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アップル参入後の電子書籍市場を予測する。「2016年に2000億円」はありえない!≪4≫

山田順作家、ジャーナリスト

■電子書籍が紙の売上を食うカニバリゼーション

3月5日、日本での最後の電子書籍プラットフォームとしてオープンした「iBooksotore」だが、やはり、市場を伸長させる最大の決め手は、電子書籍の価格である。

日本では、電子書籍が紙の書籍の売上を食う(カニバリゼーション:共食い)と信じられてきたので、これまで大胆な値付けは行われてこなかった。

紙より安い値段を付けると、紙のほうが売れなくなって全体の売上が落ちると、電子書籍の価格は紙と同じか、あるいはやや安めというところで落ち着いてきた。もちろん、これは大手や中堅出版社のケースで、「iPhone」の単体アプリ電子書籍などは例外だ。

それでは、電子書籍の価格はどのくらいが適正なのか? あるいは売れるのか?

■電子書籍は紙より安いものという見方が定着

アメリカのケースを見てみると、電子書籍の値付けに関しては、ある程度の信頼できるデータが出ている。簡単に言うと、紙より電子は安くしないと売れない。とくに紙の既刊本の場合、かなり安くしないと売れないということが、これまでの状況から判明している。

電子書籍専門のウェブメディア『Digital Book World』によると、現在、電子書籍のベストセラーチャートでは、デビー・マッコマーの1984年の小説 『Heartsong』 (Random House,$2.99) が10位、サンドラ・ブラウンの1990年の作品『Mirror Image』 (Hachette, $1.99)が12位に入っている。トップ25位まで見ると、2.99ドル以下の廉価本はこれを含めて7点ある。

それに対して、10ドル以上は6点、9.99ドルは7点、7.99ドルは5点となっていて、新刊は高くとも、やはり既刊本は激安価格になっている。つまり、こうしないと売れないのだ。

『Digital Book World』http://www.digitalbookworld.com/

もちろん、価格決定にはいろいろな点が加味される。しかし、アメリカではすでに、電子書籍は紙より安いものという見方がユーザーには定着してしまっている。『Digital Book World』が価格と売上の関係を調べてみたところ、電子書籍の売上が最大化する価格帯は3ドル近辺になっている。

■「iBooks」は「Kindle」と違って閉じられたサービス

このように見てくると、「iBookstore」は予想以上に将来有望な市場と思われるが、大きな難点もある。それは、「Kindle」などのほかの電子書店と「iBookstore」で同じタイトルを相互に行き来できないということだ。「iBookstore」で買った本は、アップルの端末とPCでなければ読めない。

「Kindle」の場合、スマホではAndroid版とiOS版の両方に対応している。そのため、「My Kindle」から電子書籍を送る端末を選ぶだけでAndroid端末、iOS端末の区別なく読むことができる。 

しかし、「iBooksstore」では、それができないのだ。

アップルの垂直統合モデルは、あくまで自社製品ファンのみへのサービスで、空間として閉じられているのである。これは、大きな可能性を秘めた電子書籍を、鳥かごのなかに押し込めているのと同じだ。

紙の書籍は、こんな閉じられた空間を形成していない。紙の出版世界というのはどこまでもオープンな世界である。アップルの電子書籍は、世界標準規格の「EPUB3」を採用している。それなのに、このように閉鎖的なのだ。ということは、「iPhone」や「iPad」というアップルの端末が今後も端末のシェアを拡大していかないと、電子書籍の売上も伸びないということになる。

■「App Store」での単体アプリの電子書籍はどうなる?

さて、次は、前回記事でふれたリッチコンテンツが「iBookstore」では増えないのではないかという問題だ。じつは、この問題は「App Store」の単体アプリ電子書籍と関連する。

これまで「iPhne」「iPad」では、電子書籍といえば、「App Store」のカテゴリの一つ「ブックス」内で、単体アプリ電子書籍として販売されてきた。この「App Store」の単体アプリ電子書籍は、日本ではエロ系コンテンツを中心に、紙の本とは違う独特の電子書籍市場を形成してきた。しかも、これはかなり大きな市場だったことは、これまで述べたとおりだ。

ところが、今回の「iBookstore」日本版のオープンで、この単体アプリがアップルの審査を通らなくなったのである。3月6日以降これまで、ニューリリース作品は数えるほどしかなくなっている。

これは、単体アプリ電子書籍を制作している会社にとっては死活問題で、この業界は一時騒然となった。

「App Store」の単体アプリ電子書籍がダメなら、 Android端末で「iPhone」の「App Store」に当たる「Google Play」で売ればいいではないか?という声もあったが、いまのところ、iOSのアプリ売上高はAndroidの4倍以上もある。Androidは、まだまだビジネスになっていないのだ。ということは、「App Store」で単体アプリ電子書籍が販売できないとなると、制作会社のダメージははかりしれない。

■「App Store」から移行した電子書籍が売れ始めた

「ウチではあわてて「iBookstore」に登録しましたよ。今後、こちらに単体アプリものを移行させていくつもりです。おそらく、「App Store」のカテゴリの「ブックス」よる単体アプリは、今後はなくなるか、リッチコンテンツだけになるのではないでしょうか?」

と、ある制作会社の人間は言う。

これはあくまで推測だが、ほかの関係者に聞いても同じ見解だった。というのは、かつてアップルは、いわゆる『Alice for the iPad』のようなインタラクティブな電子書籍(リッチコンテンツ)は単体アプリとして審査を通し、単純な文字や図版だけの電子書籍アプリは審査を通さなかったことがあるからだ。

この例にならえば、「iBookstore」は、今後リッチコンテンツよりも文字中心の紙に近い電子書籍が主流になり、リッチコンテンツは「App Store」での販売が中心になるものと思われる。

こうしたことを裏付けるように、現在、「iBookstore」には、「App Store」から移行した単体アプリ電子書籍が登場し始めている。「App Store」でランキングの上位を独占した「エロ系」「セックス系」「成功系」「情報商材系」「自己啓発系」の電子書籍が、大手出版社が出した一般書の電子版や漫画コンテンツよりランキングで上にくるようになってきた。それにともない、村上作品のようなリッチコンテンツはランキングを落としてしまった。

■「iBookstore」でもBL系、TL系漫画が中心になる?

「App Store」から移行した電子書籍は、「App Store」では85円だったが、「iBookstore」では100円である。つまり、ユーザーはリッチコンテンツ、一般書の電子版など値段が高いものは見向きもせず、ともかく安いものに飛びついていく。

また、こんな声もある。

「じつは、BL系、TL系漫画も「iBookstore」の審査をとおる可能性があるようなんです。業者によっては過激でないものから出しているようですから」

現在「iBookstore」の有料本ランキングは、まだまだ大手出版社の人気漫画作品が占めている。もし、BL系、TL系漫画、「App Store」から移ってきた「エロ系」「セックス系」「成功系」「情報商材系」「自己啓発系」の100円本が「iBookstore」の審査を通るとなると、今後はランキング上位を独占するかもしれない。

すでに、この兆しは出始めている。

となると、ここでもまた、アメリカとはまったく違う電子書籍市場ができることになる。

■今後、日本の電子書籍市場はどうなるのか?(まとめ)

それでは最後に、「今後、電子書籍市場はどうなるのか?」を箇条書きにしてまとめておきたい。

(1)電子書籍専用端末の時代は終わる

遅れて来た本命とされたアマゾンの「Kindle Paper White」も売れなかったことで、もはや日本では電子書専用籍端末の時代は終わったと言っていい。日本のユーザーは、電子書籍を読むためだけの電子書籍専用端末を買わないことがはっきりした。これは、アメリカでも同じ。調査会社IHSアイサプライの推計によると、電子書籍専用端末の2012年の売上高は36%も減少している。

(2)電子書籍はスマホで読むもの

ガラケーからスマホへのデバイスの転換が進み、電子書籍もスマホで読むというスタイルが一般化する。PC、タブレット端末でも電子書籍は読まれるが、少数派。したがって、スマホに合わせた電子書籍が増えていく。

(3)やはり売れるのは漫画、エロ系コンテンツ

現在、一般書では、紙でベストセラーになるもの以外は売れない。それ以外は、エロ系コンテンツか、BL、TLを含めた漫画が、今後も日本の電子書籍市場の主流を占める。これにライトノベルが加わる。それでも、一般書はじょじょにだが市場を拡大していく。

(4)3年後の市場はせいぜい1000億円

各種調査で3年後には2000億円とされる電子書籍市場だが、この達成は無理。このままいくらデジタル化が進んでも、せいぜい1000億円程度だろう。

(5)電子書籍は安くないと売れない

アメリカ市場を見ると電子書籍と紙書籍では価格に連動性がないことがわかってきた。とはいえ、電子では安くないと売れない。スマホで買うことが主流となると、他のアプリとの価格比較で、紙の値段はつけられない。

(6)セルフパブリッシングの拡大

電子書籍市場が紙と違うのは、誰もが出版できること。電子による自費出版(セルフパブリッシング)は勝手に進展する。今後は、ワナビー作家(成りたがり作家)たちが激増する。電子書籍で恩恵を受けるのは、このワナビー作家とプラットフォーム。それ以外のプレーヤーは疲弊するだけ。

(7)フォーマットが「EPUB」に一本化

現在、乱立している電子書店はじょじょに再編・統合され、それとともにフォーマットも「EPUB」に一本化されていくだろう。それ以外で残るのは、アマゾンの「AZW」のみ。

(8)紙と電子の同時出版が進む

これは大手出版社だけだが、講談社や角川などはすでに新刊書において実現している。しかし、これで、電子書籍が飛躍的に増えるかというと、日本の特殊性を考えれば、2015年で「紙9割、電子1割」がせいぜいだろう。

*この記事は、自身のサイトに書いた記事 《 「iBookstore」日本版のオープンで、今後の電子出版市場はどうなるのか?(3月10日)》に、最新情報を入れて、大幅に加筆したものです。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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