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2%でもインフレは生活を破壊する。GDP成長率(年率換算)+6%を楽観視などできない!

山田順作家、ジャーナリスト
はたしてインフレ退治の経済対策が打てるのか?(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

■GDP年率換算+6%は好景気とは無縁

 8月15日、内閣府から2023年4〜6月期の実質GDP成長率の速報値が発表された。前期比+1.5%、年率換算+6.0%。この年率換算+6.0%は、2020年10〜12月期の+7.9%以来の大きさで、事前予想を大きく上回ったため、驚く声、喜ぶ声が続出した。メディアの報道も「年率6%増」をタイトルにするところが多かった。

 しかし、この数値をもって、日本経済が回復し、景気がよくなってきたとは、けっして言えない。むしろ、憂慮すべきだ。

 というのは、今期のGDPを押し上げたのは、主に輸出増(+3.2%)と輸入減(−4.3%)だからだ。コロナ禍明けで期待された個人消費は−0.5%と5期ぶりのマイナス。設備投資はイーブンである。リベンジ消費はまったく盛り上がらなかったと言っていい。

■年率換算は単なる予測に過ぎない

 次は、この1年間の四半期ごとの実質GDP成長率である。

2022年7~9月期:前期比-0.2%(年率換算-0.8%)

2022年10〜12月期:前期比+0.02%(年率換算+0.1%)

2023年1〜3月期:前期比+0.7%(年率換算+2.7%)

2023年4〜6月期:前期比+1.5%(年率換算+6.0%)

 このように通してみれば、たしかに実質GDP成長率は上向いている。しかし、それはコロナ禍で大きく落ち込んでいた地点からの段階的な回復に過ぎない。

 しかも、年率換算の数値が大きいからと言って、現実にそうなるとは限らない。

 なぜなら、年率換算というのは、今期の状況が続いたら1年間でどうなるかという予測にすぎないからだ。

 マラソンにたとえると、途中の10キロ地点の通過タイムでゴールタイムを予測したことになる。つまり、単純に今期の1.5%を4倍すれば6%になる(実際の計算はもう少し複雑)。

■インフレ率が3.2%となって日米逆転

 消費を落ち込ませているのは、言うまでもなく物価上昇、インフレである。物価上昇に賃金上昇が追いついていないことが、消費を落ち込ませている最大の要因だ。

 総務省が、さる7月21日発表した6月のCPI(消費者物価指数、2020年=100)は、変動の大きい生鮮食品を除く総合指数で105.0となり、前年同月比で3.3%の上昇だった。コロナ禍のなかで始まったインフレはいまも続き、その率は月ごとに拡大している。

 これまで、世界中が高インフレに悩まされてきたが、3.3%というのは、それに迫るものだ。じつは、アメリカはインフレ率が月ごとに下がってきて、6月のCPIは3.0%の上昇だった。つまり、日米のインフレ率は逆転してしまっている。

 この高インフレが家庭を直撃している。6月に2人以上の世帯が消費に使った金額(=消費支出)は27万5545円で、物価の変動を除いた実質で、前年同月比4.2%の減少となり、4か月連続のマイナスを記録している。

 家庭の消費で、大幅に減ったのはエアコンなどの家庭用耐久財で32.1%の減少。そのほか、仕送り金が28.6%減、補習教育などの教育費が9.6%減、食料が3.9%減だった。

■実質賃金15カ月連続の前年割れ

 大手メディアはどこもインフレと言っているが、いまの日本経済はスタグフレーションである。インフレによる物価の上昇に賃金の上昇が追いつかない。これは、物価が上がるというだけの単なるインフレではない。

 統計を見れば、日本経済は2021年の秋から、スタグフレーションに突入している。それまで長い間続いてきたデフレが終わり、物価が上昇に転じた。ところが、物価上昇は賃金の上昇を上回っていたので、実質賃金は低下を続け、国民生活は日ごと苦しくなった。

 厚労省が発表する「毎月勤労統計調査」によると、物価変動の影響を加味した2023年6月の実質賃金は、前年同月比1.6%減で15カ月連続の前年割れ。5月の0.9%減から下落幅が拡大した。

 いわゆる「額面」と呼ぶ名目賃金(現金給与総額)が2.3%増だったのに対し、実質賃金を計算する際に使う消費者物価指数は3.9%も上昇した。

 6月といえば、前期ボーナスの季節。それなのに実質賃金が1.6%減ということは、ボーナスがなければもっと下がっていたことになる。そこで、ボーナス分を引くとなんと2.4%減である。これでは、日常的な消費は大きく減退する。

■なぜ、日銀は金融緩和をやめないのか?

 このような状況なのに、政府・日銀は動かない。とくに日銀は物価の安定こそが最大の使命なのに、インフレを放置している。というか、これまで続けてきた金融緩和をやめようとしない。“異次元”の金融緩和は、デフレから抜け出すため行ったもので、物価上昇の目安は2%だったから、すでにその目標は達成されている。

 それなのに、7月27~28日に行われた日銀の金融政策決定会合では、ようやくYCC(イールドカーブ・コントロール)の修正を決めたが、長期金利の上限を「0.5%程度」から「1.0%」に引き上げただけだった。

 植田総裁は、この措置を「YCCの持続性を高めるため」と説明し、緩和をやめることは否定した。

 金利の上限を上げたのに、金融緩和を維持するというのは、説明になっていない。まったく辻褄が合わない。

 日銀総裁がこんなことを言わざるをえないのは、日銀が国民経済の安定より、政府の借金財政の維持を至上目標としているからだろう。緩和をやめて金利上昇を市場実勢に合わせれば、政府は国債の利払いに逼迫し、財政はたちまち行き詰まる。

■米国が金利抑制に転じても円安は止まらない

 ここでの問題は、日銀がこんなことをいつまで続けられるかだ。インフレを無視して物価上昇を放置し続ければ、政府の財政は持つが、国民生活が持たなくなる。

 日米の金利差から円安はますます進み、輸入物価は高騰し続ける。経済学的な見地から言えば、物価上昇が続く局面は、金利を上げなければならない。緩和を続ければ、通貨安とインフレは止まらなくなる。

 一部に、アメリカのインフレが沈静化したので、今後、FRBは利上げを抑制するか、場合によっては利下げを行う。そうなれば、日米の金利差は縮まるので、円安は止まり、円高に転じるという見方がある。

 しかし、いくらアメリカが金利を引き下げたとしても、日銀が金融緩和を続ける限り、円は市場に大量に供給される。マネーサプライは増え続けるのだから、円高に転じるわけがない。一時的な揺り戻しはあっても、長期的には円安である。

■インフレは物価上昇という意味ではない

 多くのメディアは「インフレ、インフレ」と言って、それを物価上昇としているが、インフレの本来の意味は物価上昇ではない。

 インフレーション(inflation)を辞書で引いてみると、最初に出てくるのは「the action of inflating something or the condition of being inflated.」である。つまり、「なにかモノか状況が膨張すること」というのが、インフレーションの本来の意味で、「物価上昇」というのは、あくまで経済的な意味、二次的な意味なのである。

 つまり、インフレとは「膨張」のことであり、なにが膨張するかといえば、マネー(通貨供給量=マネーサプライ)である。おカネの量が膨張するのがインフレで、それが結果的に物価上昇を招く。

 マネーサプライによって、おカネをたくさん持つ人間が増えれば、欲しいモノに対しては以前より多くのおカネを払う。よって、モノの値段は上がる。これは、逆から見ると、おカネが増えすぎて、その価値が下がっているということになる。つまり、インフレ時はおカネを持っているほど損をするということになる。

 まして、いまの日本はおカネにほぼ利子が付かないのである。インフレが進めば進むほど、国民生活は貧しくなる。

■マイルドなインフレでも生活は破壊される

 デフレのときは、デフレが敵視され、インフレが希求された。インフレになれば好景気になるというような論調が多かった。しかし、インフレそのものが好景気をもたらすわけではない。なぜ、物価が上昇するだけで好景気になるのだろうか?

 いまの日本のように、インフレなのに賃金がほとんど上がらないとなれば、インフレはむしろ「大敵」だ。日銀が目標としてきた2%程度のマイルドなインフレは「経済的に健全で望ましい」と言われたが、これも状況次第である。

 マイルドなインフレに対してハイパーインフレがあり、こちらは1カ月に50%以上も物価が上がる状況を言う。こうなれば、もちろんインフレは恐ろしいが、マイルドであっても恐ろしい。

 なぜなら、時間の経過とともに、おカネの購買力は想像以上に低下していくからだ。

 年2%のインフレだと、おカネの購買力は、5年後には約9%、10年後には約18%減少する。100万円が10年後には、実質的に約82万円になってしまう。これが、5%だと、5年後には22%、10年後には39%。さらに、10%だと、5年後には38%、10年後には61%も減少する。

 ハイパーインフレが劇薬とすれば、マイルドインフレはじわじわと侵されていく毒薬だ。時間をかけて国民生活を崩壊させていく。

■この秋、ガソリン代200円超えは確実

 現在、私たちは、今後もずっと続いていくに違いないインフレ、いやスタグフレーションのただなかにいる。そして、夏が終われば、それがさらに悪化する。たとえば、ガソリン価格は1リットルあたり200円を突破してしまう可能性がある。

 経産省が8月9日に発表したレギュラーガソリンの平均価格は、全国平均で1リットルあたり180円30銭と、15年ぶりの高値だった。お盆の帰省で高速を使った人も多いと思うが、一部のサービスエリア内のスタンドでは200円を超えたところもあった。

 しかし、高値といっても、これはまだ補助金によって抑えられた価格である。その補助金は、6月から段階的に縮小され、10月にはなくなることになっている。つまり、今後、ガソリン価格はもっと上がる。

■原油高、円安、緩和続行のトリプルパンチ

 現在、世界の原油価格は1バーレル80ドル台前半にあるが、需要が旺盛なのにOPECが増産をしないため、今後、値上がりが確実視されている。100ドルに近づいていくと思える。

 ウクライナ戦争が起こった昨年春、原油価格は1バーレル100ドルを超えたが、このときのドル円は133円。それがいまは145円。この先、さらに円安になるとしたら、ガソリン価格は、200円を軽く突破するだろう。

 岸田内閣が、この事態を国民生活の危機と認識すれば、なんらかの手を打つかもしれない。しかし、なにもしないで、補助金を予定通り打ち切る可能性が高い。打ち切ったとしても、たとえば、ガソリンに限って消費税をゼロにすれば20円は値下げできる。

 円安、原油高、金融緩和続行のトリプルパンチ。インフレはますます亢進してしまう。

 この先、政府・日銀は、はたしてどんな対策を打ってくるのか? 補助金や一時金だけでは問題は解決しない。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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