Yahoo!ニュース

アップル参入後の電子書籍市場を予測する。「2016年に2000億円」などありえない!≪1≫

山田順作家、ジャーナリスト

■繰り返されてきた「電子書籍元年」が終わりを告げるのか?

アップルの「iBookstore」日本版がオープンして3週間が過ぎた。

昨年秋のアマゾン「Kindle Store」に遅れること半年、これで日本の電子書籍市場には、ほぼすべてのプレーヤーが出そろったことになる。

とすれば、今後この「枠組み」のなかで、どのような電子書籍市場が形成されていくのか? これまで毎年のように繰り返されてきた「電子書籍元年」が終わりを告げるのか? 日本もアメリカのように電子書籍が進展していくのか? が、今後の焦点になる。

これを、電子書籍を制作する側から言うと、 どこの電子書店(プラットフォーム)がシェアを握るのか? どんな電子書籍を制作すれば売れるのか? の2点が、最大の関心事ということになる。

そこで、ここでは、これまでの状況を整理し、今後の電子書籍市場を展望してみたい。

■「米アップル参入で花開く電子書籍市場」という日経記事

業界人は、自分が属する業界の日経新聞の記事を読んではいけないという。それは、業界予測記事がことごとくはずれるからだという。私は、そうは思ってこなかったが、「米アップル参入で花開く電子書籍市場」(2013年3月14日)という記事には、残念ながらそう思わざるをえなかった。

この記事は、《米アマゾン・ドット・コムが電子書店を開設してから4カ月が経過した。6日には米アップルも有料販売を国内で開始し、いよいよ日本でも電子書籍が本格的な普及期を迎える》と書き出して、アップルの「iBookstore」日本版がオープンして、各出版社が始めた新しい試みを紹介し、そのうえで電子書籍市場が今後進展すると予測している。

記事の最後は、この種の記事でお決まりの電子書籍市場の市場予測数値が示され、それを受けて次のように結ばれている。

《「電子書籍元年」とされた2012年度の国内電子書籍市場は、調査会社インプレスR&Dによると前年度比13%増の713億円になる見通し。16年度には2000億円に急伸すると同社はみている。電子書籍先進国の米国では、全出版物のうち電子書籍の売り上げが占める割合が既に約2割に達した。 一方、日本の出版市場は8年連続でマイナス成長が続く。5年遅れで本格普及が始まった日本でも電子書籍がけん引役になれば、出版全体の活性化につながる可能性がでてくる。》

■「電子書籍市場が花開く」というのは希望的観測

はっきり言わせてもらうが、電子書籍は日本の出版界の活性化にはつながらない。残念ながら、「電子書籍市場が花開く」「16年度には2000億円」などということは、私の肌感覚から言ってありえない。

結論から書いてしまうと、今回のアップルの「iBookstore」日本版オープンで、電子書籍市場は少しは拡大するかもしれない。しかし、それが今後どんどん伸び、出版界を活性化させ、2016年には2000億円もの電子書籍市場ができるなどというのは、単なる希望的観測だ。それは、「アベノミクスで日本が復活する」というのと同じくらい根拠がないストリーと言っていい。

では、なぜそう考えるのか? 以下、順を追って説明していきたい。

■アマゾンがリードするも、端末の「Kindle」は売れず

まず、述べておきたいのが、日本の電子書籍市場の現況だ。電子書籍市場が拡大し、紙との併存時代を迎えたアメリカとはまったく異なることを認識しないと、この市場の将来は見通せない。

では、アメリカとどこが違うのか?

まず言えるのが、電子書店と電子書籍専用端末の乱立だ。現在、日本には電子書店が10店以上もある。電子書籍専用端末も「Kindle」「Kobo」「Lideo」「Sony reader」など、やはり10種類近くある。どれもあり過ぎである。あり過ぎてもそれぞれが独自性を持っているのなら併存可能だが、どれもほぼ同じでどんぐりの背比べ状態になっている。

となると、規模が大きくサービスがいいものにユーザーは流れる。それで、現在、電子書店ではアマゾンの「Kindle Store」が一歩抜け出し、電子書籍端末でも「Kindle」が日本の端末を駆逐してしまった。「Kindle Store」の日本オープンは昨秋だったにもかかわらず、この半年で、日本勢をオーバードライブしてしまったのだ。日本勢は、アマゾン上陸まで2年以上も猶予があったというのに、やはり歯が立たなかったのである。

とはいえ、いくら「Kindle Store」がいいといっても、専用端末の「Kindle」はまったく売れていない。この点が、日本がアメリカと違う第二の点だ。アメリカで電子書籍市場が進展したのは、「Kindle」が売れたことが大きな要因だ。しかし、日本では次々と出た端末はすべて売れず、最後にやってきた黒船「Kindle」でさえ、まったく売れていない

業界関係者に聞くと、「予約注文もあって今年の1月までは売れましたが、2月以降さっぱり」とのことで、この先も売れる可能性はない。昨年、私は「日本は電子書籍専用端末の墓場」と言ったが、そのとおりの状況になっている。

■「電子書籍を読むのスマホで」が主流スタイル

では、日本の電子書籍はなにで読まれているのだろうか?

それは、一昨年まではガラケーであり、昨年からは主にスマホである。もちろん、PCやタブレット端末でも読まれているが、たいした割合ではない。

つまり、いまの日本の電子書籍市場の主戦場は、スマホであり、読者はスマホユーザーということになる。スマホで電子書籍を読む。これが、日本での電子書籍リーディングの主流スタイルになったと言っていいのだ。

ということで、ここで電子書籍の読者が紙の書籍の読者と大きく違うということを、改めて認識しなければならない。紙の読者が年代を問わないのに対して、電子書籍の読者は、10代半ばから30代半ばまでの層が中心である。高年齢層はほとんどいない。また、最近では女性が急増していることが、大きな特徴だ。

もちろん、彼らは紙の本などはほとんど読んだことはない。だから、ゲームなどのアプリと同じ感覚で電子書籍を買っている。

■電子書籍をスマホで読むことになってBL、TLが急落

スマホで電子書籍を読むことが定着してきたことで、この1年の間に電子書籍市場では大きな変化が起こった。このことは、大手メディアの電子書籍関連記事にはまったく書かれていない。なぜなら、大手メディアの記者が電子書籍と考えているのは、名のある出版社が出した紙の本の電子版のことだからだ。

しかし、これまで日本で売れてきた電子書籍のほとんどが、大手が提供するコンテンツではないうえ、紙の書籍市場で一般的に「本」とされるものとは違うからだ。

そのコンテンツとは、ずばり、エロ漫画(BL, TL)である。これは、これまでの電子書籍市場の約8割を占める漫画のなかでも、主力のコンテンツだった。

ところが、ガラケーからスマホへの転換が進むと、このBL, TL漫画が売れなくなった。この半年で売上を4割も落としている制作会社もあり、現在、死活問題になっている。先日もそんな制作会社の人間と話したが、頭を抱えていた。

■岐路に立つケータイ配信のエロ漫画で潤っていた制作会社

ガラケーによるBL、TL漫画といっても、紙のものよりエロ度は低い。いわゆる「モロ出し」というものはない。通信キャリアはこういったことに厳しいから、パンチラですら認可しないからだ。それでもこれらのコンテンツは、これまで確実に売上を伸ばし、日本の電子書籍市場を進展させてきた。

しかし、ガラケーからスマホへデバイスが転換で、この状況が変わってきた。

「スマホはケータイというよりネット接続端末だから、エロはネットでいくらでも見られる。それも動画です。そうなると、動かないBL、TL漫画が勝てるわけがない」と、先の制作会社の人間は言った。

とはいえ、アマゾンの「Kindle Store 」はエロに関してはまったく規制していない。となると、日本のガラケーに配信していたものよりさらに過激なものを、「Kindle Store」には提供できることになる。だから、私は「ガラケーの売上ダウンを「Kindle Store」でカバーすればいいでは?」と聞き返した。

「いや、キンドルの市場はまだまだそこまで行っていませんよ。そのうえ、いくら規制がないも同然とはいえ、たとえばいったんパピレス(エロ漫画売上No.1の日本の電子書店)向けにつくったものを再度つくりかえる。それも、もっと過激にするっていうのはコストと手間がかかりすぎるんです」

こうして、これまでケータイ配信のエロ漫画で潤っていた制作会社は、いま岐路に立っているのだ。ただ、スマホが普及したことで、一般漫画、一般書籍の売上は上がっている。これが、電子書籍の売上の伸びを支えてきている。

しかし、ガラケーのエロ漫画の売上の急落を、一般漫画や一般書籍の売上でカバーできないと、日本の電子書籍市場の拡大はなくなる。場合によってはマイナス成長もありえるのだ。(第2回記事につづく)

*この記事は、自身のサイトに書いた記事 《 「iBookstore」日本版のオープンで、今後の電子出版市場はどうなるのか?(3月10日)》]に、最新情報を入れて、大幅に加筆したものです。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

山田順の最近の記事