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豊臣秀次は、なぜ豊臣秀吉から切腹を命じられたのか。その諸説を検討する

渡邊大門株式会社歴史と文化の研究所代表取締役
豊臣秀次像。(写真:イメージマート)

 大河ドラマ「どうする家康」では、豊臣秀次が養父の秀吉から切腹を命じられる場面がスルーされていた。文禄4年(1595)7月15日、関白だった秀次は高野山(和歌山県高野町)で自害した。その理由については諸説ある。以下、順に取り上げて考えてみよう。

1 豊臣秀頼誕生説

 文禄2年(1593)、秀吉に実子の拾(秀頼)が誕生した。秀吉はいったん秀次を後継者と認めたものの、どうしても秀頼に譲りたくなった。

 そこで、秀吉は秀次に切腹を命じ、将来の禍根を取り除いたという説である。しかし、秀吉は秀次に後見役を期待したといわれていることもあり、最近では疑問視されている。

2 秀次の悪行・乱行説

 秀次は弓矢の稽古と称して人を射たり、鉄砲の練習と言っては農民を射撃していた。また、刀の試し斬りをするため辻斬りを行い、これを「関白千人斬り」と称していた。こうした悪行が重なり、やがて秀吉の勘気に触れたという(『太かうさま軍記のうち』)。

 このほかに、秀次は数百本におよぶ名刀を所持しており、名刀であるか否かを判断すべく、人で試し斬りをしたという。ただし、いずれの話も疑わしいと言わざるを得ない。

3 石田三成讒言説

 菊亭晴季の娘の一の台は、秀吉の側室になる予定だったが、その美貌を見初めた秀次は、秀吉に内緒で自分の側室とした。秀吉はこの事実を三成の讒言で知り、嫉妬に怒り狂って秀次を切腹させるため、わざわざ罪を捏造したという(『川角太閤記』)。

 文禄3年(1594)、秀次と毛利輝元は誓紙を交わすと、三成と増田長盛が「秀次に謀反の疑いあり」と言い掛かりをつけ、ほかの問題もあわせて追及した。三成らの讒言により、秀吉は秀次に対して大きな不信感を抱き、ついに切腹に追い込んだ(『甫庵太閤記』)。いずれの説も、根拠史料の質に問題があり、信が置けない。

4 秀吉暗殺計画説

 秀次は鹿狩りにかこつけて秀吉を聚楽第に招いたが、実は数万人の兵を整え、秀吉の殺害を計画していた。この計画を知った三成は秀吉の耳に入れ、聚楽第に行かないように伝えという(『上杉家御年譜』)。ただ、この説も荒唐無稽で従えない。

5 服喪拒否説

 文禄2年(1593)1月、正親町天皇が崩御したが、秀次は喪に服することなく、直後に鶴を食べた。以後も秀次は遊興三昧の怠惰な生活を送り、自邸の聚楽第で相撲を興行するなどした。また『平家物語』を検校に語らせ、ついには鹿狩りを行うなどしたと伝わるが、やはり信を置くことができない。

6 秀次謀反説

 文禄4年(1595)7月、秀次と秀吉が不和になったとの風聞が流れた(『言経卿記』)。その背景には秀次が謀反を企んでいるとの噂があり、両者の間には修復不可能なほどの事態が突発的に起こり、秀次切腹の遠因になったというが、そのほかの裏付け史料に欠けている。

7 秀次による無実証明説

 秀吉は秀次に高野山行きを命じておらず、秀次の意志による出奔だったとの指摘がある。さらに、秀吉は秀次に切腹を命じておらず、秀次が身の潔白を証明するため、あえて切腹におよんだという。抗議の切腹ということになろう。

 秀次が切腹をしたとの報告を受けた秀吉は、自分の命令で切腹を命じたと言わざるを得ない状況に追い込まれた。また、秀次を切腹させた以上は連座を適用し、秀次の家族や関係者にも厳しい処分を科さざるを得なくなったという。この説は、近年になって否定された。

8 確執説

 文禄4年(1595)2月に蒲生氏郷が亡くなった際、その遺領の扱いをめぐって、豊臣秀吉と秀次の見解が異なった。秀吉はいったん遺領を没収しようとしたが、秀次が秀吉の判断を覆したため、2人に確執が生じたという。

 また、太閤の秀吉と現職の関白の秀次とは、日本国内の統治権の権限分掌をめぐる確執があったとも指摘されている。この説がもっとも自然のような印象を受けるが、いかがなものだろうか。

株式会社歴史と文化の研究所代表取締役

1967年神奈川県生まれ。千葉県市川市在住。関西学院大学文学部史学科卒業。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。大河ドラマ評論家。日本中近世史の研究を行いながら、執筆や講演に従事する。主要著書に『大坂の陣全史 1598-1616』草思社、『戦国大名は経歴詐称する』柏書房、『嘉吉の乱 室町幕府を変えた将軍暗殺』ちくま新書、『誤解だらけの徳川家康』幻冬舎新書、 『豊臣五奉行と家康 関ヶ原合戦をめぐる権力闘争』柏書房、『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』星海社新書、『関ヶ原合戦全史 1582-1615』草思社など多数。

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