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織田信長の言う「天下」とは、日本全国を意味しなかった深い理由

渡邊大門株式会社歴史と文化の研究所代表取締役
天下泰平と書かれた軍配。(提供:イメージマート)

 東映70周年を記念し、織田信長と濃姫を主人公にした映画『レジェンド&バタフライ』が近く公開される。今回は、織田信長の言う「天下」の意味について考えてみよう。

 「天下」とは、古代中国で誕生した世界観を表現する言葉で、天命を受けた天子が「天の下」を支配するという考え方のことだ。「天下」は、至上の人格神「天」が統治する全世界のことを意味する。

 「天下」は、天子となった有徳の為政者が天命を受け、「天」に代わって支配する世界(「王土」)をも意味した。有徳の為政者は、「徳行の優れた政治家」であることが重要だった。

 仮に、撫民仁政を忘れた不徳の天子が登場し、悪政を行った場合は、天命が革まり新たな天子があらわれ、再び天下的な世界が編成されるといわれている(「易姓革命論」)。

 古代の日本では朝廷が日本を支配していたが、中世に武士が台頭し幕府を開くと、政権を担うイデオロギーが必要になった。その際、「天下」あるいは「天道」という考え方は、朝廷を相対化するうえで有効な思想となった。

 鎌倉幕府から室町幕府に政権が交代すると、「天下」は政権交代を正当化する理念となった(「易姓革命論」)。戦国時代以降、「天下」は「日本全国」、全国支配の拠点である「京都」、また信長・秀吉・家康といった権力者(天下人)を示す言葉になった。

 以上の説明で注意すべきは、「天下」が「日本全国」だけでなく「京都」を意味したということだ。近年において、信長がいうところの「天下」とは、「日本全国」ではないと指摘されている。

 近年の研究によって、「天下」とは将軍が支配する京都を含めた「五畿内(山城・大和・河内・和泉・摂津)」を示し、それが当時の共通認識であることが明らかになった。そして、「天下」の意味は、次の4つに集約できるという。

①地理的空間においては京都を中核とする世界。

②足利義昭や織田信長など特定の個人を離れた存在。

③大名の管轄する「国」とは区別される将軍の管轄領域を指す場合。

④広く注目を集め「輿論」を形成する公的な場。

 この場合、①と③は同じ意味であることは明白であり、ここまで挙げてきた例とも一致する。当時、「天下」が「日本全国」を意味する例は少なかったと指摘されている。その点については、どのように考えたらいいのだろうか。

 信長は「天下布武」と刻印された朱印を用い、文書を発給していた。しかし、この「天下布武」が従来の「全国統一」を意味するならば、受け取った大名にとっては宣戦布告と受け取らざるを得ない。わざわざ信長が敵を作るようなことをしたとは、とうてい考えられないという。

 つまり、信長の時代の「天下」とは「日本全国」でなく、京都を含めた五畿内(山城・大和・河内・和泉・摂津)を意味するのである。

株式会社歴史と文化の研究所代表取締役

1967年神奈川県生まれ。千葉県市川市在住。関西学院大学文学部史学科卒業。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。大河ドラマ評論家。日本中近世史の研究を行いながら、執筆や講演に従事する。主要著書に『大坂の陣全史 1598-1616』草思社、『戦国大名は経歴詐称する』柏書房、『嘉吉の乱 室町幕府を変えた将軍暗殺』ちくま新書、『誤解だらけの徳川家康』幻冬舎新書、 『豊臣五奉行と家康 関ヶ原合戦をめぐる権力闘争』柏書房、『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』星海社新書、『関ヶ原合戦全史 1582-1615』草思社など多数。

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