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失敗とわかっていても突き進む大阪万博は現代の「インパール作戦」なのか?

山田順作家、ジャーナリスト
2025年大阪・関西万博 ガンダムパビリオン構想を発表する吉村知事(写真:つのだよしお/アフロ)

■「日本への信頼」を損なうのはどちらか?

 そもそもこの時代に万博をやろうというのが、とんだ時代錯誤であり、まったくの無意味。経済効果もありえない。私は万博招致が始まったときから、そう批判してきたが、最近の迷走ぶりを見ていると、潔く延期するか、中止するべきだと切に願う。

 しかし、この国のトップ、岸田文雄首相の考えは違うようだ。なんと「成功に向けて(私が)政府の先頭に立って取り組む」「オールジャパンで一丸となって取り組む」と、8月31日に宣言してしまった。

 これは、大阪の吉村洋文知事に泣きつかれたこともあるが、万博そのものの主催者は、都市ではなく国だからだ。

 とはいえ、パリに本部を置く「博覧会国際事務局」(BIE)に掛け合って、加盟国の賛同を得たうえで違約金を払えば、延期なり中止なりは可能だ。

 しかし、岸田首相は、メンツ、体裁のほうを取った。

 出来損ないの急造万博を無理やり開催するほうが、どれほど日本への信頼を損なうか、首相にはわからないようだ。また、できる限り早い時点で中止するなり延期するなりしたほうが、経済的損出も少なく済む。

■まだ1館も着工されていない海外パビリオン

 岸田首相の「開催宣言」により、ホッとしたのが日本維新の会だろう。もちろん、大迷惑なのは国民だ。当初の1250億円から約2倍に増えた開催費用の2300億円への税金投入は決まったも同然となったからだ。

 もちろん、費用はさらに膨らむのは間違いない。

 なにしろ、建設が始まったのは、日本館と大阪府・市のパビリオン、日本が参加国に提供する「タイプB」と「タイプC」、そしてパビリオン会場を円形で取り囲む「リング」だけ。海外の参加国が独自で建設する「タイプA」は、まだ1館たりとも始まっていない。

 7月末時点で、基本計画書を出した国はたった7カ国。そのなかからチェコが9月19日、同22日にモナコが仮設建築物許可申請書を大阪市に提出。このうちチェコに対して大阪市は、10月2日に申請を許可したと発表した。

 よって、今後は建築確認申請が行なわれ、これが許可されれば着工という段取りになる。

■「タイプX」という苦肉の策も通用せず

 協会によると、今回の万博には153の国・地域が参加を予定しているという。これらの国・地域は、次の3パターンにより、“万博の華”とされるパビリオンを建てることになっている。

(タイプA)各国・地域が費用負担をして独自に建てるもの。56の国・地域が計画していると発表されている。

(タイプB)万博協会が建てた施設を国・地域ごとに借り受けるもの。

(タイプC)万博協会が建てた施設の一部を国・地域が共同でシェアするもの。タウンハウス形式。

 前記したように、「タイプA」の建設は、さまざまな理由から大幅に遅れている。そのため、8月半ばに協会は、協会自体が建設を代行するプレハブの「タイプX」を参加国に提案した。日本側が業者を連れてきて、なんとか建てますから参加してくださいというのだ。「タイプA」参加国のうち、建築業者を確保できているのは半数に満たないというから、これはまさに苦肉の策だった。

■「タイプA」から「タイプC」移行の大転換

 「タイプA」から「タイプX」に移行すれば、独自のパビリオンはできないが、日本側が全部お膳立てしてくれる。プレハブと言っても、「プレハブ工法」で建てるというもので、工事現場にあるような即席ハウスではない。

 ならばそれでいいという国・地域が出てくるだろうと、協会は考えた。ところが、打診してきた希望国は、現時点で10カ国にも達していないという。

 さらに悲惨なのは、「タイプA」を止めて、「タイプX」ではなく「タイプC」へ移行した国が出たことだ。協会は、「タイプC」はスペースに比較的余裕があるので、「タイプA」参加国の移行を認めることにしたのである。

 そうしたら、さっそくスロベニアが「タイプC」に移行すると表明した。

 「タイプA」から「タイプC」への移行というのは、家を建てるのを止めてマンションの一部屋を借りるというくらいの大転換である。日本側が建ててくれるという「タイプX」ですら選ばないのである。

■「空き地」だらけの万博に誰が行くのか?

 こうなると、想像できるのは、今後も「タイプC」移行国が続出するのではないかということ。となると、「タイプA」パビリオンがどれくらい建つのか、まったくわからなくなる。

 もし、計画されている「タイプA」パビリオンのうち、半数ほどしか建たなかったらどうなるだろうか?

 巨大な円形リングの内側の敷地が、空き地だらけになってしまう。協会は、「パビリオンが建たない場合は、その敷地を来場者向けの休憩所にしたり、緑を植えたりなどの活用法も検討する」としているが、こんな万博に誰が行くのだろうか?

■現代の「インパール作戦」「本土決戦」か?

 このように、どう見ても失敗するのがわかっている大阪万博を、最近は「現代のインパール作戦」と言うようになった。無謀でデタラメな作戦を立案し、それを強行した日本軍は、案の定、飢えと疾病で兵士たちを次々に失い、撤退路に死体の山を築いた。大阪万博も強行すれば、「白骨街道」ができるのは間違いないと言うのだ。

 それにしても、なぜ、日本政府は同じ過ちを繰り返すのだろうか? 私は、「インパール作戦」より、「本土決戦」に近いと思っている。

 すでに負けがわかっているのに、この国の上層部は「本土決戦」と叫んで、竹槍しかないのに最後まで戦おうとした。国土が焦土と化し、大勢の命が失われる。それがわかっているのに、なぜ、もっと早く降伏しなかったのだろうか?

■経済対策はなぜことごとく失敗したのか?

 日本政府は、1度決めてしまったことは絶対に止めない。その結果、「日本病」はどんどん進行し、日本は先進国から転落した。

「日本病」とは、かつての「英国病」と同じく、経済が長期停滞することを言う。

 バブル崩壊以後、歴代政権は、数十回は「経済対策」を打ってきたが、アベノミクスを含めすべて失敗した。なぜなら、どの対策もみなほぼ同じだったからだ。

 国債を発行して政府債務を増やし、増税を繰り返し、そのカネを業界中心にばらまく。これを経済対策と言っているのだから、「日本病」が治るわけがない。

■安倍元首相を口説いたという「おちょこ事件」

 それにしても、このとんでもない時代錯誤の万博は、なぜ決まったのか?

 松井一郎氏は、自身の著書『政治家の喧嘩力』で、《総理にお酒を注ぎながら、一生懸命、持論を展開した》ことで、大阪万博が動き出したと述べている。

《すると安倍総理は、「それは挑戦しがいのある課題だよね」とおっしゃって、隣の菅官房長官に、声をかけられた。「菅ちゃん、ちょっとまとめてよ」 この一言で大阪万博が動き出した。すぐに菅官房長官は経産省に大阪府に協力するよう指示してくださった。》

 この安倍元首相との酒席にいたのは、松井氏と橋下徹氏と、当時、大阪市長に就任したばかりの吉村氏。この維新トリオは、この内幕話を「おちょこ事件」と表現し、これまで何度か披露してきている。

 しかし、万博の建設遅れが指摘されるようになってからは、一切口にしなくなった。

■なぜ岸田首相は維新の窮地を救ったのか?

 それにしても、岸田首相はなぜ、矢面に立って万博をやることを宣言したのだろうか?

 すでに、「おちょこ事件」の当事者の松井氏は「引退」し、自ら泥をかぶるのを巧みに回避した。また、橋下氏も政界から離れ、万博の惨状が明らかになるにつれて、一切発言しなくなった。

 維新でいま矢面に立っているのは、馬場伸幸代表だが、なんと党会合の席で「大阪の責任とかそういうことではない」と国に責任を転嫁してしまった。

 さらに、「いますぐ止めるべきだ」という共産党に、地価鑑定問題やメール隠蔽疑惑を追及されると、「(共産党は)なくなればいい」とまで言い放った。

 もう一人、矢面に立たされた吉村知事は、岸田首相に泣きついて、オールジャパン宣言をしてもらい、ほっと一息ついている。

 となると、岸田首相は、窮地に陥った維新を助けたことになる。なぜ、そんなことをしたのだろうか? それとも、万博が失敗するのを見越して、維新に恥をかかせようと、引き受けたのだろうか? 万博が失敗すれば、維新の選挙での力は大きく衰えるからだ。

 しかし、岸田首相にそんな深謀があるとは思えない。

■大失敗に終わっても誰も責任を取らない

 まだ、2025年4月13日の万博の開幕まで、約1年半がある。万博は184日間開かれ、10月13日に閉幕する。それまでは、失敗は確定しないから、責任を問う声は大きくはならないだろう。

 ただし、失敗が確定したとしても、日本というシステムのなかでは、誰も責任を取らない。壮大な税金の無駄遣いと日本の国際的な地位の低下を招くにもかかわらず、維新の面々はもとより、岸田首相以下政権幹部もみな逃げ切ってしまうだろう。

 万博の失敗確定を待たずに、岸田首相は総選挙をやって、自ら首相の座を降りてしまうという“奥の手”もある。

東京五輪の失敗の責任を誰が取ったというのだろうか? コロナ禍だったので仕方ないで、莫大な税金の浪費は見逃されたのではないか。

 それ以前に、日本の国会は、過去の失敗を調査して未来への教訓とする「調査委員会」なるものをつくろうとしない。議会には行政を監視する役割があるのに、自民党の一党支配が続いたため、この役割はうやむやにされてしまった。英米の議会とは雲泥の差である。

■日本人自身の手で「戦犯」を裁くべきだった

 日本の政治システムは、もともと責任を取らないシステムである。戦前からずっとそうである。インパール作戦を指揮した第15軍司令官・牟田口廉也は、その後、陸軍予科士官学校長に“栄転”している。東京裁判でも裁かれなかった。ただし、これは当然のことで、東京裁判は日本の「連合国に対する罪」を裁くものだったからだ。

 東京裁判があったために、「戦犯」は裁かれたと誤解している人も多いと思うが、本来なら、日本の指導層が犯した「日本国民に対する罪」は、日本人自らが裁かねばならなかった。

 民主国家になったのだから、日本政府は、国会内に責任追及のための調査委員会をつくり、独自に戦争犯罪を裁くべきだった。戦前の指導層は、無用な戦争と誤った作戦により、多くの若者の貴重な命を奪い、戦争をいたずらに長引かせたのである。これを追及しないほうがおかしい。

 しかし、この当然のことをしなかったため、日本の無責任システムは、日本社会の病気としていまも続いている。

■道頓堀に飛び込んだ若者もいた招致決定の夜

 開催が決定した5年前、2018年11月23日の夜、道頓堀のビルの壁の大型ビジョンには、BIE総会のライブ映像が映し出された。投票結果が発表されると、くす玉が割られ、「オオサカ! オオサカ!」の大コールが沸き起こった、道頓堀に飛び込んだ若者もいた。

 しかし、大阪のライバルは、エカテリンブルク(ロシア)、バクー(アゼルバイジャン)だけだった。先進国の多くは、もはや万博が「オワコン」であると自覚していたからだ。

 それなのに、万博を招致した人々は、これを自覚できなかった。日本が衰退し、先進国から転落していることを信じようとしなかった。

 彼らは、大阪で万博をやれば低迷する日本経済が復活すると信じ込み、万博とIR誘致で「夢洲」(ゆめしま)が国際観光の拠点となって、大阪の国際的な地名度が上がると訴えた。

■万博失敗ならIRも撤退でツケは府民・市民に

 こんな時代錯誤の「夢物語」に踊らされてきた大阪府民・市民は、今後、万博による莫大なツケを払わされる。万博ばかりではない、万博が失敗すればIRも撤退するので、そのツケも回ってくる。「夢洲」は「悪夢の島」となるだろう。

 9月28日、大阪府は、IRの運営事業者となる米MGMを中心とした事業体と、開業の具体的な計画を定めた実施協定を締結した。しかし、この実施協定では、事業者側が儲からないと判断すれば簡単に契約を破棄でき、2026年9月末までは違約金も発生しない。

 いまどき、中国からの「ハイローラー」が来なければ、カジノの売り上げなどたかが知れている。なのに、大阪カジノはハイローラーを呼び込む「ジャンケット」の営業を禁止している。

 実施協定を締結後に、吉村知事はこう言った。

「大阪のベイエリアで、世界最高水準のIRを実現したい。その一歩に向けて今日は極めて重要な日だ」

 いったいいつまで、夢物語を言い続けるのだろうか? いい加減にしないと、大阪、いやこの国から逃げる人間が続出するだろう。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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