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「森友・加計問題」に続いて安倍首相を追い詰める「日米首脳会談」の成否についての考察

山田順作家、ジャーナリスト
ただの”ゴルフ友達”にすぎない可能性も?(写真:ロイター/アフロ)

 森友・加計問題で、安倍首相を退陣させるかどうかの“様子見”(sitting on the fence)が、永田町、霞ヶ関、メディア、評論家----いや全国民の間で続いている。「外交の安倍」という“看板”があるので、まだやらせてもいいという「空気」があるからだ。日本は「空気の国」である。空気が変わらなければ、事態は動かない。

 そこで、今回の日米首脳会談を考えると、その成否次第で空気が大きく変わる可能性がある。

 かねてから多くの日本のメディアは、安倍首相の外交を高く“評価”してきた。そのせいか、今回の首脳会談も、期待感を持たせて報道している。

 たとえば、《トランプ米大統領は日米首脳会談で、5月か6月初旬に開くとしている北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との米朝首脳会談に向け、安倍晋三首相からの助言を期待している。》(『産経新聞』4月16日)というのだ。

 しかしこれは、《米政府高官は13日、「大統領は、北東アジアの安全保障に関する(安倍)首相の見解を重視し、助言を求めるだろう」と述べた。》(『毎日新聞』4月16日)というから、単なる“社交辞令”“リップサービス”にすぎないだろう。

 ポルノ女優ストーミー・ダニエルズとセックス(1回)して、その口止めに13万ドル払う大統領が、他人の助言など求めるわけがない。なにしろトランプは、自分を「(情緒が)すごく安定した天才」(a very stable genius)と思っている男だ。しかも、彼の唯一の自伝で、ゴーストライターが書いた本のタイトルは、『The Art of the Deal』(交渉の技術)である。

 私は、日本のメディア以外で、安倍首相は外交が上手いと評価した記事を読んだことがない。漏れ伝えられるところによると、安倍首相は異常なハイテンションで渡米するというが、はたして、トランプが“ゴルフ友達”の窮地を救ってくれるだろうか?

 日本での報道によると、安倍首相は側近とともに、17日から18日の2日間、パームビーチのトランプご自慢の別荘「マー・ア・ラゴ」に滞在して、アメリカ側と“じっくり話し合う”という。

 その話し合いの議題は、主に北朝鮮問題と鉄鋼・アルミ関税問題の二つ。前者はとくに「拉致問題の解決を北朝鮮に要請してほしい」ということであり、後者は「関税を適用除外にしてほしい」ということだから、話し合いというよりは「お願い」である。

 したがって、この“二つの願い”が叶えられれば、首脳会談は成功だとメディアも評論家も言うのだろうが、そんなことでいいのだろうか。

 

 まず、鉄鋼・アルミ関税問題だが、これが発動された時点で、日本が適用除外にならなかったことで、日本政府は大きく傷ついた。世耕弘成・経済産業相にいたっては、絶句したと伝えられる。

 しかし、経済的な損得を考えると、それほどの問題ではないだろう。たとえば、日本の高規格鉄鋼の値段が上がると困るのはアメリカのほうだ。アメリカ国内のクルマの販売価格が上がってしまうからだ。

 カナダ、メキシコ、ブラジル、オーストラリアなどは適用除外になったのに、なぜ日本が中国と同じ扱いを受けるのか、という不満はある。日本人として怒りを感じるのは十分に理解できる。

 しかし、それだからといって適用除外を懇願するというのは、あまりに卑屈すぎないか。なにしろ、ついこの前までそんな関税は存在しなかったのだ。

 

 したがって、適用除外を勝ち取ったとしても、なにかトクをしたわけではない。よかったと喜べば喜ぶほど、“交渉上手”(?)のトランプの罠にハマってしまうだろう。

 それに「白人至上主義者」のトランプにとって、しょせんは、チャイニーズもジャパニーズも同じだ。物乞いすればするほど足元を見られる。

 今回もまた、過去2回のときと同様、“ゴルフ会談”があるという。当初、安倍首相は国会期間中だから断ろうと考えていたというが、本心は「ゴルフをやろう」というトランプの誘いに嬉しくて飛び上がったとも言われる。

 しかし、トランプは、単にゴルフをやりたいだけで誘ったのかもしれない。バンカーに落ちたのに放って置かれた“借り”を、安倍首相は返せるのだろうか。

 トランプには、安倍首相より仲がいい“ゴルフ友達”はいっぱいいる。たとえば、パームビーチにはあのグレッグ・ノーマンも豪邸を構えていて、トランプとは“ご近所ゴルフ付き合い”をしている。そのため、トランプはノーマンの頼みにイヤとは言えず、オーストラリアは関税の適用除外になったと伝えられている。

 次に拉致問題だが、こちらのほうは日本人にとっては切実な問題である。なぜならこれは、北朝鮮が私たち日本人の人権を踏みにじった犯罪だからだ。しかし、これを懇願すると、数兆円が飛ぶ可能性がある。

 安倍首相というのは、ときに大見得を切ることがある。その一つが、「私の政権で拉致被害者を全員帰国させる」という国民に向けたメッセージだ。したがって、自力でこれを解決できない日本は、なんとしてもトランプに頼み込むしかない。ところが、これが大きな“ツケ”(invoice:請求書)となって、日本に跳ね返ってくる可能性がある。

 前記引用した『毎日新聞』の記事にある13日、米高官はこうも語った。

《北朝鮮による拉致問題に関しては、韓国の拉致被害者や北朝鮮で拘束されている米国人にも触れて「大統領はいつも、北朝鮮で不当に捕らわれている人々のことを念頭に置いている」と語った》(4月14日、時事通信)

 これを「よかった」などと捉えるのはお人好しすぎる。日本のメディアが聞くから、米高官はこう答えたにすぎず、これもまた“リップサービス”だからだ。

 トランプに言わせれば、「そんなに大事なら、自分たちで解決しろ」ということになるだろう。

 

『NESポストセブン』(4月13日)は、「安倍×トランプのゴルフ会談 差し出す政権維持費3兆円」という記事を掲載し、その中で次のように述べている。

《トランプ氏を“仲介”した拉致交渉がうまくいこうがいくまいが、今回の日米首脳会談の実現によって莫大な費用負担を求められるリスクが大きい。その第一は、日本の北朝鮮に対する賠償金の交渉権をトランプ氏に握られることだ。

 日本は小泉内閣時代の日朝平壌宣言で、北朝鮮に対して国交正常化の後、植民地支配の事実上の賠償として援助を行なうことで合意しており、北の要求額は最大200億ドル(2兆円以上)にのぼるとみられている。本来なら、この経済支援は日本にとって北に拉致被害者の返還を迫る“切り札”のはずだ。

 ところが、安倍首相が自分の功を焦るあまりトランプ氏に拉致問題の仲介を依頼すれば、賠償金を米朝首脳会談の“手土産”に利用され、「拉致の方はよしなに伝えておいたから、日本は2兆円払え」と請求書を回される可能性は十分にある。》

 拉致の口利きによる賠償金ばかりではない。鉄鋼・アルミ関税も解除となれば、その代償に、F-35戦闘機やイージス艦、ミサイル迎撃システムなどをもっと買えと迫られ、さらに1兆円ぐらい支出させられる可能性がある。となると、しめて3兆円。来年10月に予定されている消費税増税、8%→10%の2%分が軽くすっ飛ぶ計算だ。いったい、私たちはなんのために働き、納税しているのだろうか?

 トランプは大統領選の期間中に、日本を名指しで非難したことがあった。頭の中がラストベルトと同じく錆びつき、時代が止まってしまっているこの大統領は、大統領に就任すれば、 日本など米軍が駐留する同盟国に駐留経費の全額負担を求めると宣言したのである。

 これは、1980年代によく言われた「日米安保タダ乗り論」(フリーライダー論)である。

 数理学でいう「ノーフリーランチ定理」(no-free-lunch theorem)であり、投資などでよく使われる「どこにもただのランチなどない」(There ain't no such thing as a free lunch.:ハインラインのSF小説『月は無慈悲な夜の女王』で有名になった格言)である。つまり、リスクを取らなければリターンは得られないということだ。

 はたして、安倍首相の外交は、これまでリスクを取ってなにかを得たことがあるのだろうか?

 今回の首脳会談の結果がどうなるかはわからない。ただし、その結果次第では、冒頭に述べたように大きく「空気」が変わるだろう。

 

 しかし、たとえ安倍退陣があろうとなかろうと、日本が置かれた状況は変わらない。北朝鮮問題は私たち日本人に、自分たちの安全と平和は自分たち自身で構築しなければならないという当たり前のことを突きつけている。いつまでもこの問題から逃げ、野党が言うような「平和国家」を“夢想”(wishful thinking)していると、そのツケは莫大なものになる。

 しかも、森友・加計問題に端を発した「公文書偽造事件」は、日本という“民主主義国家”の根幹を揺るがする問題だから、こちらも安倍首相が退陣しただけでは問題は解決しない。政治システムの変革が必要だ。

 野党は政局にすることだけに熱心だが、問題はもっと大きいことを認識すべきだ。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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