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【マイスター・ハイスクール】DX時代の創造的エンジニアを育成する場作りとは?(熊本県立八代工業高校)

矢萩邦彦アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授
ネットワーク、データサイエンスを学ぶ工業化学科の授業(写真:学校提供)

文部科学省が2021年にスタートした地域産業の担い手を育てるプロジェクト「マイスター・ハイスクール」。産官学が連携して、今までの専門高校のイメージをくつがえす最先端の人材育成を目指す。この連載では、そのモデル校に指定された全国の専門高校を取材し、取り組みと効果、課題や展望を整理し、「地域と共創するこれからの学びづくり」という視点で考えたい。

●マイスター・ハイスクールとは

中学までの学びをさらに進めていき、大学や短大、専門学校への進学を目指す「普通科」に対して、工業・農業・商業などの「専門学科」を学ぶ専門高校。専門学科は専門的な知識や技術を身につけ、卒業後すぐに社会に出て職業に就くための教育を目的としていたため、専門学科に行くと進路の選択幅が狭くなるという印象があり、将来の進路がまだ決まっていないという多くの生徒は普通科を選択する傾向がある。また、地域によっては普通科のほうが偏差値が高いという印象も拭えない。しかし、時代の変化に対応すべく進められている教育改革のなかで、進学に力を入れる専門学科も増えてきた。また、現在特に注目を集めている「探究」などの学習に関しては、専門高校ならではの機材や環境を活かし、普通科よりも本質的な学習が可能になっている。

それらの環境に加えて、自治体や地元企業を巻き込んで、最先端の職業人材育成システムを構築し、成果モデルを示すことがマイスター・ハイスクールの目的である。

八代工業高等学校のマイスター・ハイスクールビジョン(学校提供)
八代工業高等学校のマイスター・ハイスクールビジョン(学校提供)

●「学校だけでは無理」CEOの人脈を活用

このプロジェクトの最大の特徴の1つが、「CEO」というポジションの設置である。カリキュラムや連携企業の調整をはじめ、プロジェクト全体をマネジメントする。

熊本県立八代工業高等学校のマイスター・ハイスクールCEOを務める一般社団法人熊本県情報サービス産業協会の富松篤典氏は、本プロジェクトの成功は学校だけでは無理だと話す。「産業界の人脈を使わなければ、なかなか積極的な参画を求められません。本プロジェクトの場合も、熊本の産業界の発展に尽力してきた方の賛同と声かけがあったことがすべてです」。

「学校は何をやったかばかりに注目するが、企業は何を生み出したかが重要」と語る富松CEO(写真:著者撮影)
「学校は何をやったかばかりに注目するが、企業は何を生み出したかが重要」と語る富松CEO(写真:著者撮影)

声かけに応じて参集したメンバーが、3年間モチベーションを保ったまま走りきることは難しい。しかし、八代工業高等学校では、関係者が一様にやりがいを持って取り組んでいるように感じた。私が知る限り、学校が何らかの指定校になって皆が前のめりで協力的になるケースは極めて少ない。通常業務に余裕がないなかで、管理職がこのような案件を持ってくれば、確実に仕事量が増える。その点、マイスター・ハイスクールでは、学外のメンバーがチームに加わることで「学内でなんとかしなければ」という雰囲気がない。プロジェクトの責任者であるCEO自身が学外から来ていることも大きいだろう。

「スキームを作ってどんどん動いていって、そのなかで人脈もできていく。何をやるかはあとから決めればいいと考えています」。システムとビジョンをしっかり打ち立てた上で合意形成をし、あくまで柔軟にマネジメントをしていくという富松CEOの姿勢が、この実験的な取り組みに対する関係者のモチベーションを維持しているのだろう。

●学校だけでは実現が難しい「実習」

企業による出前授業は、学内だけで行う実習とは目的も影響も違う。通常の授業と違い、限られた時間のなかでしっかり技術を身につけるというのは難しいが、学びの中心に生徒がいる「主体的な学び」を考えたときに、まず必要なのはモチベーションである。火が点かなければ、いくら長時間学習したところでその効果は期待できない。

旭国際テクネイオン株式会社による出前授業では、情報技術科と機械科の生徒が、AR・VRを用いた溶接・塗装シミュレータを操作した。実際に最前線の現場で使用している機材や方法に触れられることはもちろん貴重なのだが、「“毎日がテスト、毎日が勉強”という言葉が印象的で大切にしたいと思った」という生徒の感想から、多感な時期に親や学校の先生が言っても響きにくいことを、社会人の先輩が語ることで素直に受け入れて影響していくことにも意味があるだろう。

シミュレータを操作する生徒は「思った以上にできた」(写真:学校提供)
シミュレータを操作する生徒は「思った以上にできた」(写真:学校提供)

●「場」を調整するキャリアコンサルタントの参画

県教委キャリアプランニングスーパーバイザーとして参画しているキャリアコンサルタントの藤原良弘氏は、生徒に活動報告書を書かせるだけでなく、それを自ら口に出して語ることで、活動を自己肯定して自信に繋がるようファシリテートし、生徒間だけでなく場全体の活性化を図っているという。「インターンシップは学校と企業間での協力で成り立っていますが、目的や意義についての共通理解が不十分な面があります。高校生にとって企業がどんなものか分からないのと同様に、企業にとっても高校生は謎の存在です。そういうなかで機会損失とならないようにどう対話を充実させていくか」。

キャリア観を根付かせるだけでなく、良い人間関係を築き、チームビルドを進めていくためには言語化が必須だと藤原氏はいう。「行事のプロセスを活性化させる人が必要。それをすることで、本来のキャリコンの目的にも近づけるんです」。私自身もキャリアコンサルタントとして活動しているが、参画メンバーや生徒個人だけでなく、チーム全体としてのキャリア形成を考えてメディエーター的に動く「場づくり」という役割は非常に有効だと感じる。八代工業高校チームの座組は、厚労省が10万人計画を進めるキャリコンの新たな活躍のモデルとしても期待できる。

藤原氏と「語る」インテリア科の生徒たち(写真:学校提供)
藤原氏と「語る」インテリア科の生徒たち(写真:学校提供)

●「顔の見える地元企業」が生徒のモチベーションをつくる

専門高校といえば、国家資格をはじめとした資格取得を目指して学ぶ生徒が多い。しかし、マイスター・ハイスクールのカリキュラムは、資格取得との両立に課題がある。資格取得のための学習時間を確保しようとすると、プロジェクトの核である実習や実務家教員による授業を増やすことができない。富松CEOは、実は企業が評価しない資格も多いが、資格取得を目指すことは生徒たちの分かりやすいモチベーションになっているという。「職業体験や専門的な実習をするなかで、将来の方向づけをしながら学んでいく。そういうビジョンが見えることで、進学とは違うモチベーションを持てるような環境を作っていきたい」。

私も探究型学習と受験指導の両方に関わっているが、本質的な探究は当然のことながら時間がかかる。受験指導は目的や目標が明確で、そこに向かって進捗を数値化することもできるが、探究は興味分野を掘り下げていくこと自体に目的性があり、その過程でテーマに関連する様々な知識を身につけ、能力が開発されていくという学び方である。そのため、従来型の学習に慣れてしまっている生徒にとっては、「合格」などの分かりやすい目標がないと、何をすれば良いのか分からなくなってしまう。

地元に残りたい生徒60%を目指すという村木校長(写真:著者撮影)
地元に残りたい生徒60%を目指すという村木校長(写真:著者撮影)

村木祐二校長は、自分の将来をイメージできることが重要だという。「生徒たちはCMで見る企業しか知らないんです。このプロジェクトで、地元の企業のすごさを知れば、県内に残るという選択をする生徒が増えるはず。実際、2022年のアンケートでは県内に残りたいという生徒が令和2年度の51.7%から令和3年度は53.9%まで増えました。まずは、地元企業を知ることと親近感を持ってもらうこと。企業の姿が見える、顔が見えることで、そこで働く自分の将来もイメージできるようになるのだと思います」。

●地域のエコシステムを目指す

富松CEOは、今回のプロジェクトを通して、産業界と学校の垣根はだいぶ低くなったという。「3年後に残したものが、自分で伸びていくものでないと意味がない」。新生史子教頭は、エコシステムを作るためにはいかに実績を残すかが重要だという。「マイスター・ハイスクールは生徒を成長させるツール。優秀な人材を育成し、県内就職率を上げること」。しかし、同時に「企業側のメリットがないと絶対に続かない」とプロジェクトのメンバーは口をそろえる。

初動のコーディネートを仕掛け、官から学にポジションを変えた新生史子教頭(写真:著者撮影)
初動のコーディネートを仕掛け、官から学にポジションを変えた新生史子教頭(写真:著者撮影)

産業実務家教員として関わる九州デジタルソリューションズ株式会社執行役員の佐々木淳一郎氏は、このプロジェクトに参画するメリットについて、人材育成に関わることで地元経済に貢献できることにとどまらないという。「企業の人間も目的を見失います。いつのまにか作ることが目的になってしまう。高校生と触れ合うことで、その原点に立ち返るきっかけをもらっています」。

まずは熊本の経済に貢献し、そこから企業のwinをつくりたいという佐々木淳一郎氏(写真:著者撮影)
まずは熊本の経済に貢献し、そこから企業のwinをつくりたいという佐々木淳一郎氏(写真:著者撮影)

一方で、佐々木氏は、学校は、連携する風土が弱いと指摘する。「この取り組みは、熊本全体に広げる必要がある。そのためには、まず八代工業以外の学校に広げないと」。

「CEOの役割は、変化を作ること」「もともとの担当は関係なく何でも頼む」という富松CEOのチーム運営方針は、信頼関係の元に成り立っている。マイスター・ハイスクール事業は今年度で折り返し地点だが、八代工業高校チームが、これらの浮き彫りになってきた課題をどう解決していくか。期待しつつ取材を続けたい。取材中、「めずらしい機械を見ると興奮する!」と目を輝かせて語ってくれた生徒がいた。そのような生徒が集まって地域のいまと未来をつくっていく学校は理想型の1つだろう。

「めずらしい機械を見ると興奮する!」という機械科の生徒(写真:著者撮影)
「めずらしい機械を見ると興奮する!」という機械科の生徒(写真:著者撮影)

◾関連サイト

文部科学省マイスター・ハイスクール(次世代地域産業人材育成刷新事業)

熊本県立八代工業高等学校

アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究するアルスコンビネーター。2万人を超える直接指導経験を活かし「受験×探究」をコンセプトにした学習塾『知窓学舎』を運営。主宰する『教養の未来研究所』では企業や学校と連携し、これからの時代を豊かに生きるための「リベラルアーツ」と「日常と非日常の再編集」をテーマに、住まい・学校職場環境・サードプレイス・旅のトータルデザインに取り組んでいる。近著『正解のない教室』(朝日新聞出版)◆ご依頼はこちらまで:yahagi@aftermode.com

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