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P・クルーグマン教授の口車に乗る日本、乗らないドイツ。どっちが正しいか?

山田順作家、ジャーナリスト

■ドイツが経済危機の元凶と非難

ポール・クルーグマン教授は、本当に愚かだ。さもなければ、希代の詐欺師である。これまで、世界中にヘリコプターマネーを提唱し、先進国政府の財政を借金まみれにしてきた。アメリカ政府は、自国にこんな経済学者がいるものだから、史上空前の金融緩和(QE)をやり続け、欧州(EC)もユーロを刷り続けてきた。そして、日本もアベノミクス(「異次元緩和」)という円を刷りまくる財政ファイナンスを始めてしまった。

そんな教授が、自分の意に添わないドイツを非難しているのだから、もうあきれたとしか言いようがない。

11月8日の朝日新聞に載った彼のコラム記事「世界経済危機の元凶ドイツよ、貿易黒字を減らせ」を読んだ人は、目が点になっただろう。このコラムは、『ニューヨーク・タイムズ』紙のコラムの転載だが、彼の主張は常軌を逸していた。

■ドイツの政策によって南欧は苦しんでいる

10月30日、アメリカ財務省が発表した報告書のなかで、ドイツのマクロ経済政策が批判された。すなわち、「ドイツが欧州の景気回復を窒息させており、ひいてはグローバル経済も窒息させている」と、この報告書は述べていた。当然、ドイツはこの報告書に対して怒った。

しかし、クルーグマン教授は、このドイツの怒りに対して、お説教を垂れたのだ。

「経済の問題の本質を直視することを拒み続けている」

「自国の経済政策に対するいかなる批判に対しても自らが犠牲者になったかのように大騒ぎするというドイツの残念な性質を示した」

などと言い、ドイツが黒字を出すのはけしからん、ドイツの政策によって南欧は苦しんでいると、批判した。

たとえば、スペインの国内失業率27%、若者の失業率57%はドイツの責任だと言ったのである。

■ドイツも日本も質実倹約の国

クルーグマン教授は、これまで何度も緊縮財政を続けるドイツを批判してきた。質実倹約を是とし、それを曲げないドイツの国民性に対してまったく無理解だった。

ドイツ人は「世界一ケチ」だと言われる。堅実で、どんなに儲けても贅沢をしない。しかし、それが逆にドイツの資本主義を発展させたのである。なぜなら、倹約で生じた「余剰」を投資することで資本主義はスタートするからだ。

英米の資本主義もプロテスタントの世俗的禁欲主義が原動力になったとされている。日本の資本主義も、その根底には、上杉鷹山や二宮尊徳などに代表される「節約の精神」があった。

ところが、ノーベル賞受賞者だというのに、クルーグマン教授は、こういったことを無視する。人々が倹約して富を蓄積する。その富が社会を循環して経済が発展するのに、「借金で経済が発展できる」、「金融緩和が世界を救う」といったことを唱えているのだ。

だから、クルーグマン教授にとって、アベノミクスは願ったり叶ったりの政策だった。ドイツと違って、日本は彼にとって優等生であり、聞き分けの良い生徒だ。

彼はすっかり満足して、「そして日本経済が世界の希望になる」(PHP新書のタイトル)なんて賞賛の辞を、日本に対して送ってくれている。

■アリに対してキリギリスになれと迫る

しかし、よくよく考えてみよう。私たち日本人は、昔からドイツと同じように「質実倹約」を美徳としてきた。貧しいなかで一生懸命働いて、コツコツと富を蓄え、それでこの国を発展させてきた。借金は恥であり、贅沢はこの国では敬遠されてきた。

つまり、アリとキリギリスのたとえで言えば、ドイツも日本もアリである。借金して遊び暮すキリギリスではない。

しかし、クルーグマン教授は、そういうアリに対して、「働きを蓄えるな」「蓄えた分を吐き出せ」「もっと借金しろ」と言っているのだ。

残念なのは、クルーグマン教授のような「金融緩和で世界はハッピーになれる」というお花畑思考に、完全に染まった日本の学者や評論家がいることだ。

とくに、ある経済評論家は、「経世済民を忘れて緊縮財政に走る愚かな国、ドイツ」なんてコラムを書き、クルーグマン教授の尻馬に、完全に乗っている。

■自分がアリであることを忘れた日本

ドイツの緊縮政策は筋金入である。それは、2度にわたる敗戦で国家財政が破綻した苦い経験があるからだ。とくに、ハイパーインフレで紙幣や国債が紙切れになり、結果的にヒットラーを生み出してしまったことは、ドイツ人の心を深く傷つけた。心ばかりではない、多くの国民がそれまでコツコツと築き上げた財産を失った。

だからドイツでは、リーマンショック後の2009年、憲法にあたる基本法を改正し、「債務ブレーキ」条項を追加している。

しかし、日本は同じような経験をしながら、バブル崩壊以後、堰を切ったように借金を重ねてきた。そうして、公共投資を繰り返したが、なんの成果も得られず、「失われた20年」を続けてきた。

馬鹿の一つ覚えのようなケインズ政策を続けて、いままたアベノミクスでそれをやっている。国土強靭化計画は、その典型だ。日本は、自分がアリであることをすっかり忘れてしまったのだろう。

■アメリカと同じことをやれば自滅する

もし、借金による公共投資が持続的な成長をもたらすなら、いまスペインは好況に湧いていなければならない。ギリシャも同じく繁栄していなければならない。なぜなら、この両国は、ここ30年間、公共投資を続け、素晴らしい道路や鉄道を建設してきたからだ。スペインの高速鉄道AVEは新幹線以上だし、バルセロナのオリンピック公園も素晴らしい。また、遺跡の下を走るアテネの地下鉄もすごい(車両はドイツのシーメンス製)。しかし、こうした公共投資が、若者の失業率の改善に貢献しただろうか?

アメリカは世界覇権を持つキリギリスの国だから、借金をしまくり、ドルを刷り続けても、いずれその世界覇権によりチャラにできる。また、世界を一時的(あくまで一時的)に救うためにも、金融緩和をやる意義はある。

しかし、日本がその尻馬に乗るのは、自滅を意味する。なぜ、日本政府(官僚たち)は、自分たちの国民性と違うことばかり、やりたがるのだろうか?

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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