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大坂城の惣構の破却、堀などの埋め立ては徳川家康の謀略だったのか

渡邊大門株式会社歴史と文化の研究所代表取締役
大阪(坂)城乾櫓と堀。(写真:イメージマート)

 大河ドラマ「どうする家康」では、大坂城の惣構の破却、堀などの埋め立てが行われていた。一説によると、それらは徳川家康の謀略であるといわれてきたが、それが事実なのか考えてみよう。

 大坂冬の陣後、豊臣方と徳川方は和睦を締結し、豊臣方は大坂城の惣構の破却、堀などを埋め立てる条件を提示された。惣構とは、城を中心とした城下町を囲い込んだ堀、および堀の城側に土を盛り上げて造成した土居などを含めた防御施設全体のことを意味する。

 結果として、豊臣方は惣構を破却し、堀を埋め立てたので、翌年の大坂夏の陣で滅亡に追い込まれた。一説によると、この条件を提示したのは、豊臣家を滅ぼそうとした家康の謀略だったという。

 つまり、徳川方による大坂城の惣構などの埋め立てについては、通説では次のように理解されてきた。当初、徳川方は大坂城の外堀のみを埋め立てる約束で作業を進めたが、無断で内堀の二の丸、三の丸の埋め立てを行った。

 これに驚いた豊臣方は、淀殿をはじめ大野治長、織田有楽が「和睦の条件になかったこと」だと猛抗議した。その理由は最初に交わした約束では、豊臣方が二の丸、三の丸の埋め立てを行うことになっていたからだ。豊臣方が怒るのも頷ける。

 以上の逸話に基づき、大坂城の惣構・堀の埋め立ては、総じて家康の謀略によるものという説が主流になった。家康は人が良さそうに見えるが、実は大変腹黒い人物(狸親父)といわれた所以である。

 翌年になって、大坂夏の陣がはじまったのは、先述のとおり家康が大坂城を丸裸にして、最初から豊臣家を滅亡させる計画だったともいわれている。すべては、家康の謀略だったというのである。

 『三河物語』には、徳川方が惣構を埋め立てたあと、豊臣方が抗議した件について、「徳川方が大坂城の二の丸に入って塀や櫓を崩し、まっ平に埋め立てたところ、秀頼や牢人たちは惣構だけと言っているのに、二の丸までこうなるとは非常に困ったことだと抗議した。そこで、徳川方は『もともと惣構と言うではないか』と、惣構を二の丸などを含んだすべてと勝手に解釈して回答した」と記している。

 惣構の破却や堀の埋め立てについて、『大坂陣日記』には「本丸を残して二の丸、三の丸を埋め立てる」とあり、『本光国師日記』には「惣構の堀、二の丸(三の丸はない)を埋めて本丸だけにする」と記されている。

 ともに大坂城の本丸を残して、残りを埋め立てる点では一致している。大坂城の外堀・内堀が埋め立てられ、本丸を残して丸裸になるのは、豊臣方も了解済みだったと考えてよいだろう。

 徳川方は、最初から堅牢な惣構を破却し、二の丸、三の丸を埋め立て、大坂城の防御機能をなくすことが狙いだった。豊臣方は、その意図を知ってか知らずか了解した。

 細川忠利の書状には、「大坂城は二の丸、三の丸、惣構を破壊して本丸だけにし、本丸には秀頼様が残る。惣構は、徳川方が人夫を出して破却する予定である。二の丸、三の丸は、大坂方から人夫を出して取り壊し、堀などをやがて埋めることになっている」と書かれている(『綿考輯録』)。

 細川忠興の書状からも、惣構の破壊は徳川方の担当、二の丸、三の丸の破壊は大坂方の担当だったことが判明する。浅野忠吉の書状にも「二の丸、三の丸、惣構まで、ことごとく破壊するとのことである」と書かれている。忠吉の書状には分担が記されていないが、この3つが破却の対象であったのは間違いない。

 惣構などの埋め立てが「家康の謀略」であるという通説は、誤った認識であるといわざるを得ない。その後、惣構の破却や堀の埋め立てについて、徳川方と豊臣方との間でトラブルがあったことは一次史料により確認できない。

 家康は「狸親父」とあだ名されてきたが、それは正しくないようだ。家康の人物像は非常に歪められているのが明らかで、従来の家康観を改める必要があろう。

主要参考文献

渡邊大門『誤解だらけの徳川家康』(幻冬舎新書、2022年)

株式会社歴史と文化の研究所代表取締役

1967年神奈川県生まれ。千葉県市川市在住。関西学院大学文学部史学科卒業。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。大河ドラマ評論家。日本中近世史の研究を行いながら、執筆や講演に従事する。主要著書に『大坂の陣全史 1598-1616』草思社、『戦国大名は経歴詐称する』柏書房、『嘉吉の乱 室町幕府を変えた将軍暗殺』ちくま新書、『誤解だらけの徳川家康』幻冬舎新書、 『豊臣五奉行と家康 関ヶ原合戦をめぐる権力闘争』柏書房、『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』星海社新書、『関ヶ原合戦全史 1582-1615』草思社など多数。

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