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【マイスター・ハイスクール】未成年がワイン造り!?若手技術者をいかに育成するか?(山梨県立農林高校)

矢萩邦彦アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授
17歳の生徒たちが作ったワイン『17ans(17歳)』(写真:農林高校提供)

文部科学省が2021年にスタートした地域産業の担い手を育てるプロジェクト「マイスター・ハイスクール」。産官学が連携して、今までの専門高校のイメージをくつがえす最先端の人材育成を目指す。この連載では、そのモデル校に指定された全国の専門高校を取材し、取り組みと効果、課題や展望を整理し、「地域と共創するこれからの学びづくり」という視点で考えたい。(「マイスター・ハイスクール」の概要については前記事『【マイスター・ハイスクール】DX時代の創造的エンジニアを育成する場作りとは?(熊本県立八代工業高校)』をご覧ください)

山梨県立農林高等学校のマイスター・ハイスクールビジョン(農林高校提供)
山梨県立農林高等学校のマイスター・ハイスクールビジョン(農林高校提供)

●未成年がワインづくり!?

農林ワイン「17 ans」。フランス語で「17歳」という意味だ。このワインを作った生徒の年齢である。「高校時代が思い出されるフレッシュな味わい」というキャッチコピーがつく。「ぶどうを栽培してワインを作るという実習は私たちにとっては普通のことなんですが、みなさん驚かれますね」と食品科学科の渡邊一葉教諭。実際、私がこの取材について話した人たちの大半が「どうしてワインを飲めない未成年にワインをつくることができるのか?」という疑問を持った。本記事では、その先入観を打ち破る“存在意義”を伝えたいと思う。

ワインづくりやイベント・取材を通して成長する姿に驚いているという渡邊一葉教諭(写真:著者撮影)
ワインづくりやイベント・取材を通して成長する姿に驚いているという渡邊一葉教諭(写真:著者撮影)

山梨県立農林高等学校(甲斐市)は、県内唯一の農業専門学校である。マイスター・ハイスクール事業では、ぶどうの栽培・ワインの製造・ワインの販売を通して六次産業について学んでいく。六次産業というのは、農林水産業(第一次産業)の従事者が、直接関連する食品加工業(第二次産業)と流通販売業(第三次産業)にも取り組むことを指し、かけ算(第一次産業×第二次産業×第三次産業)で価値を高めることを目指す。

教育界では盛んに「アントレプレナーシップ」という言葉が聞かれるようになったが、自ら選択してキャリアを築いていくためには、社会と自分との関係や活動する領域におけるポジションなどをイメージできる必要がある。原料から販売までの全体像を把握する体験は多分野で活用できる学びになる。マイスター・ハイスクールCEOを務める白石壮真(岩崎醸造株式会社 代表取締役)は「産業界で普通にやっていることを、実業家として先生たちとは違う視点で話したい」と意気込む。

●CEOを含め、すべてが手探り

白石CEOは「他のマイスター・ハイスクール指定校と違って、山梨農林高校の場合は始まってからどう連携を取ろうかとか、手探りで進めていったのですが、手探り対象の一つが私自身でした」というが、実際、現状でうまく行っているマイスター・ハイスクール指定校は、CEOがすでに持つ人脈を活かし、行政のバックアップや、連携先の企業など、主要なシステムが関係者のあいだで合意形成されていることが多い。山梨農林は誰かの鶴の一声で協力者を集めるのではなく、CEOと学校が一から作り上げていこうという志を感じる。

「ルールを決めた方が動きやすい」仕組み作りが好きだという白石壮真CEO(写真:著者撮影)
「ルールを決めた方が動きやすい」仕組み作りが好きだという白石壮真CEO(写真:著者撮影)

ワインのイメージが強い山梨県だが、そもそも甲斐市にはワインの文化が根付いていないのだという。「市内にはワインに力を入れて販売している業者が見当たらなかったので、しっかり情報発信してくれる事業者と連携して県内全域に展開することにしました」という言葉からも、マイスター・ハイスクールがはじまってから試行錯誤しながら一つ一つ進めてきたことがうかがえる。

プロジェクト自体が探究的であることは、時に教育に相乗効果をもたらす。予定調和ではない不安定さや、葛藤と共に在る大人の姿が生徒の主体性に火をつけるのだ。教師が生徒に教えこむ従来型の学びでは、生徒の主体性を育むことは難しい。ナビゲーターであり伴走者でありながら、共に学び共に成長する存在であることが、今、求められている教師像の一つである。みなが手探りであるという前提が共有されることで、生徒たちも自分事としてプロジェクトに参画しはじめるのだ。

●ワインに興味がある生徒ばかりではない

食品科学科は、調理師やパティシエを目指して入学してくる生徒が多い。興味というのは、やってみて初めて湧くことのほうが多く、当然のことながら、ワインを飲んだことのない生徒がワインに興味を持つのは簡単なことではない。土地柄、ワインは身近ではあって保護者が飲んでいたり、保護者が興味を持つことはあるというが、実際に最初から「ワインがやりたいんです」という生徒は学年に1人か2人だという。しかし、プロジェクトに関わる大人はワインの探究者である。情熱をもってワインを語り、共にプロジェクトを進めるうちにだんだん“飲めない”ワインを好きになってくる。

実習を一手に担う山口美樹教諭は、学びを引き継ぐための「教科書」づくりが急務だという(写真:著者撮影)
実習を一手に担う山口美樹教諭は、学びを引き継ぐための「教科書」づくりが急務だという(写真:著者撮影)

「飲めないながらも手とか身体を動かしていくうちに興味を持ってくるんですよ」という山口教諭は、もともと農林高校の専任教諭だったが、常勤を辞めてフランスにワインを学びに行こうとしていたタイミングでコロナ禍に突入した。そこで現在は週2日CEOが代表取締役を務める岩崎醸造のワイナリーで栽培と醸造の補助をしながら、産業実務家教員としてワインプロジェクトで仕込みや発酵管理などの実習を担っている。教員としての経験と学びたいワインを両立するポジションは、生徒たちに火をつける絶妙な人事である。

ワインプロジェクト初年度の卒業生では、2年次にはまったく興味を持っていなかったが、3年次で火がついてワイナリーに就職した生徒や、「もっとぶどうのことを学びたい」と農林大学校に進学する生徒も出てきた。

とはいえ、ワインはあくまで栽培・製造・販売を通して必要なことを学ぶ手段である。生徒たちは様々な夢を持って食品科学科に入学してくるが、ワイン以外の道を選ぶ生徒の方が多いのが現状だ。“飲めない”ワインづくりの経験が、それぞれの将来に繋がる想像力と、知識と技術を養っていく。

●どうやって飲めないワインをつくるのか?

では、どうやって“飲めない”ワインづくりを実現するのか。CEOは、飲めないことは教育という点において大きな問題にはならないという。「ワインの状態は、科学的な分析や香り、アンケートなどで判断します。むしろ、自分たちでは味わえないものをどうやって理解しようかという試行錯誤が、他人との情報共有のスキル獲得にもつながっていると思います」。

仕込み実習の様子。この段階では「味見」ができる(写真:農林高校提供)
仕込み実習の様子。この段階では「味見」ができる(写真:農林高校提供)

原料を味わうことはできるが、そこから先はデータと想像力で調整しながら作業を進めていくことになる。これは、私自身も、国語やリベラルアーツの授業で実践していることだが、名前のない(分からない)ものや、五感による具体的イメージを持てないものごとを他者に伝えるためには、高度な抽象化能力と編集能力が必要である。AI隆盛のこれからの時代には必須の能力である。

地の利を活かしたプロジェクトとしてワインが選ばれているが、いずれはコーヒーやチョコレートを五感を使って分析していくような授業も考えているという。渡邊教諭は、「原産地による違い、製造工程による違い、食べものとのマッチングなどを自分の舌でも学ぶ機会をつくりたい」と意気込む。

●つくったワインを売るという経験

プロジェクトに取り組む生徒たちは、「販売会」での経験が印象に残っていると口をそろえる。「純粋に、自分たちがつくったものが売れると嬉しい」、「ワインを買ってくれるお客様がどんな人なのか、その場で質問できたのが嬉しかったし楽しかった」、「非日常に触れることができた。消費者の方にどれだけ目を引いてもらえるか、マーケティングに対する意識が変わりました」、「販売会で地域の方とビジネス的に交流した経験が、進路選択の決定打になりました」。

販売会での経験は大人が想像する以上に、生徒たちにとってかけがえのないもの(写真:農林高校提供)
販売会での経験は大人が想像する以上に、生徒たちにとってかけがえのないもの(写真:農林高校提供)

「ワインに合う料理を考えることも『謎解き』のようで楽しかったです」。赤ワインは苦く渋いから肉に合う、というような既存の情報に、販売会でのインタビューで得た情報を組み合わせて考えたという。

またマイスター・ハイスクールに選ばれ、取材を受けることも貴重な経験になっているという。「この学校でしかできないことだから、積極的になれたと思います。多くの人に知ってもらいたいので、積極的に発信できる情報力がつき、緊張はしますがメディアなどでも話せるようになりました」。

この他にも、「苦手を克服する大切さを学びました」などの声も聞かれ、「もともと店を持って、自分で調理して販売したいという夢がありましたが、ワインプロジェクトに取り組むうちに、微生物を使って発酵や醸造をして健康的で美味しいものを作りたいと変わりました」という生徒もいた。プロジェクトを経て、しっかり考え、意見が言えるようになったと渡邊教諭は顔をほころばせる。

●淡々と仕組みをつくり、課題を解決していく

「授業で毎年ワインを仕込んで製造していくというのは、お金がないとできません」。学校でものづくりをするうえで、課題の中心の一つは予算である。自分たちで売り上げれば解決するわけではない。今年の売り上げは翌々年に「実験実習費」として県から予算として戻ってくるというシステムだ。売り上げてから予算になるまでに2年かかる。たとえばワイン製造のための最低限の必要経費である120万円を予算としてもらうためには、前々年度に130万円売り上げて県に入れる必要があるのだという。たとえ今年売上があっても、来年度分は足りなくなってしまうこともある。「マイスター・ハイスクールに指定されて、先に予算をもらったことが大きい。元手がないと設備や原料も買えないので」。量産することで売上を上げる方法もあるが、それでは本末転倒だとCEOは言う。「実際のワイナリーと比べるとかなり小規模にやっています。地域の方やOB・OGをはじめたくさんの方が興味を持ってくださり、需要はあります。しかし、売上を大きくするのが目的ではない。先生方が教育に集中できる生産量で運営しています」。

軸である「教育」からブレないよう、量産体制は取らない(写真:著者撮影)
軸である「教育」からブレないよう、量産体制は取らない(写真:著者撮影)

また、実験実習費は人件費に使えないため、マイスター・ハイスクールが終わってからの指導の引き継ぎは大きな課題の一つだ。そもそも前例がないので、ワインの教材がない。授業で扱うに当たって時間の分配も手探りになってしまう。そこで山口教諭を中心に、急ピッチで教科書づくりに取り組んでいる。「異動は絶対にあるし引き継ぎ期間が少ないので、教材がないとその都度手探りになってしまいます」。サスティナブルなシステムをつくるために教材は必須だという。当然のことながら、教員自体がワインを学び、基礎知識を習得する必要もある。そこで専門的な指導ができる教員育成のために、文部科学大臣から職業実践力育成プログラム(BP)に認定されている山梨大学の「ワイン・フロンティア リーダー養成プログラム」との協力体制づくりも模索しているという。

卒業生の就職にコミットするために、まず、ワイナリー協会に卒業生のスキルを周知する仕組みも動かし始めた。すでにこの仕組みから内定者も出てきている。実現ベースで淡々と仕組み作りをするCEOはルールを決めた方が動きやすいという。「農林高校のブランディングのための戦略的な仕組みづくりをしておけば、学校は属人化せず、よりクリエイティブな経営をすることができます」。

ハキハキと笑顔で意見する生徒たちは、取材を受けることも多く、それ自体も勉強になるという(写真:著者撮影)
ハキハキと笑顔で意見する生徒たちは、取材を受けることも多く、それ自体も勉強になるという(写真:著者撮影)

インタビューの最後に、生徒たちは赤裸々な想いも語ってくれた。「ダメなのは分かっているけれど、自分たちが作ったものをその場で飲みたかった」、「もっと県外の人にも知って欲しかった」、「もっとたくさんつくってみんなに飲んで欲しかった」、「未成年がつくっているということをもっと発信したかった」。やり残したことの多さも、このプロジェクトにかける情熱を感じる。二十歳になったら飲もうと、家族が居間にワインを飾ってくれているという生徒もいた。「六次産業」の学びが生徒の将来をどうかえていくのか。また、飲めないワインをつくることで想像力育成にどのような影響があるのか、併せて注目していきたい。

◾関連サイト

文部科学省マイスター・ハイスクール(次世代地域産業人材育成刷新事業)

山梨県立農林高等学校

◾シリーズ記事

【マイスター・ハイスクール】DX時代の創造的エンジニアを育成する場作りとは?(熊本県立八代工業高校)

【マイスター・ハイスクール】未来をになう海洋・水産のプロを育成する職業教育とは?(新潟県立海洋高校)

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アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究するアルスコンビネーター。2万人を超える直接指導経験を活かし「受験×探究」をコンセプトにした学習塾『知窓学舎』を運営。主宰する『教養の未来研究所』では企業や学校と連携し、これからの時代を豊かに生きるための「リベラルアーツ」と「日常と非日常の再編集」をテーマに、住まい・学校職場環境・サードプレイス・旅のトータルデザインに取り組んでいる。近著『正解のない教室』(朝日新聞出版)◆ご依頼はこちらまで:yahagi@aftermode.com

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