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なぜ日本人はいくら働いても幸せになれないのか? アベノミクスはこれを解決しない!

山田順作家、ジャーナリスト

■アベノミクスは日本を覆う閉塞感を取り除けるのか?

ゴールデンウィーク中なので、日本の市場も政府も休みである。政治家は外遊し、官僚も休んでいる。しかし、GWが終われば、いよいよアベノミクスの「第三の矢」である成長戦略の策定が本格化する。そこで聞きたい。

あなたはアベノミクスのストーリーを本気で信じていますか?

できることなら私も信じたい。日本復活を望みたい。しかし、残念ながら、私は信じられないでいる。今回はこのことを整理して書く。

現在、日本を覆う閉塞感。それはひと言で言うと、「なぜ私たちはいくら働いても幸せになれないのか?」ということだろう。これをアベノミクスは解消できるかのように言っている。しかし、それは幻だ。なぜなら、アベノミクスは日本を覆う閉塞感の根本原因にまったく切り込んでいないからだ。

閉塞感の根本原因とはなにか? それは、日本政府が積み上げてしまった巨大な債務だ。

■国家でさえ民間企業や家庭と同じように破産する

まず、よく考えていただきたい。なぜ、日本は今日までGDP比で2倍以上という、世界のどの国でもありえない約1000兆円もの巨大債務を積み上げることができたのだろうか?と……。その答えは、誰も「返せ!」と言わないからだ。

もし、これが民間の債務なら、債権者は疑心暗鬼になって何度も催促しているはずだ。貸し手がいちばん恐れるのが貸し倒れだからだ。しかし、借り手が政府となると、現在の金融システムでは貸し倒れはありえない(リスクフリー債権)という設定になっている。

この世界には、政府、つまり国家権力以上の権力はあり得ないからだ。

では、この設定は間違いないのだろうか? そうではない。ギリシャやアルゼンチンを見れば明らかなように、国家も借金を踏み倒す。国家でさえ民間企業や家庭と同じように破産するからだ。

しかし、日本はなぜか破産しないことになっている。これまで、さんざん財政破綻が警告されたにもかかわらず、その兆候さえない。だから、財政破綻を言うと、最近では異端者扱いされ、リフレ派と言われる人々やその支持者から総攻撃にあう。「国家破産はありえない」というような、信じ難き本を書く人間も出てくる。

その根拠は、「日本政府は国内から借金している。ギリシャのように海外から借りているわけではない」というのだ。確かにそのとおりだが、国内だろうと国外だろうと、債権者がいて返済を催促され、その原資がないとわかれば破綻するのだ。そうでなければ、資本主義は成り立たない。

■国債の「本当の債権者」は国民自身というジレンマ

いまのところ日本国債は「最強」ということになっている。なにしろ、世界のどの国の国債より金利が低い。しかし、本当に最強なのだろうか? 日本国債が「最強」と思われているのは、じつは、本当の貸し手である国民と企業が返済を請求できないところにある。

現在、日本国債はその9割以上が、日本国内で消化され、その保有者は主に銀行と保険会社である。銀行のうちゆうちょ銀行はとくに保有比率が高く約170兆円 の預金残高のうち、8割以上約140兆円が国債だ。メガバンク3行も預金のうち3割~4割が国債だ。三菱UFJFG約45兆円、みずほFG約30兆円、三井住友FG26兆円といずれも巨額である。

このように国債の保有者は、名目上は金融機関である。しかし、その購入資金は家計や企業が金融機関に預けた金融資産である。だから、「本当の債権者」は国民自身である。つまり、日本政府は国民からお金を借りているから、いざとなったら踏み倒せるので、借金を重ねているのである。

■肌感覚「政府は巨大債務を返せない」が成長を阻んでいる

前記したように、この世界に国家以上の権力はない。したがって、国家はお金がほしければ徴税権を行使すればいい。つまり、国債の担保は私たちの税金なのである。ということは、本当の債権者である国民は、債権の権利を行使して取り立てを行うと、自分自身の首を絞めることになる。これでは、取り立てができるわけがない。

このことを多くの国民はうすうす気がついていると思う。しかし、これを認めると自分で負担しなければならないので、知らないふりをするしかない。もちろん、この構造をまったく知らない国民もいるだろう。

ただ、いずれにせよ、この国が閉塞感におおわれ、将来不安が増していることは、肌感覚でわかっているはずだ。この肌感覚、「おそらく政府は巨大債務を返せない」が、日本の成長を阻んでいるのだ。

■民間の借金と政府の借金の大きな違いとはなにか?

では、ここで、政府債務と民間債務を比較してみよう。

民間債務は前記したように貸し倒れリスクがある。したがって、貸し手は常に借り手を監視する。だから、借り手は必死に働き、金利を払う。事業者なら自身の事業に専心し、なんとか早く返済しようとする。これによって、お金は世の中を巡り、取引は活発化し、経済も回るし、成長もある。

しかし、政府はこのような努力をする必要がない。必死になって返さなくとも、理論的に徴税権を行使すればいいし、政府に監督されている金融機関は残高がある限り、政府の言うことを聞いて国債を買うしかないからだ。

これで、はたして政府が本当に仕事をするだろうか? 国債で吸い上げたお金をばらまくだけで、本気で借金を返そうとするだろうか? バブル崩壊以後、国債発行によるばらまきが行われてもいっこうに景気が浮揚しなかったのは、ここに原因がある。これとアベノミクスとどこが違うのだろうか?

自国民から借金するということは、このような放漫財政を招くだけなのだ。これなら、海外から借金したほうが、国際的な信用を失うというリスクがある分、まだましだと言えよう。

■国債の大量発行ができたのはデフレ下で超低金利が続いたから

それでは、なぜアベノミクスのような、これまでと規模が大きいだけで中身は変わらない異常な政策が打ち出されたのだろうか?

うがった見方をすれば、これでインフレにして、政府債務を減らしてしまおうと考えたからとも言える。もちろん、リフレ派が本気で景気回復ができると信じたこともあるだろう。しかし、どうみても、この目論見は成功確率が極めて低い。

これまで、政府が大量の国債消化(つまり借金)を続けられたのは、デフレの下で金利が異常に低かったからだ。しかし、インフレになり、そのインフレ率が2%などというマイルドなものでなくなれば、国債価格が大きく下落してしまう。

金利が上昇して、国債価格が下落すれば、当然金融機関には損失が発生する。実際に決算毎に損失計上をする必要があるかどうかは、国債の保有区分にもよる。しかし、損失が表面化しようがしまいが、資産が劣化するのは同じことだ。4月17日に出た「日銀レポート」によると、銀行の損出額は金利1%の上昇で6.6兆円となっている。

これでは、数%の金利上昇で、金融機関はほとんど倒産してしまう。

■国債を売却する出口戦略になったら買い手はいるのか?

ここ数年、メガバンクはリスク回避のため、国債の平均残存期間の短期化を進めてきた。長期債を離し、短期債に切り替えることを積極的に行ってきた。しかし、地銀と生保はまだ大量に長期債を抱えている。

GW前の4月24日の日経新聞の「金融ニッポン」の記事に、次のような記述があった。

《「長めの国債はすべて売り切った」。日銀が金融緩和に踏み切った翌日の今月5日、横浜銀行頭取の寺沢辰磨(66)は横浜市内で開いたアナリスト説明会で、満期までの残存期間が5年以上の国債を売却し、売買益を確保したことを明かした。》

また、4月25日、生命保険9社の2013年度の資産運用計画が出そろったが、国債中心から外債での運用を増加するとし、その合計は1兆円規模になると発表された。すでに日本の金融機関は、国債暴落リスクを念頭に置いて行動しているのだ。

これまで政府が大量の国債を発行できたのは、デフレで低金利を続けられたからだ。しかし、この前提条件をアベノミクスは、破壊してしまう可能性が強い。なにより、成長戦略がなければシナリオは崩れる。今後、日銀は国債を大量に抱えることになるが、期待通りインフレになり、そのインフレが限度を超えそうになったら、国債を売却してインフレを抑える必要がある。これが出口戦略である。

しかし、そのとき国債を買う買い手はいない。いるとしたら、投機目的のヘッジファンドぐらいだ。

■現在行われているのは「危ない」「大丈夫」の心理ゲーム

アベノミクスは、これまで続いてきた日本国の債権・債務の関係のバランスを、すでに崩し始めている。

すでに、わが国のバランスシートは債務超過に陥っている。日本政府は十分な資産を持っているというが、それは売れない米国債や、資産価値がない公共物(道路や橋、政府関連施設)や土地だ。もし、政府が国有地を大量に売りだせば、地価は大暴落するのだから、売れるはずがない。この点で、「資産があるから大丈夫」と言っている人間は、帳簿だけしか見ていない。

このように見てくると、これが民間企業、家庭なら、もうお金を貸すところなどあり得ないのだ。それなのに、金融機関はいまだに国債の応札に応じているのはなぜなのだろうか? それは様子見ということもあるが、現状では、ほかにポジションの取りようがないからだ。それからもう一つ、現状では、まだ国民の半数以上が国家が潰れることなどあり得ないと考えていると判断しているからだろう。

じつは、こうした心理的要因のほうが、現実問題より大きい。そのせいで、これまで政府は借金を続けられたとも言えるのだ。国家が潰れたら、金融機関どころではない、国民も共倒れだ。だから、いくら借金漬けでも貸し込む(「追い貸し」)しかなく、それで危機を先送りしてきたとしか言いようがない。

国民が日本経済はまだまだ生産力と技術力を保持し、絶えず富を生み出せると信じ、懸命に努力するなら、先送りはもう少しは可能だろう。しかし、それでも債務がこれほど大きいと限界は必ずやってくる。現在の心理ゲームが崩れるときがくる。それをアベノミクスは早めてしまった。

■同じ巨大債務国アメリカと日本の決定的な違い

ここで、それなら同じような巨大債務を抱えるアメリカはどうなんだ?という見方もあるだろう。現在のアメリカは、財政と貿易という巨大な「双子の赤字」を抱えたうえに、リーマンショック後に大胆な金融緩和(QE1、QE2、QE3)を3回も行っている。しかも、アメリカの赤字の穴埋めは海外からの資金供給だ。 日本をはじめ世界中がアメリカ国債を買い、事実上の「追い貸し」を行っている。だから、この点でいうと、海外からカネを借りていない分だけ、日本のほうがましではないかというのだ。

しかし、ここで誤解をしてはいけない。アメリカより日本のほうがよほど危ないのである。というのは、アメリカには日本にない世界覇権がある。豊富な資源も世界最大の軍事力もある。つまり、いざとなれば軍事力を使って戦争を起こせるし、いくらでも追い貸しを迫れる。さらに、なんといってもドルは基軸通貨だから、これを減価されては世界中が困るのだ。

しかし、日本はアメリカのように世界から資金を呼び込めない。借金が国内でバランスしているうちはいいが、それが崩れたら日本にお金を貸す国があるだろうか? 世界経済のプレーヤーとしてのアメリカは重要だが、日本はさして重要ではない。アメリカの倒産は世界中に巨大な損害を与えるが、日本の倒産はほとんどの債務が国内にあるだけに、超円安になって調整され、あくまで国内問題で終わるだろう。

■現在の政府機構は潰れても日本国と日本経済は続いていく

最後にあえて書いておくが、国家破産は終わりではない。日本国と日本経済は続いていくのであり、終わるのは借金をつくり過ぎた現在の官僚機構中心の日本政府である。つまり、公務委員の大幅なリストラ、政府資産の売却とともに政権が交代し、厳しい緊縮財政の下で徴税が強化されることになる。もちろん、私たちの暮らしはいまよりずっと貧しくなる。

日本がいましなければならないのは、憲法改正ではない。「国債償還法」をつくることだ。そうして、それが守れなければ予算の執行を止めることである。そのうえで、国債暴落が起こらない程度の持続した経済成長を我慢強く続けること。それで、税収の安定を図ることだ。

アベノミクスのような金融・財政政策よりもこちらが優先であり、増税は最悪の選択である。だから、本来なら先に「第三の矢」が来なければならない。そのうえで国債発行を抑制し、公務員の首切りを実施して政府をスリムにし、プライマリーバランスの達成を目指さなければならない。

増税よりも減税を行い、海外からの投資を呼び込むこと。深刻な少子化による人口減を、移民導入などの政策でストップさせることも必要だろう。アベノミクスは成功してほしいと思う。しかし、いまのままではほぼ失敗するだろう。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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