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稲田辞任!ありえない。それより南スーダンに自衛隊を医療班付きで増派せよ!

山田順作家、ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

国会で、野党議員がこれ見よがしに、稲田朋美防衛相を“いじめ”口撃している。「辞任しろ!」「自衛隊は撤退させよ!」と叫んでいる。そして、大手メディアの一部も、これに便乗して、同様な論調の記事を掲載している。

しかし、この問題は稲田防衛相が辞め、自衛隊が撤退することでは解決しない。日本の国会がこんな馬鹿げたことでも揉めているさなか、反政府軍のドンであるマシャル前副大統領は「和平合意はすでに崩壊している」と主張、「首都ジュバはわれわれの主要攻撃目標だ」と表明しているのだ。 

そもそもなぜ、自衛隊は国連のPKOに参加し、南スーダンに行ったのか? それを思えば、問題解決は、南スーダンに平和を確立し、住民を戦火から救うこと以外ありえないではないか。

しかも、この派遣を決めたのは、旧民主党政権である。つまり、野党はこの問題を政府と一緒になって苦しむ責務がある。追及するだけで、ええカッコをするのは、現地で命を懸けてミッションを遂行している自衛隊に唾を吐くことに等しい。

いったいなぜ、こんなに揉めるのか? 自衛隊日報に「戦闘」という表現があったことがそんなに大問題なのか?

もちろん、いったん「廃棄した」との理由で不開示したものが、「全部ありました」、しかも「5年間分そっくり」では「不誠実」と言われても仕方ない。「隠蔽行為」だと怒ってもいい。しかし、それだけの話だ。

稲田防衛相はよほど正直なのだろう、答弁で「事実行為としての殺傷行為はあったが、憲法9条上の問題になる言葉は使うべきではないことから、武力衝突という言葉を使っている」と述べた。

これで十分だろう。なぜなら、これは言い換えただけで、「戦闘はありました」と認めたことになるからだ。これで十分でないというなら、こう言わせれば気がすむのか?

「政府は戦闘が行なわれているのを十分に承知の上で自衛隊を派遣しました。憲法にもPKO協力法にも違反しました」

憲法9条で禁止されているのに、解釈を変え、国際貢献という名目で自衛隊の海外派遣を決めた1992年の「PKO協力法」は、もはや時代遅れである。

なぜなら、国連自体が、その後、PKO活動のやり方を変えてしまったからだ。

1994年のウガンダ大虐殺、その後のコンゴ大虐殺を経て、国連のPKOのあり方が変わった。それまで、内戦には不介入だったが、人道的見地から内戦といえども介入し、中立の立場を捨てて戦うことにしたのだ。

この辺のことは、国連のPKOを熟知している東京外国語大学教授の伊勢崎賢治氏の次の記事を読んでほしい。

→『南スーダンの自衛隊を憂慮する皆様へ~誰が彼らを追い詰めたのか? ゼロからわかるPKOの今』(伊勢崎賢治 、2016.09.27、イズメディア)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49799?page=2

すでに国連も「大虐殺が起こる可能性がある」と、何回か警告を発している。それなのに、ここで撤退する。そんなことをしたらどうなるか、考えてみてほしい。

→『南スーダンで民族浄化、国連委、大虐殺を警告』(産経新聞 2016.12.02)

http://www.sankei.com/world/news/161202/wor1612020016-n1.html

現在、南スーダンに派遣されている自衛隊部隊は、悲惨な状況にあるという。もし戦闘で負傷したとしたら、満足な治療すら受けられないという。このことは、ジャーナリストの志葉令氏が、この欄の記事で告発している。

→『元自衛官、安倍政権に怒り―南スーダン駆けつけ警護「負傷したら治療されずに死ぬ」』(yahooニュース個人、2016.12.14)

http://bylines.news.yahoo.co.jp/shivarei/20161214-00065439/

この記事によると、派遣部隊に手術できる医務官はいないし、持たされる救急キットは恐ろしくお粗末で、止血帯とガーゼ、包帯くらいしかなく、驚くことに痛み止めすらないというのだ。

これでは、もしなにかあったとき、治療が受けられない。自国部隊によって、見殺しにされてしまいかねない。なぜ、こんなことが起こっているのか? それは、そもそも戦闘がないからという「ウソの前提」で、政府が物事を決めているからだろう。部隊派遣にまともな医療班が付いていかない軍隊などあるのだろうか?

日本政府は、昨年、南スーダン問題で、国際社会から顰蹙を買う、大きなミスを犯している。

それは、国連安保理の「武器禁輸措置」の決議に棄権したことだ。この決議は、南スーダンに武器の禁輸と同国のリーダーたち3人に渡航禁止および資産凍結を科したものだったが、日本ほか8カ国が棄権したため否決された。アメリカ主導にもかかわらず、なぜ、日本は棄権したのか?

それは、次の記事を読むと釈然とする。

→『民族大虐殺迫る南スーダン。国連安保理の武器禁輸措置決議になぜ日本は消極的なのか』(伊藤和子Newsweek日本版 2016.12.07日)

http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/12/post-6494_2.php

日本政府は、自衛隊員が戦闘に巻き込まれると困るから、ともかく南スーダン政府と対立しない道を選んだのだ。

いったい、日本政府はなにをやりたいのか?

国連の加盟国として、単に付き合いで自衛隊を派遣しているのか? それも、犠牲者が出る可能性が十分に考えられる地域に派遣しているのだ。

もし、そうだとしたら、日本国憲法の前文にある《われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。》にもとる行為だ。

日本の軍隊は、世界の軍隊のなかでも、もっとも優れた軍隊ではなかったのか? 旧日本軍がどんな軍隊だったか、考えてみてほしい。それが、こんな馬鹿げた「言葉遊び」のために、防衛相が辞任し、紛争地から引き揚げていいのか? そんなことを主張する人間たちは、この国と私たちを冒涜している。自衛隊員の崇高な使命をバカにしている。

いま、日本がすべきは、十分な医療班付きの野戦部隊を南スーダンに増派することだろう。憲法9条が、いかに日本人の心を卑しくしているか、政治家とメディアは真剣に考え直すべきだろう。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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