Yahoo!ニュース

アンコールワットに行くなら覚悟したほうがいい。完全に「中国人の観光地」となり全然楽しめない。

山田順作家、ジャーナリスト
世界遺産アンコールワットの絶景(写真:アフロ)

 9月のこの欄の記事で、「中国人の楽園」と化したインド洋のリゾート、モルディブについて書いた。が、その後、モルディブは大統領選挙で政権がひっくり返り、なんとか中国の植民地化は免れた。

 しかし、カンボジアは違う。もはや完全に「中国の植民地」だ。だから、「今度アンコールワットに行ってみたい」という人には、私は「本気ですか?」と必ず聞く。そして、「中国と中国人が好きなら別ですが、そうでないと全然楽しめませんよ」と忠告する。

 最近のカンボジアのニュースといえば、11月19日に、フン・セン首相が、中国が南西部ココン州に海軍基地をつくる計画で政府に働きかけているという報道を受けて、「外国軍の基地開設は受け入れられない」と表明したことだ。

 しかし、そんなことは信じられない。なぜなら、この腐敗した独裁政権は、いまや中国のカネまみれで、中国の言うことならなんでも聞かなければならない状況にあるからだ。

 カンボジアといえば、世界遺産アンコールワットだが、その前に、首都のプノンペンの中国化から見ていきたい。日本企業のカンボジア駐在員に聞けばわかるが、もはやこの街は中国人が闊歩する中国の一地方都市となんら変わらなくなってしまった。

 メコン川、トンレサップ川とバサック川の合流する地点に“ダイアモンド・アイランド”と呼ばれるコーピッチ地区があるが、ここは完全に“チャイナ・アイランド”。商業施設、ホテル、マンション、高級住宅など、ほぼすべてが中国資本により開発され、街中には簡体字があふれている。

 また、トンレサップ川対岸のチョロイチャンバー地区も高層ビル建設が進んでいるが、これもほとんどが中国資本が建てている。

 かつて、日本とカンボジアの「友好」を象徴したのが、トンレサップ川にかかるチュルイ・チョンバー橋。この橋は、日本の全面援助により建設されたため、「日本・カンボジア友好橋」(通称「日本橋」)と呼ばれて、プノンペンに行くと必ず通ったものだ。

 しかし、いまやこの橋と並行するかたちで、中国の借款援助による「中国橋」がつくられ、2本合わせて「友好の橋」になってしまった。

 

 中国橋は2014年にできた。老朽化した日本橋に比べたら、その差は歴然。「友好」の看板は完全に中国のものになってしまったのである。(ちなみに現在、日本橋のほうは改修工事中のため、閉鎖中で、2019年6月に再竣工予定という)

 かつて日本は、カンボジア最大の援助国だった。しかし、2010年を境に日中は逆転。いまやその差は開く一方だ。

 プノンペンで日本の存在感を感じるのは、イオンモールぐらい。しかし、家電はハイアール、メイダ、ハイセンス、スマホはファーウェイやZTEが幅を利かしていて、日本製品は見る影もない。ただ、街中を走るバイクは、ホンダやスズキなど日本製が人気なので、これだけはホッとする。

 なぜ、プノンペンがここまで中国化したのか? その理由は簡単だ。30年も続くフン・セン政権が腐敗し、北京のカネの力に完全に毒されてしまったからである。途上国のなかで、他国の援助で生きている国の常として、政治家、官僚たちは必ず腐敗する。

 

 それに、カンボジアは、昔から賄賂とキックバックが横行してきた。政府がらみのビジネスは、ほとんどそれで成り立っている。とくにひどいのは、インフラ建設で、たとえば10億円のプロジェクトが中国との間で決まると、中国サイドは10億円を借款としてカンボジアに与える。このうちの3分の1は、政府高官のフトコロに入るといった具合だ。プノンペンにいるフン・セン政権の高官たちは、国に借金をさせて、その間を抜いているのである。北京はそれを百も承知でカネを出している。

 

 というわけで、ここからアンコールワットの話になるが、ここのゲートシティであるシェムリアップの現状は、プノンペンと変わらない。

 シェムリアップ空港には、毎日、中国からの直行便があり、その度に大量の中国人観光客がやって来る。中国人はノービザで入国できるので、いまやアンコールワットを訪れる外国人観光客の2人に1人が中国人となった。(ちなみに、日本からの直行便はない)

 その結果、それまでは、欧米人や日本人もいた高級ホテルも宿泊客がほとんど中国人となり、ロビー、ダイニング、プールなどは中国語が飛び交うようになった。そして、静かだったホテルがいつの間にかうるさくなり、雰囲気が一変してしまった。こうなると、当然だが、欧米人や日本人の足は遠のく。かつてシュムリアップは韓国資本も多く進出し、韓国人旅行客も多かったが、いまはほとんど目立たない。中国人ばかりが目立つ。

 

 中国人観光客は、ほぼみな団体ツアー利用客である。そのため、狭いシェムリアップの街中には、中国人観光客を乗せた観光バスが行き交って渋滞し、ホテルのレセプションには中国人の団体客が列をなし、ロビーには簡体字の看板を出したツアーデスクがいくつもできた。

 中国資本のホテルに行けば、そこはもう100%中国である。全部、中国語でコトがすむようになった。さらに、街中には中華レストランが一気に増えた。

 たしかに、アンコールワットの遺跡は素晴らしい。しかし、中国人の団体といっしょに遺跡を巡るのは、あまり気分のいいものではない。試してみたい方は別として、世界遺産を観光している気分にならない。

 2017年にシェムリアップを訪れた観光客は、総計約535万人。そのうち、およそ200万人が海外からの観光客で、前年比8.9%増。この増加分のほとんどが中国人観光客であるのは言うまでもない。

 プノンペン、シェムリアップ以上に中国化しているのが、南西部のリゾート地と知られるシアヌークビルである。カンボジア全体では、中小も合わせて60以上のカジノがあるが、その中心地がシアヌークビルだ。ここには、カンボジアのカジノの半分以上がある。

 もちろん、客のほとんどは中国人。マカオでマネロンへの締め付けが厳しくなったぶん、中国人富裕層の来客が増えた。

 フン・セン政権は以前からカジノ産業振興策を進めてきたが、2016年に習近平国家主席がカンボジアを訪問して以来、カジノ振興に拍車がかかった。中国資本による高層ホテル、マンションの建設が進められ、それに伴い、中国人が一気に増えた。

 シアヌークビルでは、現在、賃貸物件の7割が中国人で、中国人が人口の3割に達している。それとともに、中華料理店と簡体字の看板が街に溢れるようになった。

 じつは、中国にとってシアヌークビルは戦略的に重要な拠点だ。なぜなら、ここの港はカンボジア唯一の深水港であり、隣国ラオスからプノンペンを経由しタイ湾に抜ける要衝でもあるからだ。フン・セン首相が「外国の軍隊を受け入れない」と言ったココン州は隣で、ともにタイランド湾に面している。

 

 現在のカンボジアには「人権」もなければ、「言論の自由」「政治の自由」もない。フン・セン政権は完全な独裁政権である。しかも、独裁を30年以上も続けている。

 この7月、カンボジアでは、下院(定数125)の総選挙があったが、全議席をフン・セン率いる与党のカンボジア人民党(CPP)が独占した。なぜなら、これは八百長選挙だからだ。

 なにしろ、カンボジアには野党が存在しない。昨年11月、カンボジア最高裁判所は、フン・センの命令で最大野党のカンボジア救国党(CNRP)に解散を命じる判決を言い渡した。そして、国民に人気のあった野党政治家をすべて国外に追放してしまった。

 となれば、選挙結果がどうなるのかは明らかである。しかもフン・セン政権は、与党に投票しなければ職や土地を没収すると国民を脅迫したのだった。

 ところが、日本政府はそんなカンボジアの選挙を支援するために、8億円を提供した。その結果、投票所で使われたジュラルミン製の投票箱はすべて日本からの提供になるという情けなさである。

 前記したように、アンコールワットは素晴らしい。しかし、もはや完全に中国の植民地となった国に、肩身の狭い思いをしながら観光に行くなんて、ありえないと思うが、どうだろうか。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

山田順の最近の記事