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コロナ「緊急事態宣言」発令、2日後に何が変わるか

山田健太専修大学ジャーナリズム学科教授
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 4月6日夜、首相は、改正新型コロナウイルス等対策特別措置法(新型コロナ特措法)に基づく「緊急事態宣言」の発出(発動・発令)の方針を言明した。法改正時に約束した、専門家からの意見聴取のうえ、国会に事前報告し、7日中に発動するとのことだ。同7日7時をめどに、4回目になる記者会見を実施し、国民向けメッセージを発表する予定だ。

 ポイントは、首相がこれまでと異なる言葉で、共感力を持ったいかに強いメッセージを発するかと、それを受けた各都道府県知事(とりわけ小池東京都知事)が、どこまで踏み込んだ具体的な要請を行うことができるかだろう。「外出自粛」によって土日の人出が2割程度減っているといっても、その倍以上の人出が平日はある。企業にどこまで休業もしくは徹底した在宅勤務を要請するのかが、宣言を出すことの意味ということになるのだろう。

 一方で、すでに別記事でも触れているように、多くの憲法上の大切な自由や権利を、一時的に政府の手に渡すのが、今回の宣言のもう一つの意味だ。そうした「覚悟」を政府の側も、そして私たち自身も持つことが求められる。万が一返ってこなかったら、あるいは削減して戻ってきたら大変なことだからだ。さらに少し先のことを言えば、私たち一人ひとりが手放すことに慣れてしまっても困る。その意味では、命を守るだけではなく、自由をも守る闘いが始まったということになる。

★これから48時間の想定

 今後想定される、宣言発令までの流れは以下のとおりである。すでに、法に基づく手続きは終わっており、政府対策本部(=官邸)の政治判断(=自由意思)で発令が可能であるが、国会における附帯決議で、諮問委員会への意見聴取、国会への事前報告、が予定されている。

 また、厳密に考えるならば、事態の発生の確認や、実施期間・対象の策定については、同宣言の根幹をなすものであって、これらは対策本部に白紙委任されているのではなく、改めて「基本的対処方針」の策定手続に則って手続きを踏むことが期待されている。専門家会議の科学的・専門的な報告などの根拠がないまま、政府の政治的判断に委ねるのは、法の趣旨に反するからだ。

緊急事態宣言要件に該当する事態の発生を確認(法32条)

・国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがある

・全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがある

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事項の確認(法32条)

・新型インフルエンザ等緊急事態措置を実施すべき期間

  1か月程度、と6日時点で表明

・新型インフルエンザ等緊急事態措置を実施すべき区域

  東京・大阪・神奈川・千葉・埼玉・兵庫・福岡の7都府県、と6日時点で表明

・新型インフルエンザ等緊急事態の概要

  経済パッケージも併せて公表

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基本的対処方針等諮問委員会に意見聴取

・国会附帯決議に基づくもので省略可能

・基本的対処方針の見直しが予定

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国会(衆参両院の議院運営委員会)に出席し事前報告

・国会付帯決議に基づくもので省略可能

・首相の出席による質疑応答は、1975年10月以来

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緊急事態宣言の発令・公示(法32条)

・2年を越えてはならない(法32条)

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予防接種の実施(法46条)

・公務員等への予防接種の強制

都道府県の知事が具体的な協力要請を発令(法45条・47条以下)

・外出自粛の要請

・学校の休校の要請・指示

・使用制限の要請・指示

・土地・建物や医薬品等の収用 など

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国会への事後報告(法32条)

 対象と期間を定めることが決まっており、当面は「4週間」「東京・大阪」などの大都市圏が予定されている、ただし、変更(追加・延長)・解除は自由に政府が決定できる。その時ごとに、事前に専門家への諮問や国会報告等を行うかは不透明だ。今回の事前報告もあくまで附帯決議に基づくもので、法的拘束力はないからだ。

 また、具体的な行動制限等は、各都道府県の知事が行うことになり、例えば東京都の場合は、これまでの「自粛要請」等を、改めて法に基づいて行うことになる。また学校の休校要請なども、一段の強い拘束力を有することになり、原則、すべての学校が従う可能性が高まる。施設の収容も可能だが、軽症者のホテル活用などは、そうした強制力を伴わないものになるとみられている。

 イメージとしては、現在まだ福島県下に継続発動されている、原子力特措法(原子力災害対策特別措置法)に基づく緊急事態宣言下の「勧告・要請」に近いものだ。同法の場合は警戒地区指定されると強制力が付与されるが、それ以前の避難勧告に対しても、ほとんどの住民が従ったという実績がある。

★発令準備の経緯

 時間を2週間遡り、法制定以降の手続きを確認しておこう。

 3月26日、政府は新型コロナ特措法に基づき、「政府対策本部」を設置した(特措法15条)。これにより、各都道府県においても「都道府県対策本部」が直ちに設置されることになった。同本部は、専門家会議からの報告を受け、25日に持ち回り閣議によって設置を決定したものだ。

 同26日開催の新型コロナウイルス感染症対策本部において首相は、「専門家会議にも諮った上で、新型コロナ特措法に基づき、新型コロナウイルス感染症の蔓延の恐れが高い旨の報告が行われました」と発言している(首相官邸ウエブサイトから)。なお、これまでの対策本部と、新しく設置された法に基づく対策本部は、一本化されることになった。

 この2つ、すなわち本部の設置と蔓延の確認の意味するところは、法が定める「緊急事態宣言」発令の条件がほぼそろい、あとは政治判断の段階に入ったということである。そして発令に向けての次の具体的ステップである「基本的対処方針」についても、翌27日に法に基づく「諮問委員会」が開催され、政府原案をもとに議論がなされ、28日に直ちに策定された。これによって、法律上の手続きがすべて整うことになった

 なお、発生当初の「新型インフルエンザ等対策閣僚会議」と、その下での「新型インフルエンザ等対策有識者会議」 は、対策本部とそのもとでの専門家会議によって代替されている。

 ここまでの流れと今後の展開予想を、特措法の規定に沿ってまとめると、以下のようになる。なお、「基本的対処方針」の策定は、同特措法が制定された2009年においても同年10月1日に決定・公表されている 。また、同法の制定に至る議論の経緯と、今回の改正に伴う附帯決議は以下のリンク先から確認ができる。

・2009年法制定当時の制度検討等の経緯

・2020年改正時の附帯決議 衆議院内閣委員会(2020年3月11日)、参議院内閣委員会(2020年3月13日)

 同附帯決議では、「特に緊急の必要がありやむを得ない場合を除き、国会へその旨及び必要な事項について事前に報告すること」を明記するとともに、「国民の自由と権利の制限は必要最小限のものとすること」、「報道・論評の自立を保障し、言論その他表現の自由が確保されるよう特段の配慮を行うこと」(参のみ)などを求めた。

 ただし、法制定をめぐる審議が十分であったかどうかについては疑問が残る。そもそも、もとになる法の制定時には、当時の野党である自民党が実質審議に参加せず、採決でも欠席したこともあって、審議時間はわずかに9時間というスピード審議であった。そして今回の改正時の審議も、両院ともにわずか3時間弱という超スピード審議であった。これほどの私権制限と政府への権限移譲が予定されている緊急事態法制にしては、チェック機関としての国会の役割が十分発揮されたとはいえないのではなかろうか。

 なお、特措法自体が有する法的課題については、以下の記事を参照いただきたい。

・特措法の負の側面については、「緊急事態宣言がむしろ社会の崩壊を招く。宣言発動をしてはいけない5つの理由、新型コロナ特措法の光と影。

・表現の自由全般については、「情報統制が不安を増幅させる~なぜいま、緊急事態対処法がダメなのか

・とりわけ報道の自由に関しては、「改正特措法は報道規制の道具になりうる~緊急事態対処法である新型コロナ特措法の大きな罠

・法適用の前提条件が欠如している点については、「先手でも後手でもない「禁じ手」~なぜいま、緊急事態対処法がダメなのか

★法制定の経緯

 すでに1月以降、新型コロナウイルスの政府対応は継続的になされているわけであるが、以下では、特措法に則った手続きが開始された段階からの動きを追ってみた。首相は「国難ともいえる状況」と、強い表現で<緊急事態>であることをアピールしてきた。

閣議で新型インフルエンザ等対策本部(政府対策本部)の設置を決定(法15条)3/25

・政府は地方自治法の例外として、政府現地対策本部(新型インフルエンザ等現地対策本部)を設置可能(法16条)

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新型コロナウイルス感染症対策専門家会議で大臣報告案を了承(法6条)3/26

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厚生労働大臣が総理大臣に「蔓延の恐れが高いと認められる」と報告(法14条=法附則1条の2による読み替え)3/26

 ↓

第23回新型コロナウイルス感染症対策本部での報告 3/26

 ↓

政府対策本部の設置(法15条) 3/26

 ↓

政府対策本部が設置されると、各都道府県でも同じく対策本部(都道府県対策本部)を設置(法22条)3/26~

 ↓

新型インフルエンザ等対策の実施に関する計画(政府行動計画)に基づき、「新型インフルエンザ等への基本的な対処の方針」(基本的対処方針)の策定を指示(法18条)3/26

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基本的対処方針等諮問委員会に諮問(法18条)3/27

・緊急を要する場合で、あらかじめ、その意見を聴くいとまがないときは、この限りでない

そのなかで緊急事態宣言の条件を検討

 ↓

政府対策本部で基本的対処方針を決定(法18条)3/28

・クラスター封じ込め

・重症者の発生最小化

・軽症者の自宅療養

・マスク等の国産化の検討 など

(原案にあった使用制限・指示期間の<21日程度>は最終案では盛り込まれなかった)

 ↓

方針を直ちに公示して周知(法18条)

 ここまでが、3月28日段階の状況であり、この続きが冒頭の手順だ。

 巷間では、海外の厳しい都市封鎖の状況と比較して、日本では罰則等の強制力がないので徹底されるかどうか疑問、あるいはこれを機にさらに強力な緊急事態法制を整備すべき、という声が強くなっている。しかし実際は、

・法に基づいた「要請」

・従わなかった場合の「指示」

・条件を定めた「収用」

は、ほぼ強制力に近いものだ。

 これは日本社会の特性に合わせた法体系であって、少なくとも企業・組織については政府の意向に反してまで、「通常通り」の経済活動や行動を持続させることは、これまでの行動様式からして想像しえない。それがあるなら、今日の「忖度」社会は生まれない。だからこそ、冒頭に書いたような「行き過ぎ」が心配されることになる。社会全体が「前のめり」になったときこそ、一呼吸置くことが求められる。特措法という強力なエンジンを積み、宣言というアクセルを目一杯踏んだいま、高性能なブレーキがないと車は止まらない。

 (本稿の一部は、3月28日の記事を基にしています)

専修大学ジャーナリズム学科教授

専修大学ジャーナリズム学科教授、専門は言論法、ジャーナリズム研究。日本ペンクラブ副会長のほか、放送批評懇談会、自由人権協会、情報公開クリアリングハウスの各理事、世田谷区情報公開・個人情報保護審議会会長などを務める。新刊に『「くうき」が僕らを呑みこむ前に』のほか、『法とジャーナリズム 第4版』『ジャーナリズムの倫理』『愚かな風~忖度時代の政権とメディア』『沖縄報道』『放送法と権力』『見張塔からずっと~政権とメディアの8年』『言論の自由~拡大するメディアと縮むジャーナリズム』『ジャーナリズムの行方』『3・11とメディア』『現代ジャーナリズム事典』(監修)など。東京新聞、琉球新報にコラムを連載中。

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