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人民元安で進む資産フライト、円も同じ運命になる!

山田順作家、ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

■日本で、世界で、ホテルを買っている中国人

中国人は、モノを買うとき必ず値切る。とくに不動産などは、言い値では買わない。しかし、最近、私が不動産業者から聞いた話では、都内の高級物件、観光地のホテル物件など、言い値で買っていくという。一刻も早く元を手放したいからだという。

中国の富裕層や企業は、以前は都心のタワーマンションや高級物件を買っていたが、最近は日本のホテルや旅館を買うようになった。たとえば、2015年9月、伊豆・修善寺の老舗ホテル「滝亭」は、中国の杭州に本社がある「途易集団」に6億4000万円で買収された。また、北海道の高級リゾート「星野リゾートトマム」は、「上海豫園旅游商城」に183億円で買収された。

中国企業によるホテル買収は、日本だけの話ではない。トマムを買収した上海豫園旅游商城の親会社「復星国際」は「クラブメッド」を買収している。また、「安邦保険集団」はアメリカの名門ホテル「ウォルドルフ・アストリア」、「上海錦江国際酒店」は欧州第2位のホテルグループ「ルーブル・ホテルズ・グループ」を買収している。さらに、「天津天海投資発展」は、ラディソンやパークプラザブランドを持つ「カールソン・ホテルズ」を買収している。

■中国企業の海外M&Aが過去最高を記録

不動産、ホテルばかりではない。中国企業による海外企業のM&A額は年々、過去最高を更新している。「中国証券報」が1月5日に報じたところによると、2016年、中国企業が発表した海M&A件数は91件、金額は1600億元(約2兆6400億円)を超えたという。これは、2015年のM&A件数124件を下回るが、金額の924億元をはるかに上回る過去最高だった。

この報道と金額では矛盾するが、「フォーブス・ジャパン」(forbesjapan.com)の記事(2016年12月29日)によると、調査企業「Mergermarket」は、2016年度に中国企業がアメリカで510億6000万ドル(約5兆9900億円)を投じ、65件の買収を行ったと発表している。金額は前年の117億ドル(約1兆3700億円)から、なんと360%も増加している。

中国企業がM&Aを行った主なものを挙げると、不動産コングロマリット「大連万達集団」(ワンダグループ)がハリウッドの映画製作会社レジェンダリー・エンターテイメントを35億ドルで買収。家電メーカーの「海爾集団」(ハイアール)がGEの家電部門を買収。前記したカールソン・ホテルズを買収した「天津天海投資発展」の親会社「海航集団」(HNAグループ)が、イングラム・マイクロを60億7000万ドルで買収している。このイングラムの買収は、中国企業による米IT企業の買収として過去最大の案件という。

■人民元1ドル=7元台突入は時間の問題

これだけ大規模なM&Aが行われれば、人民元は流出せざるをえない。人民元はドルにどんどん替えられる。

中国人民銀行が、この1月7日に発表したところでは、2016年12月の外貨準備高は3兆105億ドル(約352兆円)で、前月比410億ドルのマイナス。中国では、2015年の1年間に5126億ドルという大幅なマイナスを記録しており、2016年も毎月400〜500億ドル平均でマイナスが続いている。そのため、3兆ドルという大台割り込みも間近で、人民元安は止まりそうもない。

人民元レートは、この原稿を書いている時点(1月17日)で、1ドル=6.8992元である。約7元とすれば、この3年間でなんと約2元も下落したことになる。2013年には1ドル=5元台が見えるところにまで元高が進んだことが、嘘のようだ。こうなると、7元台突入は間違いないと思える。

これだけ人民元安が続くと、日本企業の中国で上げる利益は大幅に縮小してしまう。個人も、人民元預金にまったく魅力がなくなってしまう。私の知り合いの上海駐在員は、人民元預金を止めてしまった。

■習近平体制になってから中国経済は衰退

中国は2012年秋に習近平体制になってからというもの、経済は下降の一途をたどっている。これまでのような高い成長率は維持できなくなり、毎年、なんらかのバブルが崩壊するような経済事件に見舞われている。

2013年には、シャドーバンキング問題が発覚した。2014年には、過剰生産が問題になり、GDPの水増し疑惑が浮上した。さらに、住宅バブルが崩壊した。2015年には、上海株の急落が起こった。そして、2016年からは、人民元の大規模流出である。それでも経済成長率は、今年も6%以上が目標とされるというのだから、信じられない。

通貨の下落は、輸出を促進する点ではいいかもしれないが、その一方で深刻な資本逃避による国内経済の空洞化をもたらす。とくにドル建ての債権を抱えている企業は、窮地に追い込まれる。そのため、中国政府は、大量の人民元を刷ることになるが、その結果、さらに元安は進んでしまう。

■為替介入を行って必死に元安を抑え込む

中国は、中央銀行の中国人民銀行が外貨を集中管理する制度を採用している。つまり、実質的な為替管理を行っている。中国人民銀行は外貨の大半を買い上げ、その分、市場に人民元を供給する。したがって、大量の元売り、資本逃避が起こると、外貨準備を取り崩し、外貨を売って元を買い取るという為替介入を行う。

すでに、中国人民銀行は、この為替介入を何度も行ってきている。

それなのに、人民元安は止まらず、対米ドルレートは1ドル=7元に向かって突き進んできた。そんなかで、企業はM&Aに走り、富裕層は資産フライトに走っている。中国の富裕層というのは、ほとんどが中国共産党幹部か、共産党と親密な関係にある人々だ。つまり、彼らは、今後、人民元が1ドル=8元、あるいは9元になると考えているということになる。

■個人レベルでの外貨両替も徹底的に制限

これ以上の元安はまずいと、中国当局は、海外投資や外貨両替などの規制強化を図るようになった。

たとえば、金融機関が報告すべき1回当たりの国内外の現金決済額の下限が20万元から5万元まで引き下げられた。また、外貨の両替は年間5万ドルとされていたが、それ以下でも応じないようになった。とくに、不動産購入や金融商品購入を目的とした両替は、認められなくなってきたという。

昨年12月6日、発展改革委員会、商務部、人民銀行などが合同で記者会見を行い、不動産、ホテル、映画、娯楽、スポーツクラブなど5業種の投資プロジェクトの海外投資については、今後厳しい審査を行うと通達している。

すでに個人レベルでは、昨年から、銀聯カードでの海外ATMを利用した外貨引き出しが大幅規制され、年間10万元の上限が設けられている。これによって、日本における爆買いが一気にしぼんだ。

■「為替操作国」から変動相場制に移行か?

トランプ次期大統領は、中国を「為替操作国に認定する」と息巻いてきた。このことも、人民元の下落を招く原因になっている。もし、本当に認定されれば、人民元からの資本逃避は加速する。

そんなか、囁かれているのが、人民元の変動相場制への移行だ。中国当局はいまのところ、移行リスクが大きいと判断しているようだ。しかし、IMFのSDRにも加わり、国際通貨となった以上、いつまでも事実上の固定相場制を維持するわけにいかない。それに、移行することによって少なくとも外貨準備高の急速な減少は避けられるという見方がある。

変動相場制への移行は、かつて日本が歩んだ道である。それにより、通貨の価値は市場で決まるようになる。しかし、円は移行後に円高となったが、中国はその逆に元安になる可能性がある。

中国経済の化けの皮が剥がれ、人民元がこれまで不当に高く評価されたことが、さらに知れ渡る可能性もある。

■日本企業のM&Aも史上最高を記録

人民元安ばかりか、円安も止まらない。しかも、今回の円安は、ちょっと底が見えない。予想家や一部エコノミストは、これは一時的なもので円高反転もあるとしているが、一時的にそうなっても、長期的な円安傾向は続いていくはずだ。私はすでに日本の国力の済衰による『永久円安』という本を書いてしまっているので、円高反転はあってもそれは一時的なもの。円安傾向は、日本経済の衰退ともに半永久的だと言っておきたい。

つまり今後、円は人民元と同じ道を歩むことになる。

なぜ、円安が続くかは、日米金利差がさらに開く、日本経済の衰退が続くなどの原因があるが、直近の状況を見ても、そうならざるをえない点をいくつか指摘できる。

まずは、中国企業と同じように、日本企業も海外M&Aを加速させている。つい最近は、武田薬品工業がアメリカの製薬会社、アリアド・ファーマシューティカルズを約54億ドル(約6200億円)で買収するということが伝えられた。この1件だけでも、大量のドルを武田は用意しなければならない。

トランプの威嚇発言を受けて、トヨタは北米国際自動車ショーの席で豊田章男社長が「今後5年間に100億ドルをアメリカに投資する」と明言した。これだけで約1兆1500億円の円がドルに替わる。

M&A助言会社のレコフが、1月4日に発表した2016年1~12月の日本企業による海外M&A件数は635件。2015年と比べて13.4%増え、過去最多を更新した。金額ベースでは10兆4011億円。過去最高だった2015年の11兆2100億円からは7.2%減ったが、2年連続の10兆円超えとなった。このM&Aでの最大のものは、ソフトバンクの英アーム・ホールディングスの買収だ。買収額はなんと3.3兆円と発表された。海外M&Aで動くのはドルである。

■円安がどこまで行くかわからない

私がもっとも信頼・敬愛する投資家(海外在住、“最後の相場師”と呼んでいる)のH氏は、円安の大相場を予想し、今年はそれに賭けている。それは、前記したM&Aのような資金需要もあるが、昨年の円高時の為替ヘッジが、今後次々に期限が来てロールオーバーできなくなり、ドルを買い戻す動きが活発になるのが確実だからだという。

投資筋は、昨年の7月ごろまで大量にドル債を買っている。この際に為替ヘッジしたため、ドル売りとなって円高を招いた。これが当時、円が1ドル120円から100円まで円高になった主な原因である。  

通常、為替ヘッジは6カ月ものが多いので、それが今年の1月以降順次満期を迎える。つまり、円安にならざるをえない。

この円安はどこまで行くかはわからない。ジョージ・ソロスをはじめ、ヘッジファンドの大物がみなドルを買い進んでいる。トランプも「アメリカ第一主義」は「ドル第一主義」という単純思考の持ち主だから、ドル高を容認している。

となると、ドル円は少なくとも前回の円安時、1ドル124円を上回るのは確実と、H氏は言う。

トランプはホラ吹き、暴言大統領だが、十分なツキを持っている。彼の当選前から、アメリカ経済は上向いており、今年、FRBは数回の利上げを確実に行うだろう。

■「円は安全資産」は単なる思い込み

元の運命は、そのまま円の運命と重なる。中国人が元を持つのが不安なように、いまや日本人も円を持つのが不安になっている。人口減で、もはや経済発展がありえない国となったこの日本で、確実に進むのは国家財政の悪化(借金の膨張)と少子高齢化、そして円安だ。

昨年の6月、ある週刊誌は、「完全にオワコンとなった資産フライト。香港上海銀行から日本人が消えたワケ」という記事を掲載し、日本人の資産フライトが下火になったということを指摘した。しかし、これは、単に香港での日本人の口座開設が、規制強化により下火になったというだけの話だ。つまり、とんだピンと外れの記事で、富裕層や企業はいまも資産フライトを続けている。円資産からドル資産への転換が進んでいる。

いまだに日本のメディアの多くは「円は安全資産」と平気で書く。「世界経済に不安材料が増えると、円は安全資産として買われる。日本は世界最大の対外純資産保有国であり、世界的にリスク資産が売られるリスクオフ局面では、世界の投資マネーが避難先として入ってくる」と言う。しかしこれは単なる思い込みだ。今年のどこかでドル円が前回の円安時の124円を超えれば、そんなことは言っていられなくなる。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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