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もはやトランプは「オワコン」だ。弾劾確率2.0倍。政府は「トランプ以後」を見据えよ!

山田順作家、ジャーナリスト
NAFTA見直しを改めて強調する”オレさま”大統領トランプ(写真:ロイター/アフロ)

■私たちの年金がメキシコ国境の壁になる!?

日米首脳会談が迫ってきた。官邸筋の情報によると、安倍首相はワシントンに史上最大規模の「手土産」を持参するという。2月2日付の日経新聞によれば、その内容は「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が米国のインフラ事業に投資することなどを通じ、米で数十万人の雇用創出につなげる」とされ、その規模は朝日新聞によると、なんと「4500億ドル(約51兆円)」である。

まさに耳を疑うとはこのことだ。なぜ、私たちの年金資金をアメリカに貢がなければならないのだろうか?

トランプが言っている「インフラ事業」の目玉は、どう考えても、メキシコ国境の壁である。となると、時代錯誤の“万里の長城”は、メキシコのカネではなく、日本のカネでできることになる。“マッドドッグ”マティス国防長官が来日し、「私としては1年前、5年前と同じく、日米安保条約第5条は重要なものであることを明確にしたい。それは5年先、10年先も変わることはないだろう」と言ってもらっただけで、ここまで巨額のコントリビューションが必要なのか?

■トランプが任期をまっとうできないは2.0倍

就任して2週間、早くも「弾劾」の機運が高まり、トランプ大統領は「オワコン」になりつつある。韓国の朴槿恵大統領より先になるという“噂”まである。スパイサー大統領報道官は、トランプの虎の威を借りて報道陣を威嚇しているが、人のいいプリーバス首席補佐官は“パシリ”の本領を発揮して、ホワイトハウスの中を右往左往している。

そんななか、トランプだけが「アメリカ第一主義=オレさま第一主義」を、毎日、わめき立てている。

世界にはいろいろな“賭け”がある。ブックメーカーは抜かりなく、賭けのオッズを発表する。それによると、「トランプは4年の任期をまっとうできず弾劾される」は2.0倍である(ちなみに「メキシコ国境に壁ができる」は7.0倍)。トランプに「4500億ドル」を貢ぐ、日本政府の気がしれない。

■ペンス副大統領が大統領になる可能性

実際、大統領弾劾の機運は高まっている。まともなアメリカ国民なら、トランプを支持するわけがない。共和党員だって、もう呆れ返っている。「トランプは人格障害だ」ということが、いまや定説化しつつある。

それとともに、ペンス副大統領への期待が高まっている。トランプが弾劾されれば、継承順位第1位のペンスが大統領になるからだ。ペンスはトランプに比べたら、はるかに人格者で、穏健だ。

ブックメーカーの中には、ペンスが大統領になる確率をオッズにしようとする動きがある。そのオッズは、なんと2.0倍だという。

■周囲はトランプの本性を見抜いていた

はっきり言って、トランプは、政治も経済も、さらにアメリカの歴史、民主主義も、なにかもまったく理解していない。また、それらにまったく興味がない。彼が興味を持っているのは自分自身だけ。そういう男だ。

これは、トランプの著書『The Art of the Deal』(1987年刊、日本タイトル『トランプ自伝』)のゴーストライターだったトニー・シュウォルツも指摘していることで、彼はトランプが大統領候補になった時点で、「嘘を書いたことを恥じている」と告白している(『The New Yorker』2016年7月25日号)。さらにシュウォルツは、「もう1度書き直せるならば本のタイトルは“反社会的行為者”となるだろう」とまで言っている。

私もこれまで何十冊もゴーストライティングをしてきているので、彼の言っていることはよくわかる。なぜなら、自伝のような本のゴーストライティングは、読者にできるだけその人物を魅力的に見せ、共感を呼ばなければならないからだ。つまり、多くの場合、虚像をつくりあげる。もちろん、本当に魅力的で、書くに値する人間はいる。しかし、多くの場合、そういう人間はゴーストライターまで使って自伝を出そうとは思わない。

■共和党はトランプのペテン師ぶりを見逃した

いま思えば、どこかでアメリカ国民がトランプの“快進撃”を阻止することは可能だった。そうした機会はいくらでもあった。しかし、いつも高邁なことしか言わないリベラルメディアがトランプを叩いても、「それはエスタブリッシュメント側の印象操作だ」と、いったんトランプを信じてしまった人々は、彼を疑おうとはしなかった。

また、少しでも教養がある層は、いくらなんでも彼に投票する人間はそう多くないと、タカをくくっていた。

しかし、トランプは、そこらの政治家よりもよく知られた存在だった。テレビ番組『アプレンティス』で、全米中に顔を売り、不動産王から一種のカリスマになっていた。「You’re Fired!」とう一発芸は、大衆には痛快だった。だから、大衆は、トランプが大統領になれば、勇躍ワシントンに乗り込んで、エリートたちに「お前らはクビだ」と言ってくれるだろうと思い込んでしまった。ラストベルトの貧しい白人たちはそう信じ込んだ。

しかし、政治的な面から言えば、共和党が堕落したからトランプは大統領になった。共和党幹部はトランプのペテン師ぶり、危険性を100も承知しながら、大統領選に勝てるならと容認し、彼を放置してしまった。リパブリカンという名に恥じる行為を彼らは犯した。

■なぜ多国間を止めて2国間にこだわるのか?

トランプは自分にしか興味がなく、自分がすべてという男だ。ということは、ここが彼の弱点だ。トランプは、自分を褒めてくれた人間は大歓迎し、批判する人間は罵倒する。つまり、こういう男は、面従腹背で褒め倒せばいいだけだ。褒め倒して、聞いたフリをして従わない。これで簡単に操縦できる。首席戦略官・上級顧問のオルタナ右翼マイケル・バノンは、まさにそうしているに違いない。

トランプは複雑なことは考えられない。だから。TPPもNAFTAも理解できない。要するに、多国間にわたることは理解できない。中国の「ワンチャイナ政策」も、なぜ国際社会がそれを便宜的に認めているかも理解できない。そのため、北京と台湾に分けて考えることにしてしまった。

こうして、アメリカの他国との交渉は、すべて、2国間交渉になってしまった。

ならば、要求をテキトーにかわしていくしかない。なのに、なぜ日本政府は自ら率先して莫大な手土産を持参するのか? そんなことをするなら、まだ東京五輪を見据えて、東京にトランプタワーをつくってもらった方がよほどいいだろう。  

■トランプノミクス、それってなに?

トランプの経済政策を「保護主義」と言っている向きがある。しかし、それは「主義」というほどのものではない。トランプノミクスと言っている向きもあるが、それは「ミクス」と言うのも恥ずかしい、単なる思いつきで、政策と呼べるシロモノではない。

それでもトランプノミクスを保護主義とするなら、それは共和党の政策ではなく、民主党の政策だ。民主党はNAFTAの成立当時からこれに反対し、オバマ政権でも見直し・離脱を主張してきた。TPPも同じだ。トランプは労働組合の票を奪うために、こうした政策をパクったにすぎない。そして、悪いことに保護主義を続ければ、アメリカは長期的には衰退してしまうだろう。トランプはこれがわからない。

なぜなら、この保護主義の根源は、「経済ナショナリズム」だからだ。トランプは日本や中国のせいで、アメリカの製造業が衰退したと信じ込み、アメリカでモノをつくれと、全産業に言い続けている。

要するに、災いは外国からもたらされた。彼らは敵だ。だから、外国製品は締め出し、入ってくる外国製品には関税をかけると言っている。バカすぎる。

■保護主義、経済ナショナリズムが戦争を起こす

経済ナショナリズムは、第二次大戦をもたらした遠因だ。政府は国内規制を強めて、外国と対抗し、そうすることで国民が幸せになれるという幻想に陥っていった。しかし、そうすればそうするほど経済的に孤立し、国民は貧しくなった。日本はまさにこの陥穽に陥った。

経済は、政府からできる限り自由な方が、世界は平和になる。自由貿易、人とモノの自由な交流が続く限り、戦争をする動機が生まれないからだ。国境を閉じることで、戦争への動機が生まれる。

戦争をなくす道はただ一つ、究極の国際分業、すなわちグローバル経済の進展だ。しかも、いまやネットで世界中が繋がり、ネットの中には国境がない。デジタルエコノミーの時代になった。国境などいくら閉じても、3Dプリンターでいくらでもモノはつくれるだろう。しかし、トランプはこの状況がまったくわかっていない。

■合理的な解決方法は「小さな政府」を目指すこと

それにしても、アメリカでは民主主義が“完全”に機能したために、「神の下の一つの共和国」(one nation under God)で、歴史に残る“偉大な大統領”が誕生してしまった。アメリカという共和国の伝統をもっとも忠実に守って、「小さな政府」(small government)と「丘の上の町」(City upon a Hill)をつくっていくはずの共和党は、支持者を裏切った。

民主主義が衆愚主義というのは本当だ。トランプはこれを証明した。だから、やはり、少数の「賢者=エリート」が政治を行っていくべきだという意見が浮上している。

たしかに、民主主義は危険な側面を持っているが、一部の賢者が政治を担うべきだという「徳治主義」には賛同できない。なぜなら、いかに賢者だろうと、生身の人間である以上、私利私欲に走る可能性があるからだ。

よって合理的な解決方法は、左翼的な平等主義ではなく、ひたすら「小さな政府」を目指すことだ。政府による規制を極力小さくすれば、トランプのようなバカが権力を握っても、国民は苦しむことはない。大統領令の連発も、単なる「紙切れ」で終わる。

■ラストベルトの悲惨な現実は過去のもの

とはいえ、トランプ大統領誕生のインパクトは、現在のところ、限りなく大きい。トランプは、薄汚いペテン師、人を騙すのをなんとも思わない「自己愛」男でも、アメリカン・ドリームの恩恵を受けられることを証明してしまった。メディアと大衆を騙せば、大統領にさえなれるのだ。この後遺症はとてつもなく大きい。

トランプを支持した白人の貧困層、中間下流層は、多くが真面目な働き者で、日曜日は教会に礼拝に行っている。そして、真面目に働いて努力すれば、やがて自分たちにもチャンスが訪れるかもしれないと信じてきた。彼らは子供の頃から、学校で星条旗に向かって、共和国への忠誠を毎朝唱えてきた。そして、教師から、「ここは自由な国」と教えられてきた。

しかし、ラストベルトの現実はそうではなかった。デトロイトの荒廃と崩壊は、エミネムの自伝的な映画『8マイル』(2002年)に克明に描かれている。ホワイトトラッシュの厳しすぎる現実は、映画『フローズン・リバー』(2008年)で、哀しいほど描かれている。

そしていま、彼らはトランプに完全に騙された。

■トランプがいなくなれば「アメリカン・ドリーム」復活

バーバラ・エーレンライクの『ニッケル・アンド・ダイムド』(2006年)を読みながら、東部の街をいくつか歩いたことがある。中心街は荒廃してシャッター通りになり、郊外のショッピングモールには昼間から職のない若者たちがぶらぶらしていた。そこに、軍のリクルーターがやってきて、入隊しないかと誘っていた。

しかし、この時代はもう昔のことだ。すでにアメリカは経済低迷を脱し、経済テイクオフの時代に突入している。失業率は4.7%と完全雇用に近い。ラストベルトの荒廃はもう終わり、デジタルエコノミーがこの先の主役になろうとしている。トランプの“化石ヘッド”には、この現実が映っていない。

トランプが破壊したアメリカン・ドリームは、いずれ復活するだろう。彼が任期の4年をまっとうできるかどうかはわからない。しかし、彼さえ排除できれば、アメリカの将来は明るい。この国の国民がいくらなんでも、この先、ずっとおバカでいるはずがない。日本政府は目先のトランプのご機嫌取りをやめ、トランプ以後を見据えるべきだ。

バカに付き合えば、こちらもバカになるだけだ。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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