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横浜市の「カジノ誘致」騒動の虚しさ。どう見ても失敗するので、反対する気力すら起こらない。なぜか?

山田順作家、ジャーナリスト
山下ふ頭IRイメージ図:横浜市HP「IR等新たな戦略的都市づくりの検討」より。

 私は横浜市民である。だから、今回のカジノ誘致表明に対しては、本当にがっかりした。また、反対派が「林文子市長は裏切った」「ギャンブル依存症が増える」「治安が悪化する」と騒ぐのにもがっかりした。“ハマのドン”とされる横浜港ハーバーリゾート協会の藤木幸夫会長が「絶対つくらせない」と怒るのも、そんなに怒らなくてもいいのではと思った。

 なぜなら、“横浜カジノ”はほぼ失敗し、「取らぬ狸の皮算用」で終わる公算が強いからだ。その理由は山ほど考えられる。以下、それを、順を追って説明してみたい。

■希望的観測にすぎない経済効果

 まず、売上予測、売上経済効果などの試算が極めて杜撰で、単なる希望的観測にすぎないことだ。

 横浜市は、この5月27日に、構想案を発表した。それによると、投資額が6200億~1兆3000億円。売上が3500億~8800億円、波及効果が年間7700億~1兆6500億円、増収効果が年間600億~1400億円となっている。

 しかし、これらは吟味されたものではなく、参加を表明した事業者が出してきた数字をザクッとまとめたものにすぎない。

■一般日本人に対する厳しい規制

 そこで、そもそもカジノの売上がどこから来るのかを考えてみよう。

 今回のカジノ法案(正確には「IR実施法案」)は、カジノをつくるためにシンガポールが苦肉の策で考え出した「IR」(Integrated Resort)をパクって実体を誤魔化したものだから、まずは、ホテル、ショッピングモール、レストラン、テーマパーク、劇場などが一体となった複合観光施設(=IR)をつくらなければならない。しかも、そのなかに設置できるカジノの規模は、IR施設全体の延床面積の3%以下に制限された。たった3%である。そして、とりあえず全国で3カ所だけに限定されて、カジノが認可されることになった。

 

 さらに、「日本人をギャンブル依存症にするのか」などの反対の声を抑えるために、日本人の入場を制限した。外国人は無料なのに、日本人からは入場料6000円を取る。しかも、入場は週3回、月10回までしか認められない。

 また、本人確認のためにマイナンバーカードの提示が求められ、場内ではクレジットカードを使えなくした。要するに、キャッシュを持って入場し、それがなくなったら帰れということだ。そのため、場内にATMの設置も禁止されてしまった。

■競馬のテラ銭よりひどい入場料

 となると、日本人の一般ギャンブルファンは、間違いなく、こんな面倒なカジノには行かない。もちろん、行く人間もいるだろうが、カジノ漬けになるとは考えられない。

 じつは、日本は世界でも類を見ないギャンブル大国で、パチンコ、競馬、競輪、競艇、オートなど、そこら中にギャンブル施設がある。これらの施設で、破格の入場料を取り、入場制限をしているところがあるだろうか?

  一般ギャンブルファンの1日の賭け額は平均2万円というから、カジノに入場しただけで、すでに予算の3割を使ってしまう。これは、競馬のテラ銭(ハウスエッジ)の25%より多い。

 ちなみに、競馬のJRAの年間売上は約2兆6000億円、地方競馬は約6000億円、競輪や競艇はそれぞれ1兆円、これにパチンコが約21兆円だから、日本のギャンブルの市場規模はトータルで約30兆円である。ここから、どれだけカジノが売上を奪えるかだが、ほとんど期待できないだろう。しかも、この市場は単に「共食い」であって、新たにカジノだけの売上が創出されるわけではない。

■日本は富裕層は多いから利益が出る

 では、日本人富裕層はどうだろうか? 

 日本は、アメリカ、中国に次いで、世界で3番目に富裕層(資産100万米ドル以上の資産を持つ層)が多い国である。その数は280万人とされる(グローバル・ウェルネス・レポート 2018)。

 一部の話だと、外資カジノ企業は、ここをターゲットと考えたという。つまり、日本人の富裕層の個人金融資産量を日本にできる3カ所のカジノで割る。そうすると、日本のカジノ1カ所当たりの個人金融資産量は、アメリカ、中国をはるかに上回る。マカオ、シンガポールの比ではないとなって、「確実に利益が上がる」とソロバンを弾いたという。

 しかし、日本人富裕層は、日本にできるカジノには見向きもしないだろう。私は、これまで多くの富裕層を取材してきたが、彼らが求めるものは、日本では受けられない海外でのVIP待遇だからだ。

■シンガポールのVIPへのおもてなし

 たとえば、シンガポールのチャンギ国際空港には、CIP(Commercial Important People:商業的重要人物)向けの専用ターミナルがあり、富裕層ならここにビジネスジェットのファーストかプライベートジェットで到着し、その後、カジノお迎えのリムジンに乗ってカジノに出向く。

 カジノからVIPと認定されるには、プレー額の初回入会金が最低2万シンガポールドルは必要(ワールドリゾート・セントーサの場合)である。CIP 利用となると、最低10万シンガポールドルが必要だ。これで、宿泊から食事・送迎はすべて無料になるし、カジノから直接招待状が届く。

 カジノ内には「VIP」ルームがある。ここでは、安い掛け金で誰でも遊べる「平場」のエリアと違い、賭け金の最低が1000米ドルはする。この「VIPルーム」を運営するのが、「ジャンケット」と呼ばれるカジノのエージェントたちで、彼らが富裕層顧客を引っ張ってくる。ジャンケットは、おカネの工面もしてVIPをアテンドする。

 日本の富裕層は、海外カジノに行く場合、たいてい事前にカジノ側に海外送金をしている。カジノ側はこれで、自由に遊ばせてくれ、VIPとして厚遇してくれる。

■カジノ収益のほとんどは富裕層顧客から

 はたして、日本にできるカジノは、ここまでの「おもてなし」ができるだろうか? なにしろ、富裕層といえども日本人だから、入場料を取られるうえ、入場は週3回、月10回に制限される。さらに、現金を用意しなければならない。しかも、ジャンケットによるゲーム運営や賭け金の貸付は厳しく制限されるという。これでは、海外に行ったほうがよほどマシではなかろうか。

 ちなみに、カジノの売上のほとんどは、高額な賭け金を賭けるハイローラー(VIP客)によるものだ。平場で小銭を賭ける一般ギャンブルファンは、相手にされていない。アジアの2大カジノシティ、マカオ、シンガポールのカジノの収益モデルはまさにこれである。

 ただし、ラスベガスはカジノ以外のショーやイベントなどエンターテインメントを充実させたので、カジノ以外の収益が6割を超えている。日本のカジノはシンガポールモデルとされるので、富裕層顧客の取り扱いが収益の鍵を握る。

 

 となると、入場を制限されない海外からの顧客、それも、中国人富裕層がどっと来なければ、日本のカジノは成功しない。とくに、横浜カジノは、「これまでできなかった宿泊型の観光客の誘致ができる」としているので、富裕層を含む大量の中国人に来てもらい、大いに楽しんでもらわなければならない。

■横浜港に簡体字と「歓迎光臨」が溢れる?

 

 横浜でカジノができるのは、山下ふ頭である。山下ふ頭には、すでにハーバーリゾート協会が提案するカジノなしの代替案(再開発計画)がある。国際展示場、国際クルーズ拠点、高級ホテル、F1などのイベント誘致会場、コンサートホールなどを完備した「第2のみなとみらい」だ。ここを、カジノ運営ができる内外のIR事業者に差し出すことになる。

 みなとみらいを二つつくったら持て余すだけだが、そのうえカジノまでつくって、中国人を呼べるだろうか? 

 船で横浜に入る場合、山下ふ頭は、ベイブリッジの下を通過してすぐ左側にある。その先が山下公園、大桟橋、そして、みなとみらいである。これら一帯に、簡体字の看板が溢れ、「歓迎光臨」の垂れ幕や旗が風に揺れるのだろうか?

 また、羽田空港から、リムジンに乗ってベイブリッジを渡り、中国人富裕層が続々と山下ふ頭にやって来るのだろうか?

■中国人富裕層の目的は「マネーロンダリング」

 マカオでもシンガポールでもVIPルームの「上客」の大半は中国人富裕層だが、彼らの真の目的はプレーではない。「マネーロンダリング」(マネロン)である。裏金や賄賂が横行するうえ、税金が高い中国では、金持ちになると「資産フライト」をするのが常識になっている。

 その際、カジノが利用されるのだ。国内でどんな方法で得たおカネでも、カジノで勝ったことになれば、オモテのおカネに替わる。

 このマネロンの規制が緩かったため、マカオは後発ながら、あっという間にラスベガスを抜いて世界一のカジノシティになり、シンガポールのIRも成功した。

 

 しかし、2013年、習近平国家主席が「贅沢禁止令」を出し、不正蓄財資産の調査・取り締まりを強化すると、風向きが変わった。資産フライトの抜け道が塞がれ、人民元の持ち出し・持ち込みも、2万元(外貨の場合は5000米ドル相当額)までに制限されてしまったので、マカオ、シンガポールのカジノ売上は、2017年まで前年割れをするようになった。その後、横ばいとなったが、今年は再び、前年割れしそうである。

 というのも、ここにきて米中冷戦が激しくなり、中国経済が大きく減速し出したからだ。もはや、中国の黄金時代は終わり、富裕層もカネ回りが悪くなった。今後、中国はどんどん衰退していく。

 この状況で、どうやって、中国人富裕層を日本に呼ぶのだろうか?

■なんとサンズは大阪を捨てて横浜に注力

 日本のカジノ解禁を仕掛け、安倍政権に強力にロビーイングをしたのは、トランプ大統領の盟友でラスベガス・サンズのCEOシェルドン・アデルソン氏と言われている。

 そのサンズは、8月22日に横浜市が誘致を表明するやいなや、「大阪でのIRは追求せず、東京と横浜での開発機会に注力する」と、発表した。

 明らかに大阪ではビジネスにならないと判断したのだろう。現在、カジノ誘致を正式に表明しているのは、大阪、和歌山、長崎、横浜の4カ所だけ。さらに、北海道、千葉、東京が検討中である。

 しかし、どう見ても、日本のカジノが成功する可能性はない。いま、アジアにはカジノが溢れている。韓国、ベトナム、フィリピン、カンボジアなど、どこにでもカジノがある。となると、日本のカジノはよほどの魅力がないと、インバウンド需要を狙えないだろう。日本のカジノだからといって、日本独特の「花札」「丁半賭博」などをやったとしても無理だろう。

■単にカジノ施設だけ解禁すればよかった

 横浜カジノに名乗りを挙げている業者は、横浜市の発表によると12業者で、名前非公表の3業者をのぞくと、以下の9業者である。

 ▽ウィン・リゾーツ▽キャピタル&イノベーション▽ギャラクシーエンターテインメントジャパン▽ゲンティン・シンガポール・リミテッド▽日本MGMリゾーツ▽シーザーズ・エンターテインメント・ジャパン▽SHOTOKU▽セガサミーホールディングス▽メルコリゾーツ&エンターテインメントジャパン

 はたして、これらの事業者は本気で、横浜市に投資するのだろうか? 今後、マーケティングをやって、これは儲からないとなったら、どこも手を挙げないのではないか? すると、誘致した手前、優遇措置を打ち出して、ノウハウのある事業者にお願いして来てもらうことになる。そうなれば、税金がドブに捨てられる。

 それにしても、なぜ、日本は時代遅れの「IR法案」をつくらねばならなかったのか? 単にカジノを解禁するだけなら、欧州の都市ならたいていある街のカジノ、アメリカにあるインディアン・カジノのように、カジノだけの施設を認可すればよかったのではないだろうか。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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