今回の大河ドラマ「光る君へ」は、花山天皇が藤原道兼（兼家の子）に騙され、花山寺（元慶寺）で出家した。その後、兼家（道兼の父）と道兼は栄達の道を歩んだが、「まひろ（紫式部）」の父の藤原為時は失職した。なぜ、為時が失職したのか考えてみよう。

　最初に、為時の経歴を確認しよう。安和元年（９６８）１１月、為時は播磨権少掾に任じられ、この前後に藤原為信の娘と結婚したという。為時は、長女、次女（紫式部）、惟規と３人の子に恵まれた。

　しかし、為時の妻は体が弱かったのか、惟規を産んでから、ほどなくして亡くなった。ドラマの初回において、為時の妻は道兼に殺害されたが、それは創作である。

　為時は菅原文時のもとで紀伝道を学び、文章生となった。為時は漢詩文や和歌に優れ、『本朝麗藻（ほんちょうれいそう）』、『後拾遺和歌集』、『新古今和歌集』などに作品が残されている。『江談抄』や『続本朝往生伝』では、為時の学才が高く評価されている。学問は、為時の武器でもあった。

　貞元２年（９７７）３月、太政大臣・藤原兼通の邸宅で、東宮（のちの花山天皇）の御読書始（学習開始の儀式）が執り行われると、為時は副侍読という役を担当した。

　副侍読は一時的な役目であるが、東宮の記憶に残った可能性があろう。なお、ドラマの中の為時は兼家の指示により、スパイのようなことをしていたが、それもフィクションである。

　副侍読を務めたことが機縁になったのか、永観２年（９８４）に花山天皇が即位すると、３８歳と遅まきながらも式部丞・蔵人に補任された。

　為時はあまりのうれしさに、「遅れても　咲くべき花は　さきにけり　身を限りとも　思ひけるかな」という歌を詠んだ。しかし、その幸運は決して長くは続かなかった。

　ところが、寛和２年（９８６）６月に花山天皇が急に出家して退位すると、為時も同時に官職を失い、散位（位階はあるが官職がない状態）という状態で、約１０年も不遇な日々を過ごした。

　その理由は簡単で、一条天皇が即位することになったので、それまで蔵人頭を務めていた叔父の藤原義懐が更迭されたからだった。つまり、人事が一新されたので、為時はそのあおりを受けたのである。

　為時は蔵人という大事な職を失い、その後は先述のとおり、約１０年もの長きにわたって、厳しい時代を過ごすことになった。ようやく、従五位下・越前守になったのは、長徳２年（９９６）のことである。

主要参考文献

角田文衛『紫式部とその時代』（角川書店、１９６６年）

今井源衛『紫式部』（吉川弘文館、１９８５年）

沢田正子『紫式部』（清水書院、２００２年）