつするか、どういった内容にするか、講師はそもそも誰を呼ぶか、どういう学生を対象にするか、すべて一から考えて、実際に実施した8月2日までに全部で5回、週末の夜などにミーティングを実施しながら、メールでもやり取りをして、学生コースを作り上げました。

 この学生コースを設立したいちばん大きな目的は、「子どもの傷害予防」について、将来、日本や世界を支える若い人たちに伝えていかないといけない、予防の重要性を伝えていかないといけない、ということです。もう一つは、学生のうちから「予防の視点を育てる」ということもあります。

 学生コースは、8月の2日、3日、4日、木曜、金曜、土曜の3日間実施しました。企業は、朝日新聞さん、乃村工藝社さん、森ビルさん、リクシルさんの4社にご協力をいただきました。この4社には、学生がそれぞれチームに分かれて企業の見学もさせていただいています。

 今回、対象は、当初大学生を中心に募集していたんですけれども、会員の方から「高校生も参加できませんか」という提案をいただいて、初めての試みだし、いろいろトライしてみましょう、ということで、高校生と大学生、そして専門学校生をターゲットとして募集をしました。最終的には高校生が2名、大学生が7名、大学院生が2人の計11名で実施することになりました。

学生コースの内容

 3日間のスケジュールは、朝の10時から夕方の5時まで、ほとんど休憩もなく、実際、若干きつかったんじゃないかというスケジュールをこなしていただいています。1日目は、座学とワークショップで、私から「傷害予防って何だろう」というお話をして、ランチをしながら技術士の方に「Guide 50」のお話をしていただいて、その後はスポーツ事故に詳しい弁護士の先生からもお話をいただきました。

 2日目は、先ほどご協力いただいた4社に、それぞれグループに分かれて、企業の見学に行っています。それから帰ってきて、みんなで、それぞれの企業の取り組みを共有するという時間を設けました。

 3日目は、日本インダストリアルデザイナー協会の方に来ていただいて、「傷害予防をデザインする」という観点でお話をいただいて、その後に、キッズデザインを考えるワークショップを行いました。3日目は産総研で実施したので、産総研のリビングラボを見学していただいて、曲がる歯ブラシの話を聞いたりして、最後に、山中先生に講評をいただきました。

 2日目は企業見学です。リクシルさんの見学会では資料館を見せていただいて、企業の方から、ご自分たちの企業の製品について、子どもの事故を予防するためにどのような研究がされているのかについてお話いただきました。

 朝日新聞さんの見学会では、山中先生のお話にもありました「小さないのち」の連載についてお話をいただきました。

 私は、乃村工藝社の見学会に参加しました。乃村工藝社さんの場合には、子どもが安心できるような空間をどういう観点で作っているのか、どういう視点で子どもたちが過ごしやすい空間をデザインするのかということについて、デザイナーの方にお話をいただきました。

 森ビルさんの見学会では、先ほどお話にあった自動回転ドアの話もされたと聞いています。

学生による「キッズデザイン」

 3日目は、キッズデザインの案を考えようということを、みんなで行いました。そのアイデアの一部をご紹介したいと思います。

 1つ目のグループの課題は、抱っこ紐で抱っこをしていて、自転車が転倒し、子どもが親の下敷きになって亡くなるという事故を予防するにはどうしたらいいかということを考えてもらいました。学生なので、頭も柔らかいし、いろんなアイデアを出していただきました。作業は、自分たちのアイデアをポストイットに書いて模造紙に貼っていくという方法で進めました。子どもがちゃんと幼児用シートに乗っていられるように、シートの中も子どもが過ごしやすい空間を作るというアイデアを出してくれたり、自転車は転倒しやすいので、そもそも2輪はやめて3輪車の形を応用し、前が2輪になっている自転車のアイデアを出してくれました。

 1日目に、私が「傷害予防って何だろう」という話をした時から、この3日間強調してきたこととして「変えられる理論」という考え方があります。この理論は、変えたいものは何か、変えられないものは何か、変えられるものは何かをきちんと整理をして、変えられるものを変えて、変えたいものを変えるという考え方です。そういう視点を持ってもらいたいということで、学生には各課題に対して、具体的に何を変えたいのか、何が変えられるのか、そもそも変えられないものは何かを定義してもらいました。どのグループにも、きちんとそれぞれの変数の具体的な例を出してもらっています。

 

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 2つ目のグループは、ベランダからの転落です。このグループも、きちんと「変えたいもの」、「変えられるもの」、「変えられないもの」を定義して、具体的な環境改善、どういうふうにベランダのデザインを変えるとベランダからの転落を予防できるかということで考えています。このグループで、面白い学生らしいアイデアの一つは、子どもは室外機に登って落ちるので、室外機の上には必ず花を植えるというようなアイデアでした。

 その他にも、ベランダの床の部分に、子どもの外を見たいという願望を満たしてあげようということで、床面を透明なガラスにして外が見えるようにしたり、もっと床に面白さがあれば、柵を乗り越えないんじゃないかということで、床にお絵描きができるようなアイデアが出ていたり、ステンドグラスでベランダの柵をきれいにするようなアイデアが出たりして,学生ならではの自由な発想に基づくアイデアを出していただいています。

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 お風呂での溺水については、この予防策を提案した学生に来ていただいていますので、後でその発表をしていただきたいと思います。

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 最後のグループは磁石の誤飲です。皆さん、ご存じの方も多いと思うんですけれども、今年、消費者庁と国民生活センターから磁石の誤飲について注意喚起がされています。その時に載っていた事例は、直径が3ミリの小さな磁石を37個飲み込んで、腸の中で磁石がくっついたという事例だったので、その事例を基にして、磁石の誤飲をどうやって予防するかという課題を出されたグループがこのグループです。

 このグループは、2つの提案がありました。たとえば机の上に置いている時だけ磁力が発生するような磁石はできないかというのが1つ、2つ目は、例えば磁石を飲んだ時に飲み込んだことがわからないのが問題なので、保護者のスマホかなんかで、飲んだら「飲みましたよ」みたいな警告音を出してくれるシステムが便利と考えてくれた案です。このイラストの中には描いてありませんが、いろんな案を考えていて、磁石を飲み込むと唾液と反応して、夜になって電気を消して寝る時になるとボヤーンと明るくなって飲んだことがわかるようなものなど、いろいろ考えてくれたけれど最終的にはこの2つを採用しています。

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学生コースのふりかえり

 学生コースが終わってから、学生にこのセミナーについてアンケートを取りました。「このセミナーへの期待はどうでしたか」という質問に対しては(全参加者中10名から回答があったうちの)9名は、期待を大きく上回ったと回答をいただいています。理由は、ワークなどで発表が学べるようになったという答だったり、企業の見学は普段できないので、学生には大変評判が良く、私自身も乃村工藝社へ行った時にすごく勉強になったと感じました。それから、学生さんはいろんな学校から来ていたので、看護学の生徒が家政学の生徒と一緒にワークをするということで、新しい出会いが多くて良かったと思っています。他には、学びたいと思っていた以上の学びが得られた、想定してないものを学べたということで、学生からはこのコースは良かったという感想をいただいています。「このセミナーの第二弾があったら参加したいですか」という質問にも、都合がつけば必ず参加したいという方が多かったですね。「このセミナーを他の学生や友達にも勧めますか」という質問に対しては、他の学生にも勧めたい、ぜひ勧めたいという回答が多く、参加していただいた学生みんな、すごく大変だったと思うんですけれども、貴重な体験をしていただけたと思います。

 今回の参加者には、いろいろな専門の方、看護学の人、家政学が専門の学生、高校生もいましたが、「自分の将来に生かせるようなものが何かありましたか」という質問に対しては、以下のようなコメントがありました。「社会で生きていく時に、いろんな目標、いろんな目線で考えることができるようになった」、「今回学んだことが自分自身の武器になると思う」、「これから自分が日常生活の中で、子どもと関わる場面にも大きく生かせると思う」などです。この他、この学生は看護学生ですけれど、吉川 優子さん(吉川慎之介記念基金代表理事)に来ていただいて、自分のお子さんを川の事故で亡くされたお話を学生の前でしてくれたので、「今後、患者さんのご家族の気持ちにも寄り添うことができそう」というコメントがありました。

 また、「日本ではまだ予防ということがほとんど普及していない。子どもの事故は大きな社会問題なんだということについて、これからみんなに伝えていきたい」という力強いメッセージを書いてくれた学生もいました。

 学生コースに参加してもらって、予防の重要性がどれくらい広がるかわからないのですが、こういうふうに思ってくれたことが、今回学生コースをやって一番大きな成果だったと思っています。

 最後のまとめですけれども、今回の学生コースは初めての取り組みで、最初は何をしたらいいのかという不安もありましたが、会員の皆さんのご協力があって、当初の予想を超えた成功だったと思っています。

 先ほどもお話ししましたが、アンケート結果を見ると、学生にも好評だったという印象を受けています。私も3日間学生コースに参加し、学生といろいろな話ができ、自由な発想に驚かされました。子どもの事故について今まで聞いたことがなかった学生も、問題の大きさにも気付いてくれました。そういう点でも、実施した甲斐があったと感じています。

 

 今回集まった学生とは、せっかく出会ったので、これからも何らかの形でつながっていきたいと思っています。今日、これから参加者の学生の方の発表がありますけれども、この出会いをきっかけに何か一緒に活動できるといいな、そして、来年以降も毎年学生コースを実施できるといいなと思っています。

 ご清聴ありがとうございました。

※写真はすべて筆者撮影。

 大野さんの発表は以上である。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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