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米朝会談は「世紀の茶番」か?トランプ談話の「ツケは日本に」という驚愕の中身

山田順作家、ジャーナリスト
「ミスター・キムによろしく」とがっちり握手(写真:ロイター/アフロ)

 いったんはキャンセルした会談を、なぜトランプ大統領は即座に受け入れたのだろうか? いまのところ意味不明のまま、あと1週間後に本当に米朝首脳会談が開かれる。

 現在、トランプが北朝鮮に大幅に譲歩してしまったという見方が主流だ。なぜなら、トランプは、6月1日午後(米国東部時間)に、金正恩委員長の「親書」を持参した金英哲(キム・ヨンチョル)副委員長と会談すると、すぐに会談の再開をOKしてしまったからだ。

 ホワイトハウスの庭で、マイク・ポンペオ国務長官を伴って、金英哲氏とがっちり握手を交わす姿を見て、世界は目を疑ったのではないか? 実際、私もまさかと思った。さらに、BBCの報道で、トランプは親書を見ないで会談OKを決めたというので、ひっくり返りそうになった。

 BBCの日本版の記事は、こうなっていた。

《ホワイトハウスが配布した写真で、英哲氏と並ぶトランプ氏が非常に大きい封筒を手にしている様子が、ソーシャルメディアなどで話題になった。手渡された親書について、トランプ氏は最初は「とても興味深い」内容だと記者団に話したが、しばらくして「まだあけていない」と述べた。》

 まさかと思い、原文の記事を見たが、日本版がいくらアレンジされているとはいえ、事実関係は同じだった。以下が、その記事だ。

《The envoy, General Kim Yong-chol, hand-delivered a letter from the North Korean leader to President Trump. Mr Trump at first said the letter was "very interesting" but later said he had not yet opened it.》(『US-North Korea: Trump says summit with Kim is back on』 June 1, 2018)

https://www.bbc.com/news/world-us-canada-44339003

 親書の内容を確かめもしないで、会談OKを決める。まさに、トランプらしいと言えばそれまでだが、こんなことでいいのだろうか?

 ところがもっと驚くのは、その後のトランプの会見の内容だ。

 トランプは、どこをどう見ても金正恩と単に会いたいためにだけ、いったんキャンセルした会談をリセットしたと思えないからだ。以下、報道されたことから、その要点をまとめてみよう。

 

(1)会談は今回だけではない。今後、複数回会談があるだろう。

(2)非核化は急がなくていいが、実現するまでは経済制裁は解除しない。

(3)今後「最大限の圧力」という言葉は使いたくない。経済制裁を解除する日が来ることを楽しみにしている。

(4)非核化を受け入れた後の経済支援は、日本や韓国あるいは中国などの周辺諸国が行う。アメリカが多く支出することはない。

(5)今回の首脳会談で朝鮮戦争の終戦協議はあり得る。

 これでは、アメリカ側が会談再開の条件とした「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化」(CVID:Complete, Verifiable, Irreversible, Dismantlement)は、まったく実現しない。驚いたことに、トランプは、「急ぐことはない、ゆっくりやればいい」と言ったのだ。

 まさに、これでは完全譲歩ではなかろうか。そのため、日本のメディアも欧米メディアを、これを「段階的非核化を容認した」として批判した。

 さらに、日本人としてもっと驚いたのは、(4)の経済支援は日中韓などの周辺諸国が行うという発言だ。これが間違いなければ、米朝で勝手に「終戦宣言」だけされて、その後、核を放棄したら、その段階で日本は莫大な経済援助をさせられることになる。

 そのとき、北朝鮮が日本に届く短・中距離ミサイルを温存し、さらに核を秘匿したとしたら、日本にとっていいことは一つもない。そればかりか、状況はさらに悪化する。

 そこで、トランプ発言を確かめるべく、ホワイトハウスのHPにアクセスすると、トランプは次のように発言していた。

 

 以下、トランプが北朝鮮の金英哲副委員長と会談後、記者団の質問に答えた『Remarks by President Trump after Meeting with Vice Chairman Kim Yong Chol of the Democratic People’s Republic of Korea』(White House, Issued on: June 1, 2018)より、日本に関する発言を引用する。( )は筆者の訳。

https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-meeting-vice-chairman-kim-yong-chol-democratic-peoples-republic-korea/

《Q Do you plan to offer the North Koreans economic aid at the June 12th summit?

 THE PRESIDENT: Well, what’s going to happen is South Korea will do that. No, I don’t think the United States is going to have to spend. I think South Korea will do it. I think China-I think, frankly, China will help out.

 I think that Japan will help out. No, I don’t see the United States spending a lot of money. You know, we have three hostages. How much money did I spend for the hostages?

 And, look, we’re very far away. We are very far away. Those places are very close. It’s their neighborhood. We’re thousands- we’re 6,000 miles away. So I’ve already told South Korea, I said, “You know, you’re going to have to get ready.” And Japan, also.

 And I think they really want to see something great happen. Japan does, South Korea does, and I think China does. But that’s their neighborhood; it’s not our neighborhood.》

(Q:大統領、あなたは首脳会談で、北朝鮮に経済援助を提供しようと計画していますか?

 大統領:うーん、なにか起こるとすれば南朝鮮(韓国)がそれをやるだろう。私は、合衆国が支出すべきとは思っていないよ。南朝鮮がやるだろうよ。そう、中国もね。寛容な中国も援助するだろう。

 私は日本もすると思う。まさか、合衆国が大金を支出するとは思えない。わかるだろう、われわれは3人の人質を取り戻した。3人に、われわれはどれくらいのカネを払ったか?

 それに見てみろ。われわれは遠く離れている。遠く離れているのだ。彼ら(3カ国:日中韓)はとても近い。近所だぞ。われわれは何千、そう6000マイルも離れている。だから、私はすでに南朝鮮に、「わかっているだろうな。もう準備をしておいてくれ」と言っている。もちろん、日本にもだ。

 そして、私は、彼らがマジになにかすごいことが起こるのを見たいと望んでいるのを知っている。日本も、南朝鮮も、そして中国もそうだ。(北朝鮮は)彼らの隣近所だが、われわれは隣近所ではないんだよ)

 普通にこの発言を読めば、トランプは同盟国・日本のことなど、さして関心をもっていないことがわかる。

 なにしろ、彼のアタマの中では、日本も韓国も中国も周辺国(neighborhood)として一緒なのだ。だから、北の面倒を見るのは「ご近所さん」の義務、核のツケは日中韓の3国が払うべきだと考えているのだ。6000マイルも離れたアメリカの知ったことではないのである。

 つまり、トランプは北朝鮮の非核化を、核搭載のICBMが遠く離れたアメリカに届かなければ、それでいいと考えているのだろう。ともかく、オレが金正恩をなんとかやり込めておくから、あとは勝手にしろと言っているように聞こえる。

 さらに日本人にとって聞き捨てならないのは、すでに韓国にも日本にもカネを払う準備をしておけと、トランプが言っているということだ。トランプがこう明言している以上、安倍首相はその額(ツケ)について、トランプから言われていることになる。

 しかし私たちは、そうした状況に日本があることを薄々は知ってはいても、いまだに政府から、ちゃんと聞かされていない。

 かつて(2017年11月8日)、トランプは、韓国の国会で北朝鮮を「地上の地獄」(hell on earth)と呼び、「国際社会はならずもの国家の核の脅威を容認できない」と訴えた。

 この演説は、今年の1月のダボス会議のスピーチ「アメリカ・ファーストは、アメリカ・アローンを意味しない」と並んで、トランプの演説の中でも群を抜いて素晴らしいものとされている。

 しかし、スピーチライーターが書いたのだから、本人は内容をほとんど理解できていないのかもしれない。

《North Korea is a country ruled as a cult. At the center of this military cult is a deranged belief in the leader’s destiny to rule as parent protector over a conquered Korean Peninsula and an enslaved Korean people.》(北朝鮮はカルトに支配された国だ。この軍事的なカルトの中核にあるのは、朝鮮半島を征服し、朝鮮民族を隷属させることにより、父なる保護者として支配することこそが指導者としての宿命だと信じる錯乱した信念だ)

《North Korea is not the paradise your grandfather envisioned. It is a hell that no person deserves.》(北朝鮮は、あなたの祖父(金日成)が思い描いた楽園ではない。誰にとってもふさわしくない地獄だ) 

 トランプはアメリカ大統領の使命がなんであるか理解していない節がある。そんな使命より、自分の名声、名誉欲のほうが大事なナルシストである。

 アメリカ大統領の使命は、アメリカが世界覇権を握り、人類の運命を左右できる力を持っている以上、単なる「駆け引き」「ディール」の成功ではない。この世界から、あらゆる差別、人権無視、独裁政治、強権政治、武力による支配などをなくすことだ。そうして、より世界を民主化し、平和にしていくことだ。

 そのための北朝鮮に対する非核化要求である。単に核を放棄すれば、それで独裁OK、国民の奴隷化OK(=体制保証)では意味がない。北朝鮮の体制転覆と金正恩の打倒こそ、アメリカの究極の目標でなければならない。

 それなのに、人民を奴隷化し、搾取している国の「王」と取引する。これは「悪魔」と取り引きするのと同じことである。

 ここで、先のホワイトハウスのHPに載ったトランプ発言に戻ると、トランプは「人権」に関して、次のように言っている。

《Q Did you talk about human rights today? And do you expect to talk about it on-

 THE PRESIDENT: We did not talk about human rights, no.

 Q Do you expect to talk about it on June 12th?

 THE PRESIDENT: Could be. Yeah. Could be. I think we probably will, and maybe in great detail. We did not talk about human rights.》

(Q :今日(金英哲氏との会談)、あなたは人権について話しましたか? そして人権について話すことを期待しますか?

 大統領:いや、話はしなかった。

Q:人権について6月12日に(首脳会談で)話すことを期待しますか?

 大統領:できればね。もちろん、できればやる。思うに多分やれるし、細くつめられるだろう。ただわれわれは(今日は)人権については話してはいない)

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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