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最大の争点が移民問題になった米大統領選。トランプ断然有利(ほぼトラ)とされるが、大波乱の可能性も!

山田順作家、ジャーナリスト
移民政策を徹底して争点にするトランプ前大統領(写真:ロイター/アフロ)

■NYが「ゴッサムシティ」だった1980年代

「夜、地下鉄に乗ってはダメ。地下道も歩いてはダメです。映画館、ディスコも行かないほうがいい。そう、フォーティセカンド(42th)には、絶対行かないでください」

 1980年代、ニューヨーク(NY)に行くと、あれこれ手配してくれた現地代理店の人間から必ずこう言われたものだ。当時のNYは、バットマン映画に描かれたような「Gotham City」(ゴッサムシティ:悪徳の街)で、どこに行っても悪の香りが立ちこめていた。

 フォーティセカンド界隈にはポルノショップが軒を連ね、フッカー(売春婦)がたむろしていた。映画館に入れば、マリファナの匂いがたちこめ、コケインで完全に出来上がっている人間もいた。

 まだ20代後半だった私は、代理店の人間の言うことを無視して、そういうところに、NY在住の友人とむしろ積極的に出かけた。ジェイ・マキナニー(Jay McInerne)の小説『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』(Bright Lights, Big City)にはまっていたから、そういうNY生活に浸りたかった。

 ワシントンスクエアを歩けば、売人が声をかけてきた。その近所の人気ディスコ「パラディウム」(Palladium:現在はニューヨーク大学の寮になっている)に行けば、麻薬と酒でラリった人間たちが踊り狂っていた。

 地下鉄は、どの車両も落書きで埋め尽くされ、物乞いとホームレスがホームや車内をさまよっていた。

■バイデン政権になって不法移民が急増

 1980年代といえば、もう半世紀近く前になるが、いまその昔が蘇っている。最近のNYは、犯罪が多発し、毎日のように、強盗事件、暴行事件が起こり、殺人事件まで多発している。

 それもこれも、街に「不法移民」が増えすぎたからである。

 2023年の1年間だけで、アメリカに不法に入国してきた移民は250万人を超えるという。人口100万人を超える大都市が2つもできてしまうという、ものすごい数だ。

 メキシコから南部国境を越えた彼らは、テキサスなど南部のレッドステイト(共和党州)から、ブルーステイト(民主党州)のNYやロサンゼルス、シカゴ、ボストンなどの「サンクチュアリ・シティ」(Sanctuary City、聖域都市)に、バスに乗せられて運ばれてくる。

「聖域都市」では、彼らを保護せざるをえない。なにしろ、「不法入国だろうと人権は尊重しなければならない」というのが、民主党左派の主張だからだ。

 そのため、NYでは、移民用シェルター、仮設テントなどの収容施設を大量につくり、さらに民間のホテルまで借り上げて移民の収容施設にしてきた。

■「新規制」「国境の壁」建設の再開も効果なし

 不法移民は、バイデン政権になって急増した。トランプとうって変わって、移民寛容政策を取ったからだ。コロナ禍の渦中に成立した公衆衛生法の「タイトル42」(連邦規則第42編:事実上の移民排除法)が、昨年5月に失効した影響も大きい。

「タイトル42」が失効したとはいえ、バイデン政権が新たに設けた規制は、アメリカ国境通過前に通過した国(主にメキシコを指す)に不法入国した履歴がある人間は受け入れないというものだった。

 しかし、そんなことはお構いなしに移民は殺到した。

 業を煮やしたバイデン政権は、昨年10月、トランプの看板政策だった「国境の壁」建設の再開を表明した。しかし、これもほとんど効果を上げていない。

「NYタイムズ」の記事によると昨年春から12月までにNYに送られてきた移民は、なんと15万1000人。1カ月に約2万人も増え続けている。

■「万引き天国」が移民の犯罪に拍車をかける

 アメリカ国内に入った不法移民は、ほとんどが亡命を申請する。亡命なのか難民なのかは、その人間が申請をした時点で、どこにいるかによって決まる。申請時にアメリカ国外にいる場合は「難民」認定の申請となり、入国している場合は「亡命者保護」認定の申請となる。

 どちらの場合だろうと、当局は保護しなければならないことになっている。

 難民申請、亡命申請中の滞在者は労働が許可されない。そのため、不法移民はカネに困ると犯罪に走る例が多い。「NYタイムズ」の記事によると、2019~2023年半ばにかけて、NY市の窃盗増加率は64%に上った。

 たとえば、2月半ば、タイムズスクエアで発砲事件を起こした15歳の少年は、ベネズエラからの不法移民で、昨年9月にNYに送られてきて以来、移民保護施設となったホテルで生活していた。

 発砲したのは、万引きの現場を警備員に見つかったためで、警備員とそばにいた観光客が銃で撃たれた。この少年は、1月にもブロンクスで武装強盗の一味に加わっていた。

 いまやブルーステイトは、万引き、強盗がし放題の「万引き天国」である。なにしろ、万引きの大半は軽犯罪扱いで、重罪として起訴するには、被害額が1000ドルを超えなければならないからだ。

 つまり、起訴できないので、警察は容疑者を逮捕しなくなった。その結果、スーパー、デパート、小売店ではショーケースに鍵をかけるなどの自衛策に出るようになった。しかし、それでも、万引きは減らない。仕方なく、閉店する店も出ている。

■次々に出された「犯罪防止策」も効果は疑問

 犯罪の増加にたまりかねたホークルNY州知事は、万引き防止のための新プログラムを公表した。万引きで1度捕まった者が、再度同じ店に侵入した場合、不法侵入の通知を出せば逮捕できるというもの。このプログラムに、クイーンズ区内の320店の小売店が参加登録したが、この程度の措置で減るとは思えない。

 さらにホークルNY州知事は、3月6日、地下鉄の警備強化のために警官250人を増員するとともに、750人の州兵も投入することを発表した。主要駅の改札で荷物チェックなどを行うというのだが、これも効果は疑問だ。

 一方、アダムスNY市長が取ったのは、移民の外出禁止令である。収容施設滞在中の移民は、午後11時から午前6時まで外出が禁止となった。

■移民問題が大統領選挙の最大の争点に

 このような状況を見れば、今回の大統領選挙の最大の焦点が、「移民問題」になったことに納得がいく。アメリカ国民にとって、ウクライナ戦争、イスラエル=ハマス戦争などは海外の問題であり、移民はすぐ隣にある自分たちの問題なのだ。 

 2月27日公表の「Gallup Poll」(ギャラップ社の世論調査)によると、不法移民がアメリカにとって重大な脅威だと答えた割合は昨年の調査結果より8ポイント上昇し、過去最高の55%に達している。

 また、「ハーバード大学アメリカ政治研究センター」と「Harris Poll」(ハリス・インサイト・アンド・アナリティクス)が2月27日に公表した「大統領選挙などに関する世論調査」によると、バイデン大統領の最大の失策は「開放的国境政策と歴史的移民流入の多さ」とされ、最高割合の44%を記録した。

 政治情報サイトの「RCP」(リアルクリアポリティクス)の世論調査(2月27日発表)では、トランプが47.0%とバイデンの44.9%を2.1ポイントリードしている。この差は、移民政策の差と言えるだろう。

■バイデンが「不法移民」発言を謝罪

 それにしても、「不法入国」だというのに、なぜ、アメリカはここまで移民に寛容なのか? 難民申請、亡命申請といっても、ほとんどが経済的理由によるもので、本来の迫害による難民、亡命ではない。

 しかし、民主党左派は、「ポリティカル・コレクトネス」(Political Correctness)を追求するあまり、どんな移民でも受け入れてしまうのだ。

 そのため、日本人にとっては信じられないことが起こった。バイデン大統領が3月7日の一般教書演説で、ジョージア州で起こった女子大学生殺害事件に言及した際に、「不法(移民)」という言葉を使ったことを、民主党左派から謝罪させられたのである。バイデンはMSNBCのインタビューで「(使ったことを)後悔している」と述べた。

 これは、演説中に共和党議員にヤジを飛ばされ、つい口走ってしまった程度のことだが、民主党左派は許さなかった。

 民主党では、左派の要望から「不法」(illegal)という言葉を使ってはいけないことになっている。不法移民は、一般には「illegal alien」とか「illegal immigrants」などと呼ばれているが、これを「irregular」(非正規)とか「undocumented」(無登録、未登録、書類のない)とかにしなければいけないのだ。

■トランプが批判「この国は狂っているのか」

 バイデン政権は、2019年4月に、移民・関税執行局、税関・国境警備局などの国家機関に対して、「illegal」を使わず、「irregular」あるいは「undocumented」を使うようにガイダンスを出している。

 よって、謝罪となったわけだが、なんでこんなことを謝罪しなければならないのかわからない。唯一、合理的な理由は、謝罪することによって左派の支持を失わないということだろう。

 もちろん、この迷走劇にトランプは即座に反応し、バイデンを攻撃した。

 3月9日、ジョージア州での選挙集会に合わせて、被害者の女子大学生の遺族や友人と面会すると、こう言ったのである。

「バイデンは演説で彼女の名前を正しく発音しなかった。さらに殺人者を“illegal”と呼んだことを謝った」

「リベラルたちは、不法移民を“ neighbors”(隣人)とか“new comers”(新たに来た人)と呼んでいる。この国は狂っているのか」

 この件に関しては、どうみてもトランプの言っていることが正しい。アメリカは移民がつくった「移民の国」である。しかし、不法移民がつくった国ではない。

■トランプ有利だが、左右するのは無党派層

 このように、移民問題が最大の争点になった大統領選。はたして、バイデン、トランプのどちらが勝利するだろうか? 移民に対する姿勢からは、トランプが有利なのは間違いない。

 日本の報道は、これまでは「もしトラ」(もしトランプが大統領になったら)が主流だったが、共和党のスーパーチューズデイがトランプの14勝1敗で終わり、ニッキー・ヘイリーが撤退すると、「もしトラ」から「ほぼトラ」(ほぼトランプで決まり)に変わった。

 しかし、トランプで決まりとするには気が早すぎる。なぜなら、予備選圧勝と言っても、それは共和党支持者だけの話で、アメリカの全有権者の話ではないからだ。

 アメリカにはざっと見て、共和、民主のどちらにも与しない無党派層(nonpartisan voters)が、全体の約4割いる。しかも、大統領選といっても、これまでを見ると投票率は50%強ほどにすぎない。アメリカ国民の半数は、大統領選挙に行かないのだ。

 つまり、いくら「バイデン対トランプ」の対決といっても、無党派層やこれまで選挙に行かなかった層の投票行動によって、結果は大きく左右される。まして、「老々対決」(81歳対77歳)でシラケムードにあるので、この先、なにが起こるかはわからない。

■年明けまで決まらない大波乱の可能性も

 共和、民主の2党以外の第3極を模索する動きもある。

 超党派の政治集団「ノーレーベルズ」(No Labels)は、3月8日、オンラインで各州代表者の会議を開き、第3極の候補者擁立を進める方針を決め、14日に正副大統領候補の選定手続きを公表すると発表した。

 また、ロバート・ケネディ・ジュニア(70歳、ロバート・ケネディ元司法長官の息子)は、無所属で立候補することを、すでに宣言している。

 これら第3極は、「トランプを利するだけ」という見方もあるが、もう一つの見方もある。それは、バイデン、トランプとも、第3極の躍進により、選挙人の過半数270人を獲得できない可能性があることだ。

 もしそうなった場合は、規定により大統領は年明けまで決まらない。大統領の選出は、年明けに召集される新たな議会に委ねられるからだ。下院において50州の代表が1票ずつ投じる。そうして、26票を得た候補が勝利することになっている。

 はたして、こんな大波乱が起こるのかどうか? いまのアメリカを見ていると、ないとは言い切れない。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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