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チャイルドシートの課題 ~大型連休を前に~

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 まもなく大型連休、子どもを連れての帰省を楽しみにしている人も多いだろう。帰省先の駅や空港から実家までは自家用車で移動する、というケースも多いと思われるが、ふだん子どもを乗せる機会がない祖父母の車には、チャイルドシートが装着されていないことが多い。その車に子どもを乗せなければならない状況を前にして、保護者はどう対応したらいいのだろうか? 

 昨年末の記事では、「どんな状況でも自動車に乗せるときにはチャイルドシートを使用する以外の選択肢はない」と書いたが、もう少し具体的に考えてみたい。

警察庁のデータ

 チャイルドシートに関する警察庁のデータを見てみよう。2000年4月から、6歳未満の子どもを自動車に乗車させる場合にはチャイルドシートの使用が義務付けられた。義務化される前の使用率は10%にも満たなかったが、義務化されたことにより約50%になり、最近では下記のような値になっている。

◆チャイルドシート使用率(平成29年4月の調査)

全体:64.1%

0歳:87.1%

1~4歳:65.6%

5歳:40.9%

 チャイルドシートは、自動車に適切に取り付けられていないと衝突時に子どもの身体を保護することができないが、適切に取り付けられていたのは約40%と報告されている。チャイルドシートには多くの課題があることがわかる。

使用率が低いのはなぜか?

 自動車に乗車中、チャイルドシートを使用していなくて衝突事故が起これば子どもの致死率は使用していた場合の11倍(警察庁)、重症率も3~4倍になることはほとんどの人が知っている。JAF(日本自動車連盟)などでは、衝突時や急ブレーキ使用時の映像を紹介しており、それを見れば、どういう状況が発生するか十分理解できるはずである。

 2013年にJAFが行った調査によると、「チャイルドシートを生後から現在までまったく使用していない」人の「使用しない理由」としてもっとも多く挙げられたのが、「近距離しか乗らないから」(25.6%)というものだった。しかし、どんなに近くても衝突事故や追突事故が起こる可能性はあり、「近距離しか乗らないから」というのは、チャイルドシートをしなくてもよい理由にはならない。海外の標語には「30分間泣かせますか?それとも命を落としますか?」というものもある。

 

 自治体によっては、「わが県のチャイルドシート使用率は70%で、全国平均を上回っています」と述べたり、メディアの中には、「チャイルドシートについては啓発活動が奏功して結果も出ているので、大きな課題という認識はありません」などと言う人もいる。しかし「70%」は胸を張って「高い」と言える数値なのだろうか?たとえばアメリカ・カリフォルニア州の使用率は94%だ。アメリカでは、子どもを実家や友人宅に預ける場合、チャイルドシートも一緒に預ける。外出時にチャイルドシートがないと子どもを車に乗せることができないからだ。シートベルトの使用率がほぼ100%であることと比較しても、チャイルドシートの使用率は低いと認識する必要がある。

 また、日本では「ブースターシート」「ジュニアシート」と呼ばれる、身長100cm以上の子ども用のシートの使用も進んでいない。先に挙げた警察庁の調査でも5歳以上の着用率が40%と低くなっていることがわかるが、シートベルトの使用要件である「身長140cm」に達するまでは、「ブースターシート」「ジュニアシート」を使用することを強く勧めたい。

具体的な対策

 われわれの調査では、「迎えにきた義理の両親の車にチャイルドシートがない」状況下で、その車に乗るのを「必ず断れる」と答えたのは約21%であったが、断った場合にはどうやって移動したらいいのだろう?公共交通機関が発達している地域であれば電車やバスで移動することもできるが、実際には、「今回は仕方がない」、「ちょっと我慢すればいい」という対応で済まされているのではないか。

 このような困った状況が起こる前に、パートナーを通じて義理の祖父母にチャイルドシートを車に付けておいてもらうようにお願いしておくのがよい。その時、祖父母によく理解してもらうために、われわれが作成したリーフレットを利用してもらいたい。このリーフレットには、チャイルドシートの必要性、ほとんどの子どもがチャイルドシートに座らせると嫌がることなどが簡潔に記載されている。

 また、移動にタクシーを利用する場合もある。タクシーだから安全ということはなく、チャイルドシートの使用は不可欠である。数は少ないが、タクシー会社によっては「子育て応援タクシー」、「キッズタクシー」などと銘打って、予約時に申し込めば、子どもの身長・体重に合ったチャイルドシートを設置した上でタクシーが迎えに来てくれるサービスもある。前もって、出かけ先の状況を調べておくとよい。一般社団法人 全国子育てタクシー協会では、全国の「子育てタクシー」が検索できるサービスを実施している。サービス対象外の地域もあるが、一度参照されたい。

社会で子どもを守る

 チャイルドシートの使用が義務化されて18年が経ったが、使用率はほぼ頭打ちとなっている。個人に対する対策はほぼ限界に達したと私は考えている。どうしたらいいのだろうか。大切な子どもたちを、社会で守る時期に入ったのではないか。

1 交通事故の社会負担

 交通事故で受傷すると、急性期の治療、その後のリハビリテーションが必要であり、後遺症として、身体障害、知的障害、高次脳機能障害、てんかんなどにより、日常生活に大きな支障が生じる場合がある。アメリカなどでは、これらのケアにかかる費用を算出して「社会負担」として示し、予防の必要性を訴えているが、わが国にはそのようなデータはない。本来、予防がなされていれば発生しなかった費用であり、予防にかける金額と社会負担の額を比較すれば、予防に予算を投入する方が格段に負担が軽くなる根拠となる。

2 警察による取り締まり強化

 警察庁のデータから、交通違反取り締まり件数を見てみよう。

◆交通違反取り締まり件数(平成28年)

総数:6,766,663件

うち、座席ベルト装着義務違反:963,722件

うち、幼児用補助装置義務違反:106,746 件

 シートベルト装着の義務違反は100万件近く取り締まっている。では、シートベルトの使用率のデータを見てみよう。

◆シートベルト使用率(平成29年10月)

運転席:98.6%

助手席:95.2%

後部席:36.4%

 95%以上の使用率があるシートベルトの取り締まり件数が96万件で、64%の使用率のチャイルドシートの取り締まりが10万件、人口や乗車時間を考慮に入れても、チャイルドシートの取り締まりが全国で1日に300件弱というのはあまりに少ない。警察の取り締まりが不十分であるということだ。子どもが大切だと思うなら、厳しく取り締まる必要がある。

3 交通違反の厳罰化

 現在、チャイルドシートを使用していない場合は「幼児用補助装置義務違反」として1点減点される。チャイルドシートの使用率がほぼ頭打ちとなっている現状を打破するためには、点数ではなく、反則金を導入すべきである。海外、例えばオーストラリアでは州によって異なっているが、チャイルドシートを使用していない場合は日本円で約3万円の反則金が科せられている。「取り締まり強化」と書くと、「子育て世代いじめだ」、「かわいそうではないか」と言う人がいるかもしれないが、それはまったく逆であり、子どもを守る有効な方法であると考えている。保護者だけではなく、警察への啓発も必要である。

4 新生児の産院からの退院時

 現在日本では、チャイルドシートの正しい取り付け方や使用法の指導は、医療機関における両親学級や退院指導のカリキュラムに含まれていない。新生児の退院時に車が使用される場合、法的に認められたチャイルドシートを使用して移動する必要性を、医療機関のスタッフは強く推奨すべきである。アメリカやカナダでは、退院前に専門のスタッフが新生児が乗車する予定の車のチャイルドシートをチェックし、リコール製品ではないか、現行の規格に合っているか、適切に取り付けられているかなどを確認する。もし不適切な要素があれば、ただちに交換が指示され、退院日までに適切なチャイルドシートが用意されない場合、退院そのものが許可されない。大規模病院の中には、チャイルドシートの販売および取り付けまで行うところもある。

 日本でも前述のとおり「子育てタクシー」のサービスを提供している事業者があるので、退院時にはぜひそのようなサービスを利用していただきたいが、自治体や医療機関も、出産前の段階でチャイルドシートに関する指導を徹底する必要がある。

5 タクシー、園バスのチャイルドシート使用の義務化

 タクシーや園バスでも事故は起こる。道路交通法を改正し、タクシーや園バスにおけるチャイルドシート使用の義務化も検討を始めるべきである。

 現在、Safe Kids Japanでは、タクシー事業者やチャイルドシートメーカー等と共に、「タクシーにもチャイルドシートを取り付けよう」という活動を展開している。東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までに、東京を走るハイヤー・タクシーの一部をチャイルドシート対応車とし、予約時に子どもの身長・体重を伝えれば、子どもに合ったチャイルドシートを装着した車両が迎えに来るという仕組みを拡大したいと考え活動しているが、実際に取り組んでみると、さまざまな課題があり、なかなか前に進まない。しかし、なんとか2020年に間に合わせるべく、いろいろな人や団体の力を借りながら取り組んでいるところである。

6 レンタルシステムの確立

 いつでも、日本中どこでも、チャイルドシートをレンタルできるシステムの確立が必要である。現在、レンタカーにおいてはチャイルドシートのレンタルが可能になっているケースが多い。都市部を中心に急増しているいわゆる「ライドシェア」利用時にも、適切なチャイルドシートを利用できる仕組みづくりが急務である。

7 チャイルドシート取り付け状況の改善

 いろいろな自動車があり、チャイルドシートにもいろいろな種類があるので、チャイルドシートを自動車に確実に取り付けることは難しい。それを解決するのがISO-FIX(アイソフィックス)である。これは、自動車側にアンカーという取り付け器具を付け、そこにチャイルドシート側の取り付け器具をはめ込むシステムで、誰でも、カチッとはめるだけで装着できる。2012年7月以降に発売されたすべての自動車にアンカーが取り付けられている。このシステムが行きわたれば、取り付けの問題はかなり軽減されるだろう。

おわりに

 子どもが事故に遭うのを予防したり、事故が起こったときの傷害を軽減するための器具や装置が存在している。それを使用しないのは、子どもへの虐待であるという指摘もある。一旦、子どもに重度の傷害が発生すれば、子ども本人だけでなく、保護者や周囲も生涯にわたって苦しむことになる。予防とは、「ひょっとしたら起こるかもしれない」と思うことであり、「起こった場合に、傷害を軽減できる器具や装置を必ず使用すること」なのである。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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