Yahoo!ニュース

「今日から帰省!」のその前に ~ 知っておいてほしい 帰省時に起こりやすい子どもの事故 ~

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 今日あたりから年末年始の休暇に入る人も多いのではないだろうか。高速道路や空港が混雑するのも今日、明日がピークという。幼い子どもを連れて故郷に帰る人も多いだろう。故郷の両親や友人に子ども達の成長した姿を見せるのは楽しみであろうし、待っている祖父母にとっても大きな喜びだ。

 

 そんな年末年始の楽しみである帰省。その帰省に、子どもを取り巻く思わぬ危険が潜んでいることをご存じだろうか。Safe Kids Japanでも「冬休みを楽しく安全に」としてこの時期に起こりやすい事故とその予防策について簡単にまとめている。ぜひ参照されたい。

1.移動中の事故による傷害

 幼い子どもを連れて長い距離を移動する場合、通常よりも大きな危険を伴う可能性がある。ここでは主に乳幼児を連れた帰省の、自動車と航空機に関する起こりやすい事故とその予防策を述べてみたい。

◆自家用車

 自動車乗車中の事故を予防するためにもっとも有効なのは、

1.適切なサイズのチャイルドシートを、

2.自動車のエアバッグの影響がおよばない後部座席にしっかりと固定し、

3.そのチャイルドシートに正しく子どもを座らせること

である。現時点ではこれ以上の予防策はないと言ってよい。普段乗り慣れている自家用車であってもこの3点が十分に守られているとは言えないが、帰省時はさらに問題が大きくなる。乗車する距離が長くなることや、高速運転をする可能性が高くなることに加え、タクシーやレンタカー、実家の両親が運転する自動車など、「自家用車以外のクルマ」に乗るケースが増えるからだ。

 12月21日に配信された朝日新聞デジタルの記事では、産業技術総合研究所研究員の北村 光司氏(Safe Kids Japan理事)が行った調査について触れ、「迎えにきた義理の両親の車にチャイルドシートがない」状況で、その車に乗るのを「必ず断れる」と答えたのは約21%にとどまった、と伝えている。せっかく駅や空港まで迎えに来てくれた義理の両親のクルマにチャイルドシートがないからと言って「乗れません」「乗りません」とは言えない、というわけだ。しかし、誰のクルマであっても、事故による傷害を完全に防ぐことはできない。チャイルドシートがないクルマには「乗らない」ことが、子どもを傷害から守ることになる。乗車を断ることは祖父母の運転を信用しないことでもなければ、せっかくの「抱っこ」の機会を奪うことでもない。繰り返しになるが、現時点ではチャイルドシートに正しく座らせること以外に自動車乗車中の子どもを守る術がないので、それ以外の選択肢はないのである。

 ではどうすればよいのか。解決策がないわけではない。実家の両親のクルマにも、適切なサイズのチャイルドシートを、子どもの人数分取り付けておいてもらうことだ。これがもっとも有効な予防策となる。使用頻度が低いチャイルドシートの購入が難しい場合は、自治体や交通安全協会等でもチャイルドシートのレンタルを行っているので、実家のある市町村の状況を事前に調べておくとよいだろう。上記朝日新聞デジタルの記事にも民間の事業者によるチャイルドシートのレンタルについても書かれているので、参照されたい。

◆タクシー

 さて、祖父母のクルマに「乗れません」と断ったら、実家への移動手段をどう確保すればよいのか。一般的には列車やバス、タクシーといった公共交通が選択肢として挙がるだろう。ここでは乳幼児を連れた人が利用することの多い「タクシー」について考えてみたい。

 道路交通法施行令第26条の3の2第3項第6号によると、「一般旅客自動車運送事業の用に供される自動車とは、いわゆる路線バス、貸切バス、タクシー・ハイヤーのこと。これらの事業者は、旅客の運送を引受義務があること、どのような体格の幼児を何人運送することを申し込まれるか予想できないことから使用義務を免除。」とある。確かに路線バスでは乗客像の予測はできないので、この措置もいたしかたないかもしれない。しかし貸切バス(長距離バス)や、特にタクシーではどうだろうか?町を走っているいわゆる「流し」のタクシーは路線バス同様、乗客像の予測は困難だが、無線やアプリで予約をするハイヤーであれば少なくとも乗客数は把握ができるし、乗客像についても把握ができるはずだ。

 タクシー会社によっては「子育て応援タクシー」「キッズタクシー」などと銘打って、予約時に申し込めば子どもの身長・体重に合ったチャイルドシートを設置した上でタクシーが迎えに来てくれるサービスを提供している。一般社団法人 全国子育てタクシー協会では、全国の「子育てタクシー」が検索できるサービスを実施している。サービス対象外の地域もあるが、一度参照されたい。

◆航空機

 実家が遠方という人は、航空機を利用することもあるだろう。一般的に国内線では子どもは「幼児」と「小児」に分けられ、「幼児」は生後8日~2歳まで、「小児」は3歳~11歳を指す場合が多い。幼児は大人1人につき1人まで無料で搭乗することができるが、大人と同じ座席を利用するのが原則だ。保護者の膝の上に抱く、という形が多いだろう。ただ、いざという時それでは子どもの安全を確保できない。日本航空のウェブサイトによると、チャイルドシートの持ち込みが可能で(一定の条件あり)、機内レンタルも用意されている。航空券が必要になるが、チャイルドシートに座ることによって子どもの身体を座席に固定することができるので、安全性は飛躍的に向上する。

 国交省は、今年2月14日に「離着陸時等の安全バンドの装着及びチャイルドシートの使用に関する要件等について」という通達の中で、「飛行機の地上移動、離陸及び着陸の間、搭乗している各人が、承認された座席又は寝台を占め、その人を適切に保持するための安全バンドを装着するようにしなければならない。」としているが、「2才未満(国内線については3才未満。)の幼児について、座席又は寝台を占めている大人に抱かれている場合」については「その限りではない」としている。

 一方、航空機移動の多いアメリカではどうだろうか。アメリカではCRS(Child Restraint System=上記「一定の条件付きチャイルドシート」に該当)という、自動車にも航空機にも共通して使用できるチャイルドシートが、航空機利用の機会が多い人を中心によく使われている。アメリカの空港で、子どもを乗せた自動車用チャイルドシートを手に持って歩いている人を見かけることがあるが、それがこのCRSだ。自宅からクルマで空港に行くことの多いアメリカ人のライフスタイルに適しているのだろう。FAAアメリカ連邦航空局はそのウェブサイトで、「航空機の中で子どもがもっとも安全なのはあなたの膝の上ではなく、CRSです。」「あなたの腕は、予期せぬ乱気流の中で、お子さんをしっかりと抱くことはできません。」と明言し、CRSの取り付け方も動画で説明している。日本でももっと積極的にCRSの普及を図るべきではないだろうか。

 しかし、CRSを利用するためには小児運賃を支払う必要が生じるため、費用がかかる。自家用車利用以外の人にとっては、チャイルドシートをどうやって運ぶのか、といった課題もある。しかし、幼い子どもを連れて航空機に乗る機会は一年のうち数回程度、という人が多いのではないか。貴重な機会だからこそ、コストはかかっても、ぜひ安全に搭乗してほしい。

2.実家に潜む危険

 さて、数々の困難を乗り越えて無事実家に到着する。ほっとしたいところだが、実はその実家にも危険が潜んでいる。一般的な予防策については12月28日にNHK NEWS WEBから「乳幼児と帰省 どんな事故に注意」という記事が配信されており、私も発言しているのでそちらを参照していただきたいが、ここでは数は多くないものの、重症化する可能性のある「ペットによる傷害」について少し触れておきたい。

イヌにかまれた!

 今年3月、東京都で10か月になる女児が母親の実家でペットのイヌに頭をかまれ、死亡した。10年ほど前には4か月の男児が、やはり母親の実家でペットのイヌに外陰部をかまれ重傷を負うという事故が発生している。これらはいずれも年末年始の帰省ではないが、共通しているのは「実家のペットによる傷害」という点だ。今や「子どものいる家庭の数よりペットを飼う家庭の数の方が多い」と言われる時代。帰省先にペットがいる、という可能性は十分にあるだろう。

 一般的に、イヌやネコなどの動物は普段一緒に生活している人間にはよくなつき、良好な関係を築くので、突然噛みつかれたり、引っかかれたりする、ということは滅多にないが、たまにやってくる子どもは別。イヌやネコにとっては好奇心の対象であり、場合によっては「招かれざる客」となる。突然、後ろから尻尾を引っ張ったり、動物が食べているときに手を出せば咬みつかれる。普段は家の中で放し飼いにしているイヌやネコであっても、幼い子どもが滞在している間は特別な配慮が必要だ。床や畳の上に乳児を寝かせておくと、犬が咬みつくことがあるので、乳児はベッドで寝かせるのがよい。以前あるメディアの取材に対し、「イヌには口輪を」と話したら、「そんなことできない」「かわいそうだ!」と非難が殺到した、と聞いた。口輪がかわいそうなら、ケージに入れる、一つの部屋に入れて出さない、などの対策を取ってほしい。

 以上、帰省に関する危険について書いてみた。この年末年始に帰省や旅行をするみなさんに読んでいただき、ひとつでも実際の行動に生かしていただければ幸いである。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

山中龍宏の最近の記事