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米大統領選;トランプ再選なし。惨敗の可能性が見えてきた。

山田順作家、ジャーナリスト
トランプを倒すのはピート・ブティジェッジかエイミー・クロブシャーか(写真:ロイター/アフロ)

■「オレの支持率は70%」と自画自賛

 2月22日のネバダのコーカスを前にしてトランプは相変わらず意気軒昂。ツイッターで自画自賛しまくっている。19日はこうツイートした。

《フェイクな魔女狩り、モラーの捜査詐欺、不当な大統領弾劾などに反して、経済、雇用、軍隊、退役軍人、銃保持権利などもろもろを考えれば、オレの支持率は70%ぐらいはあるぞ。さあ、どうする?》(And this despite Fake Witch Hunts, the Mueller Scam, the Impeachment Hoax etc. With our Economy, Jobs, Military, Vets, 2A & more, I would be at 70%. Oh well, what can you do? )

 トランプのツイッターの威力はすごい。先日は、元顧問のロジャー・ストーンに対する検察の求刑にイチャモンをつけた。すると、“忠犬”として送り込まれたウィリアム・バー司法長官が刑の軽減を言い出した。これに怒った検察官4人が担当を離れ、司法省の元職員約1000人が「司法行政への介入だ」として、バーの辞任を求める文書を公開した。いま、バーは辞任の意向を示していると米メディアは伝えている。

■安全保障会議で幹部と軍人を罵倒

 もはや、トランプという大統領がどんな男か、アメリカ人の誰もが知っている。これまで、リベラルメディアが徹底的に叩き、その実像を暴露してきたからだ。暴露本も数多く出版された。最新のものは、ワシントン・ポストの記者、フィリップス・ラッカ一、キャロル・リオネグ共著の『A Very Stable Genius』(非常に安定した天才)だ。タイトルはもちろん皮肉。トランプ自身が、自分を“天才”と呼んでいるので付けられた。

 この本の中には、もうき聞き飽きたトランプの“オレさま”ぶりが描かれている。

 たとえば、2017年7月20日、国防総省の2E924号室で開かれた「御前会議」では、当時のジェームズ・マティス国防長官、レックス・ティラーソン国務長官、ゲーリー・コーエン国家経済会議議長、ジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長が、トランプに安全保障政策についてなんとか理解させようといろいろ試みた。しかし、トランプは聞く耳を持たず全員をののしったという。

「オレは、そんなゴタクは聞きたくない。イランのやつらわれわれを騙した。やつらは核施設をこっそりつくっている」「アフガンは負け戦だ。キミらは全員敗け犬だ。キミらは間抜けと赤子の集団のようなものだ」

 この発言にティラーソンは呆然とし、マティスは沈黙するほかなかった。そして、全員が怒りを押さえ込んだという。出席者のなかにはアフガンに従軍した軍人もいた。それが、兵役を回避して逃げ回っていた男に罵倒されたのである。その後、ティラーソン、マティス、コーヘンらはトランプ政権を去った。

■トランプの“茶坊主”と暴露された安倍首相

 この本の中には、安倍首相についての言及もある。トランプがノーベル平和賞を欲しがっていたことはよく知られている。オバマがもらったのだから、金正恩とトップ会談をした“オレさま”がもらえないわけがないと考えた。それで、「主要国の首脳のなかでいちばん自分に媚びへつらう男」(the most obsequious)に、推薦を頼んだ。それが、わが安倍首相だった。

 日本のメディアが言う「シンゾー=ドナルド」(オトモダチ関係)は、ただの虚像だ。安倍首相は、トランプからなんでも言うことを聞く“茶坊主”と思われているのだ。

 となると、この首相が国会でヤジを飛ばし、嘘をついても体面を保とうとするのは、トランプにコケにされているという心理の裏返しかもしれない。

 彼は、必死になって、トランプの“茶坊主”であることを日本国民に隠す。昨年妥結した日米FTA交渉を「ウインウイン」などと言い張る。

■再選されれば中国同様カネを巻き上げられる

 

 不思議なことに、日本のメディアや識者は、これまでトランプ再選を確実視し、それを歓迎する言説をふりまいてきた。日本政府となると、トランプ再選を熱望していると言っていい。しかし、この大統領は日本にとって、いや世界にとって有害だ。

 アメリカ覇権に挑戦する中国叩きは評価できるが、頭の中は中国も日本もほかの同盟国もいっしょだ。世界中の国をアメリカの「パラサイト」(寄生国家)と考え、日本からも欧州からもできる限りカネを巻き上げようとしている。

 日本には、安全保障の「用心棒代」として、米軍駐留費を4倍増にしろと言ってきている。現在、中国との貿易交渉は一時休戦となっているが、再選されれば再開されるのは確実だ。そうなると、日本も欧州も、中国と同様に安全保障代、貿易黒字を巻き上げられる。

■人種差別、女性蔑視のカタマリ

 トランプは、人種差別主義者のうえ女性蔑視主義者でもある。メキシカンを「レイプ魔」と呼び、国境に本当に壁をつくってしまった。ハイチ人は「みなエイズ」と言い放ち、ハイチを「野外便所国家」と呼んだ。ジョー・バイデンは「スリピー・ジョー」(眠ったいジョー)、マイケル・ブルーブバーグは「ミニ・マイク」(チビのマイク)だ。

 女性キャスターのミカ・ブレジンスキーは、「低IQのクレイジーなミカ」で、さらに「フェイスリフトでひどく血が出ていた」と罵った。

 昨年7月、民主党のオカシオ・コルテスなど非白人の女性下院議員たちに対してのツイートは、あまりにひどかった。「(彼女たちはもともと)政府がどうしようもなくひどい国からやって来た」と言い、さらに「この国に文句ばかり言っているなら出て行け」と追い討ちをかけた。

 これは「人種差別+女性蔑視」発言であり、自由・平等を基盤としているアメリカ国家の価値観に反する。アメリカを「分断」しているのは、トランプ自身である。こんな老人をアメリカ国民は、本当に大統領に再選させるのか?

 

 呆れかえって政権を去った補佐官のラインス・プリーバスは、トランプの寝室を「悪魔のワークショップ」と呼んでいたという。その理由は、トランプがベッドでケーブルテレビのニュースを見て、暴言ツイートを投稿しまくるからだ(ボブ・ウッドワード『恐怖の男 トランプ政権の真実』)。

■支持率40%、岩盤支持層が強いと言うが

 トランプ再選が確実という人々は、好調な景気、共和党の結束、民主党の分裂と対抗馬の弱さ、トランプの岩盤支持層の強さを挙げる。支持率が一貫して40%前後をキープしてきた点を評価する。

 しかし、支持率40%前後というのは、そんなに評価できることなのか?これは、一般の世論調査の数字で、大統領選に直接結びつく数字ではない。

 それに、近年の大統領で、支持率40%というのは低いほうだ。オバマは43%だったが、ブッシュ(ジュニア)は54%、クリントンは52%と50%を超えていた。いくら岩盤支持層があるとはいえ、40%では危ないと言わざるをえない。

■スイングステートの動向が鍵を握る

 前回の選挙で、トランプは僅差でヒラリー・クリントンを破った。得票数では劣っていたのに、代議員獲得数でクリントンを上まわった。

 代議員の獲得は、選挙が「ウィナー・テーク・オール」だから、どの州で勝つかが重要になる。つまり、代議員数が少ない州より多い州、そして、どちらに転ぶかわからない接戦州「スイングステート」を制さなければならない。

 共和党が強固な地盤を持つ州を「レッドステート」、民主党のそれを「ブルーステート」と呼ぶが、これが前回とほぼ変わらないと見れば、鍵を握るのは、スイングステートだ。前回は、スイングステートのうち、「ラストベルト」と呼ばれた地域にある州をトランプが制し、さらにスイングステートのうち代議員数が多いフロリダを制したことでトランプが勝った。

 しかし、今回はトランプが勝てるかどうかわからない。

 というのは、その後のラストベルトの製造業の雇用が大きく改善してはいないからだ。トランプは経済を好調にしたと自慢するが、その恩恵はラストベルトに行き渡っていない。

■ラストベルト諸州を落とす可能性

 現在、スイングステートと呼べるのは、次の10州である。( )内は代議員数。*は前回の選挙でトランプが制した州。

 *フロリダ(29)、*ペンシルベニア(20)、*オハイオ(18)、*インディアナ(11)、*ミシガン(16)*ノースカロライナ(15)、*バージニア(13)、コロラド(9)、アイオワ(6)、ネバダ(6)

 このうち、ラストベルトにあるペンシルベニア、オハイオ、インディアナ、ミシガンを獲り、代議員数が多いフロリダを制したことが、前回のトランプの勝利につながった。

 しかし、今回、同じことがまた起こるだろうか?

 いくら岩盤支持層が固く、ラストベルトの支持者が変わらないとしても、少なくとも人種が多様なフロリダを落とす可能性がある。そればかりか、ペンシルベニアも落とす可能性がある。

 フィラデルフィアでもピッツバーグでも都市再開発が進み、都市部の住民はかなり入れ替わり、住民意識も変わっている。いまやデジタルエコノミーの時代だ。

 

■もっとも重要とされるフロリダ

 ペンシルベニアより、フロリダのほうが代議員数が多いのでより重要である。2000年の大統領選挙ではアル・ゴア対ジョージ・ブッシュ(ジュニア)の大接戦が行われた。前回の選挙も、トランプとクリントンの差はわずかだった。そのため、「フロリダを制する者が大統領選を制する」とされ、今回、トランプはわざわざフロリダで出馬宣言を行なった。しかも、昨年10月、居住地登録をニューヨークからフロリダに移し、大規模な支持者集会を開いて支持を訴えた。

 しかし、スピーチはまたしても自慢話のオンパレード。

「景気は最高で雇用はかつてないいい数字だ。それは史上最高の大統領がいるからだ!」

 最近のフロリダは、毎年、大型のハリケーンに襲われ、家を失ったりする人々が多い。そのため、住民は、気候変動に見向きもしないトランプには批判的。トランプが自慢話をすればするほど、フロリダを落とすのではないか。

■新しいスイングステート、テキサスの動向

 フロリダとともに重要なのがテキサスだ。テキサスはカリフォルニアの55人に続いて代議員数が多く38人である。したがって、ここを獲れば、ラストベルトで負けても、民主党候補は挽回できる。

 

 テキサスは1980年の大統領選挙以来、ずっとレッドステートだった。しかし、選挙を行うたびに共和党と民主党の差は詰まってきた。2012年は16%差、2016年は9%差、2018年の上院選挙で2.6%まで縮まった。テッド・クルーズを、無名に近いベト・オロークが追い詰めた。

 現在のテキサスは農業と石油の州ではない。ダラスは、ハイテク産業やIT企業が集積し、「テレコム・コリドー」と呼ばれている。ダラス郊外のプレイノにトヨタは北米本社を移転させた。州都オースティンもIT企業、ハイテク企業が集積し、シリコンバレーにならって「シリコン・ヒル」と呼ばれている。

 そのため、いまやテキサスの住民の約4割が州外の出身者で、ブルーステートのカリフォルニア、ニューヨーク、イリノイの3州からの転入組が多い。転入組の多くがミレニアル世代である。彼らが民主党候補に入れれば、トランプはテキサスを落とすだろう。フロリダに続きテキサスを落とせば、トランプは惨敗する。

■対抗馬となる候補が若いか女性なら

 となると、問題は民主党候補が誰になるかだ。

 そこで、これまでの民主党大統領の就任時年齢を見ると、共和党候補よりみな若い。共和党の場合、もっとも若かったのはリチャード・ニクソンの56歳だが、民主党の場合、J・F・ケネディ43歳、ジミー・カーター52歳、ビル・クリントン46歳、バラク・オバマ47歳である。

 ところが、今回の候補者は、みな年寄り。ジョー・バイデンは77歳、バーニー・サンダースは78歳、マイケル・ブルームバーグは77歳、エリザベス・ウォーレンも70歳である。もうアメリカ国民は、年寄りたちに飽き飽きしている。だから、38歳とダントツに若いピート・ブティジェッジがこれまで2回の予備選で躍進した。

 さらに、女性たちはおバカで横柄な男に飽き飽きしているので、女性のエイミー・クロブシャーも予想外の健闘をした。クロブシャーも高齢の他の候補に比べたら、59歳とまだ若い。よって、この2人ならトランプに勝てるだろう。2人とも中道派だから、ミレニアル世代もついてくる。

 19日のロイター記事は、イソプスとの共同世論調査で、有権者の関心が保守的な地方の地域より民主党支持者が多い大都市で高まっていると伝えた。前回の選挙とは逆の傾向だ。いずれにしても、注目は3月3日のスーパーチューズデーである。ここでは14州で予備選が行われる。大票田のカリフォルニアとテキサスが入っている。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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